そのにじゅうなな
大学内の幾つか有る門の中で、何故にここに、と思わないわけではないけれど、使う公共交通機関を考えれば当然の結果といえるかもしれない。
腕を組んで街路樹に背を預けている様は絵になって、その姿を認めてから、傍に行くまでに数人の女生徒から声をかけられていた。まぁ、綺麗さっぱり無視していらっしゃるけど。
こちらに気が付いて古賀君は顔をあげる。隣で軽く吹き出す音が聞こえた。
「よう、色男」
一緒に来た竜司くんに声を掛けられ、視線がこちらに向く。その表情に私は軽く眉を寄せ、竜司君は溜息を吐いた。
「取り敢えず今日は身を引いてやる。子守頑張れよな」
前半は古賀君に、後半は私に言うと竜司くんは去っていった。すると、遠巻きにしていた女の子の一団が近づいてきて私と古賀君の間に入ってきた…そのヒールでそのスピードですか?凄いですね。
「あ、あの私たちと一緒にお茶しませんか?」
「美味しいコーヒーの店があるんですよ」
口々に話しかけ、古賀君の腕を取る。う~ん、綺麗さっぱり無視されちゃいましたね。帰っても良いかな?うん、いいよね。
「桐子」
ち、気づかれたか。2,3歩踏み出した足を止めて振り返ると、怒っていらっしゃいますね。いや、だってさ。
うわぁ、とお嬢さんたちから声が上がる。確かに黙って聞いていれば敵無しのバリトンボイスだもんねぇ。浅香先輩のような甘さはこれっぽっちもないけれど。
「車はこっちだ」
「車なんですかぁ」
「ドライブ、良いですね」
すかさず話しに割ってはいる。うん、たいしたものだ。
8割がたわざとだとは分かっているけどさ、頼むからこれ以上このオトコを刺激するのは止めてくれ。後が大変なんだから。
「煩い」
…ほら、みろ。
振り払われた手にお嬢さん達が呆然としている。その隙に、古賀君の腕が私の背中に回された。
「な、なによ。そんなブス!」
「趣味悪いわねっ」
ぞわり、と鳥肌が立った。隣に立っている男の気配が変わる。言いたいことを言って去っていこうとする彼女たちの方へ顔を向けかける古賀君の後頭部に、開いた手に持っていた本をぶつけた。
「キリ…」
「黙って送られて差し上げるから。ほら、車どこよ」
後頭部を抑える古賀君に声をかけると、わざとらしい溜息が返ってきた。
当然、その隙にお嬢さんたちは消えている。いろんな意味で素早いねキミタチ。
しかし、何故に私が敵意を向ける女の子を庇わねばならんのだ。
「こっちだ」
回された腕に力が入る。はいはい、逃げませんよ…全く。
野次馬していた周囲の学生たちも、ひそひそと囁きながら去っていった。中には古賀君の変わった気配に気が付いた人もいるらしく、少し怯えた表情をしていた。
っていうか、なんだってこんな大学の傍で注目を浴びなくちゃいけないんだよ。
少し離れた駐車場に止めてあった車を見て、思わず頭を抱えた。なんて、初心者マークの似合わない車なんだ。
某三文字のドイツ車…しかも、スポーツカータイプ。ここにアウトバーンは無いぞ。
「兄貴のだ。俺の車は、兄貴に壊された」
口に出して尋ねると、返ってきた返事に思わず息を吐く。これが本人のだったら、回れ右をしていたな私。
「壊されたって、事故?」
「ああ、本人は無傷だが車は使い物にならない」
どういう事故かは敢えてきくまい。崖からガードレール突き破って落ちて、軽症で済んだ奴を私は知っている。…「向こう」での話だけどさ。
助手席を空けられ諦めて座る。参考のためにと本人の車の種類を聞いて頭痛再びと相成った。国産ではあるが有名なスポーツカー。4シーターの癖に後部座席は全く役には立たない車だ。
ああ、そういえば建設会社のおぼっちゃんでしたね。今のこの時代、不動産関係はウハウハでしょう。まぁ、古賀くんのお父さんの会社は手堅くて、丁寧な仕事で有名だから手抜き工事、なんてしていないだろうけどね。
バブルの波はやっぱりこちらにも着た。まぁ、流石に「あちら」ほど凄まじい物ではないけれど、それでも不動産関係の値上がりっぷりは凄いものが有る。一応親兄弟には、こんなこと何時までも続かないよね、と言ってはいるけど。
でも、やっぱりというか何と言うか、兄貴は先を見ているようだった。周囲が日本経済はまだまだ発展していくと言って居る中、私の意見を尊重してくれている。父が「いつか」のためにとマンション購入を考えたとき、私と兄貴だけが反対してなんとか阻止したのだ。
確かに上り調子の日本経済。しかし、泡は弾けて消えた。向こうとは少しだけど違うこの世界の泡が、何時まで持つのか分からないけれど…いつかは消える。
まあ、それは兎も角。
開けられた助手席のドアに手をかけ、閉める前に運転席側に回った古賀君に視線を合わせ訊く。
「で、『御用はなぁに?』」




