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そのにじゅうさん

「あれ、小林くんと忍ちゃんじゃない?」

さっちゃんの指す方向を見て、思わず笑みが洩れた。中学の頃からの名物カップル。少し前にコバさんから散々惚気を聞かされたので、相変わらずなんだな、と思っていたが、本当に変わりなくて嬉しい。

デートの邪魔をしてはいけないと、さっちゃんと目配せし合って人ごみに紛れる。通う高校が異なっても変わらない姿。浅香先輩と北野先輩の事を知っては尚の事。



「でも、どうして別れちゃったんだろう」

私と同じ事を考えていたであろうさっちゃんの言葉に「うん…」と小さく相槌を打つ。

「本当にお似合いで」

「うん」

「凄く素敵な二人で」

「そうだね」

「だから、私、浅香先輩にならって…そう思って」

「うん…って、さっちゃん?」

きょとん、とした顔をした後、自分の台詞に気がついて、わたわたわたとさっちゃんは両手を振る。

「違うの、そうじゃなくて…本当に北野先輩は憧れの先輩だったから…だから、少し寂しかったけど…でも」

「分かってるって」

少しからかっただけですよ、佐織さん。

「酷い、キリちゃん」

そういいながらも、さっちゃんも笑う。破局の理由ははっきりとは聞かなかった。先輩は振られたとしかおっしゃらなかったし私も訊く気がなかったから。






「カレカノ、か」

さっちゃんと別れた後、なんとなく道行く恋人たちを見る。あんな時代が自分にもあったと苦く嗤う。

多分「彼」と巡りあう確立は0%に近いだろう。何故なら、彼は実母繋がりの…実母の甥であり私の従兄の友人であったから。

たまたま、実母と行った叔父の家で遊びに来ていた彼と出会い、大学祭で偶然再会して…付き合うようになった。

ファーストキスも初めて知った異性も彼で、沢山の喧嘩と同じ数の仲直りをして、幾つもの季節を過ごし…彼は突然姿を消した。出張から帰る途中の飛行機事故。多くの人々と共に彼は海の中で永遠の眠りについたのだ。

結婚はした。相手の人とはお見合い、とまではいかないけれど知人の紹介で知り合った穏やかな優しい人だった。生活も安定していたから、何より母が乗り気になって、気が付いたら結納になっていた。全く苦労が無かった、とは言わないが平凡な…何より母の元から離れられたという安心感で成り立っていた生活だったような気がする。









「佐野?」

掛けられた声に顔を上げる。誰かを確かめることも無いほど、耳慣れた声。

「や、古賀くん。部活帰り?」

袋に入れられた和弓。弓道部に入っている人って解りやすいよな、と思う。

「お前は…そうか、今日は珠算の検定日だったか」

制服姿の私を上から下まで眺めて――失礼な奴だな――納得したように言う。

「そう、さっきまでさっちゃんと一緒だった」

立ち止まっているのも何なので、歩き出す。自然に車道側を歩く彼をいつも凄いと思う。古賀君は常にそうだ、階段やエスカレータ、登りは一歩後、下りは一歩前。それをあくまで自然にやってのける。



ふいに思い出したことに口を緩めると、怪訝そうな視線を向けられた。

「ごめん、思い出しちゃった。中学のとき、古賀君と須本君の喧嘩に巻き込まれたこと」

「…そんなことあったか?」

「言い方悪かったかな?二人が売られた喧嘩に巻き込まれたときだよ。対外試合後の」

「ああ、あれか」

少し苦い顔をした古賀君に口元が緩む。

対外試合の帰り道、因縁をつけてきた高校生を相手に二人は自分から動くことは無かった。向かってくる相手をのらりくらりと避けて、最終的に向こうが疲れこむ…彼らはいつもそうしていた。しかし、その時私が近くにいたのが悪かった。

私に向かってきた相手に須本君が気が付き、古賀君が動いた。幸い騒ぎにはならなかったが、後で慎兄に相手が全治1ヶ月の怪我を負ったことを聞かされた。勿論、本人たちは誰にやられたか決して口にはしなかったらしいけど。

「あの後、師匠から3ヶ月道場の掃除を言いつけられた」

「あはは、お疲れ様でした」

あの時、彼らの強さを目の当たりにした。それでも、多分本気ではなかったのだろう。全治1ヶ月程度で済んでいるのなら。




「キリ」

ん?と顔を上げる。本当にでかくなったなぁ、こいつ。と母親気分で思う。

「何故俺を頼らなかった」

冬馬先生の騒動の事だとすぐに解った。まぁ、「前」に似たようなことがあったときと比べればあっけないほどに収束した事だったから気にも留めていなかったんだけど。

「早々にばっくれたやつに用は無い」

「ばっくれた?」

「逃げた、って事だよ。雅人くん」

眉を寄せた相手にドヤ顔で笑って見せた。その顔が気に入らないのか、寄せた眉間の皺はますます深まるばかりだ。

「浅香先輩が関わったのは本当に偶然。変な方向に飛び火しちゃったけど…まぁ、噂なんて放っておけば、その内消えるだろうし」

実害は無い。あるとしたら、面白がった友人たちにネタにされるくらいだ。自分だって逆なら同じ事をする。多分、結城姉弟経由で広がっているだろう…近い友人限定で。



「気にしてくれたことには感謝するよ。でも、古賀君たちを巻き込むことじゃないでしょう?」

一瞬何か言いかけて…彼は口を噤んだ。言外に私が言おうとしたことを正確に汲み取ってくれたんだと思う。



『だから、そっちも私を巻き込むな』と。




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