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そのにじゅうに

数日、平和だった。自分が貯めたお小遣いで新しい上履きも買ったし、辞書は鵜飼先生が弁償してくれた。

必要は無いっていったんだけど、受け取ってくれないと冬馬先生に持って行かせる、って言われて渋々受け取った。

この先生も、最近私の扱い覚えていらっしゃいましたね。

今回の一件は鵜飼先生に預けたので、その後どうなったのかは知らない。ただ、冬馬先生のファンらしき先輩たちが私に気が付いてこそこそ隠れていくもんだから、疑問が沸いたけど、新見先輩が「知らない方が良いって事は沢山あるのよ」と笑顔でおっしゃったので、三猿精神で行くことにした。






そんなある日。教室でお弁当を恵子ちゃんと食べていると、数人のクラスの女子が近づいてきた。

「佐野さんって、他の高校の人と付き合っているんだって?」

そういって、クラスメイトが出した高校の名前に眉をひそめる。

「先輩が見たっていってたよ、なんか、凄くカッコいい人なんだって?」

…ちょっと待て、なんだ、それ。

「佐野さんの事、凄く大事にしているんだって?名前をやさしーく呼んでいるって言ってたよ」

「へ?キリちゃん彼氏いたの?」

「佐野さんって、古賀君と付き合っているんじゃなかったの?」

なんか、話が見えてきたような、見えないような。思い当たる節はいるが、さて誰だ。

「見た先輩のはなしだと、眼鏡が似合う、背の高い人だって…ホント?」

「うわ、誰よキリちゃんっ!何時の間に?」

わらわらと集まってくるクラスメイトたちに、思わず恵子ちゃんの手を引っつかんで逃げた。


「あー、逃げた」

「また後で聞くからねー」






「浅香先輩?」

食堂でさっちゃんと朱音ちゃんを捕まえて、事の顛末を話す。冬馬先生の一件は、話さなかった事で二人の怒りを買ったけど、それはそれとして、先輩たちも微妙な報復をしたものだと思う。



「あー、運がよかったね、キリちゃん」

「…さっちゃん、台詞が棒読み」

「え?どういうこと?」

この中で別の中学出身の朱音ちゃんが不思議そうな顔をした。

「浅香先輩って、確かに素敵な人なんだけどね。敵に回しちゃいけないっていうのが、ウチの学校のお約束だったんだよね」

「懐に入れた相手には甘いよね、キリちゃん?」

あはは、懐…体のいいおもちゃ扱いのような気がする。



「少なくとも、浅香先輩を知っている人なら、信じないと思うよ。気の毒がるかもしれないけど」

「そうだね、北野先輩もいるし」

あ、浅香先輩の彼女ね、と朱音ちゃんに恵子ちゃんが説明する。

「あ、あの二人なら別れた」

「え、うそ?」

「なんで?」

「訳は知らない。浅香先輩本人から聞いたから…っていうか、あの先輩相手に『どうして別れちゃったんですか』なんて聞けるわけが無いっしょ」

本当は近いことは教えてくれたけど、それはここで私が言うことじゃないし、北野先輩サイドの話を知らない以上、迂闊な事は言えない。


「おお、略奪」

恵子ちゃんが笑いながら言う。本気じゃないのは、さっちゃんの苦笑を見ても解るくらいだから、多分共通の知り合いも本気にはしないだろう。

「噂の発信源はその先輩たちだろうけど…でも、どうして?」

朱音ちゃんの疑問はもっともだ。多分冬馬先生への牽制も入っているんだろう。彼氏がいるのに近づくなって…別の見方も有るけど、まさか、そこまで考えまい。


自分の考えを話すと、彼女たちも微妙な顔をする。いくら執着したって相手は教師。しかもお互いに牽制しあっているうちに卒業しちゃうだろうに…まぁ、自分のものにならなくても人のものにもなって欲しくないというファン心理も解らないわけじゃないけどね。


予鈴がなったのでクラスに戻ると、友人たちの視線とぶつかる。これは、放課後捕まるな、と恵子ちゃんと顔を見合わせて苦笑した。



放課後の事はあえて語るまい…集団の女子は悪意が無くても怖い。早々に逃げた恵子ちゃんには後で何か奢って貰うことにしよう。




それよりも家に帰ってからの方が頭が痛かった。


「キリ、浅香先輩と付き合っているんだって?」

電話に出て開口一番がそれですか、しーちゃん。っていうか、その情報…ああ、竜司くんか。中学の頃から異常な情報網誇っていたモンね。

最初からの事情を話して怒られて、リビングで話していたから聞いていた義母に怒られて。



こんな余波いらねぇ。


もうひとつ思いついた、浅香先輩との噂の一件…古賀君への牽制が入っているのだとしたら…必要ないのにね。



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