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そのにじゅう

「なんか、悔しい」

呟く私に三対の視線が集まった。



「だって、校舎の中と外じゃ10cm以上の高低の差があるのに、目線変わらないんだもん」

「佐野…」

「キリちゃん」

呆れたような声に「だって」と思わず続けてしまう。

「小学校の頃は私より身長低かったくせに、いつの間にかにょきにょきと伸びてさ」

「男子の方が成長期は遅いからね、この先もっと差が出るかも知れないよ」

別方向から聞こえてきた声に、皆の視線がそちらに移る。

「特に、そっちの男子は手足が大きいから、まだまだ伸びそうだね」

うわぁ、と隣で溜息交じりの声が聞こえた。…恵子ちゃん、妄想は止めようね。先生が指したのは古賀君。確かに足大きいよね。



「冬馬先生…ちわっす」

窓の外に居た石田君が頭を下げた。それに釣られるように、私たちも頭を下げる。てか、石田氏知り合いか?一年は先生の担当教科ないっしょ?

「やぁ、悪いね割り込んで」

「構いませんよ。今日同好会無いですよね?」

「好きなときに、好きなように。のはずなんだけど、そう毎日理科室使って実験やるわけにはいかないからね」

なんつーか、外見裏切らない声だねぇ。柔らかなテノール。周囲に女生徒は居ないみたい…って、居たわ、廊下の向こうでこっちを見ている数人。近寄って話の邪魔をしない辺りは、流石教師のファンクラブってか?

「あれ?石田君理研だっけ?」

「本業は簿記部。兼部OKだから、理研も入っている」


恵子ちゃんの問いに石田君が答える。成程ね、そういえば、中学の頃から理科好きだったもんね。

しかし、近くで見ると本当に背が高いわ、先生。うちのにーちゃんより高いんじゃないっすか?


「君が佐野さん?」

「はい?」

何故に名前を?他の皆も同じことを思ったのか、先生の方を仰ぎ見る。

「いや、鵜飼先輩にきいてね」

司書のねーさん一体何を話したんだ…それより「先輩?」

「そう、僕の中、高の先輩」

はぁ、さいでっか、それで何か?…なんて、口に出してはいませんが。

「悪いけど、放課後少し手伝って欲しいんだよね」

は?っていうか、ファンがいるだろう。その、おねーさまがたに手伝わせろよ。

眉間に皺を寄せて考え込んだ私に、先生は艶やかな笑顔をひとつお向けになった。ぞくりと肌が粟立つ、嫌な予感しかしませんわ、私。



「え、とすみません、放課後は用事が…」

「図書館の手伝いね。大丈夫、鵜飼先生には言っておいたから」

じゃあね、と白衣を翻して去っていく相手に呆気に取られてしまった。…ってか、何故に私?

「うわぁ、いいなぁキリちゃん。冬馬先生の手伝いを名指しされるなんて」

「一緒に行かない?恵子ちゃん」

「残念。今日、部活なんだ、それも必須の方の」



窓の外に視線を向けると…あいつら、何時の間に消えやがった。

この高校、一年の間だけだけど、週に一回部活の必須日という日があって、授業と同じ扱いになる。因みに、茶華道部はお茶の日、お花の日、どちらでも一日出ればOKなんだけど…今日は部活の日じゃないから、図書館の手伝い約束していたんだよなぁ。




手伝いは書類整理。高校の、しかも生徒に手伝わせる程度のものだから、さくさくと仕事を進ませる。鵜飼先生以外の事で共通項はないから、話すことも無い。


でも、結局先生のお取り巻きの手伝いは無かった。


「先輩たちはどうなさったんですか?」

尋ねた私に返ってきた答えは、頭が痛くなるような内容だった。







そして、翌朝。


「うげ」

靴箱を開けた途端出した私の声に、周囲が振り返る。丁度一緒になった石田君と恵子ちゃんが覗き込んで顔をしかめた。

「なんだ、こりゃ」

「あ、私来客用のスリッパ持ってくる」

恵子ちゃんが職員用の入り口に走っていった。泥水まみれの上履き…下の方に被害が無くてなにより、っていうか、ここ暫く天気続きだったから、わざわざ作ったんだろうな、泥水。ご苦労なこって。

「原因は…昨日の今日じゃ聞くまでないか」

石田君の呆れたような声に苦笑を返す。そういえば、逃げたんだよなこいつら。

「キリちゃん、はい」

「ありがとう」

スリッパを渡されて息を吐く。

「兄貴の庇護下が長かったからなぁ」

ぺたぺたと足音を響かせ教室に向かった私は、机の中を見て、もう一度溜息を吐いた。気が付いて、駆け寄ってきた恵子ちゃんは、顔を青くすると隣の教室へと駆け込んでいった。何故に、と思っていたら顔色を変えた石田君と、古賀君までやってきた。やめてくれ、騒ぎを大きくする気はないんだ。




教科書をちゃんと持ち帰っていて良かった、とだけ言っておこう。



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