そのじゅうきゅう
文化祭、茶華道部の出し物は「野点」。
といっても、本格的なものではなく、時間を決めてお抹茶とお菓子を出す、というもの。
緋毛氈をひいたベンチに、お盆で抹茶とお菓子を乗せて運ぶ形式だ。文化祭の飲食関係は、事前に申請しての限定販売になっている。毎年、あっというまに完売するのだそうだ。
まぁ、出されるお茶菓子が「丁字屋」の栗きんとんを始めとする生菓子だもんねぇ。十分元が取れるどころの話じゃない。
因みに「丁字屋」というのは、この辺りで有名な和菓子の老舗で、一見さんお断り、という京都の御茶屋さんばりの敷居の高さだ。そこの娘さんが、茶華道部のOGで、その頃から、お菓子を提供していただいている。
余談だけど、家とは先々代からのお付き合いがあるので、普通にお菓子を買いに行かせていただいている…とはいえ、一般的な和菓子の値段ではない、とだけ言っておこう。出す分の値打ちも十分にあるけれど。
あ、一応完全予約制の販売です…って、何の話だ。まぁ、この店は変わっていないな、って思ったんだけどね、うん。
何とか都合を付けて来ようとした兄貴たちを丁重にお断りし…約束破ったら、向こう三ヶ月無視するよ、という脅しつきで。
中学のとき、言っておいたにも拘らず、体育祭に来て一騒動起してくれたので、宣言どおり「無視」したら、半日…3時間もたたずに折れた。私の場合、文字通り「無視」見ない、居ないとして扱うから余計に堪えたのだろう。
弟の小学校の行事にまで口出す気はないので、放っておいたら尚志本人から「見に来るのは良いけど、お昼ご飯は別の場所で食べてくれ」と、言われて落ち込んでいた。そりゃ、食事中に入れ替わり立ち代り知らない女の子が来たら、誰だって鬱陶しいと思う。静かにご飯くらい食べさせろというのに、人の迷惑を考えずにやってくる存在の多いこと。何度注意しても聞く耳持たない…よく学校側が出入り禁止にしなかったと思っちゃったもんね。え?勿論兄貴達の事です。
それは兎も角。
部活の当番は初日の午前の部だったので、終わった後さっちゃんと待ち合わせて、彼女の所属する美術部を一回りし(芸術はよく解らん…見るだけなら、嫌いじゃないけど)妙に女子がたむろする一画に気が付いて、止めた。
「何?」
手元のパンフレットをめくって、クラスと催し物を探す。
「理研?」
思わずさっちゃんと顔を見合わせる。「理化学研究同好会」商業高校にこんな部活があるなんて、初めて知りました。あ、同好会だから、部活じゃないか。
「どうしたの、二人して」
後ろから掛かった声に振り返ると、司書の鵜飼先生が立っていた。文化祭の間、図書館は閉館しているとはいえ、職員だから仕事には出て来ているみたいだ。
「ああ、『理研』ね」
くすり、と笑って教室に視線を向ける。
「一年生はしらないわね。理研の顧問は冬馬先生だから」
え、と。すみません、意味が解りません。
「すぐに解るわよ、ほら」
先生に促され視線を移して…思わずさっちゃんと顔を見合わせた。
「兄貴以上のイケメンって、ブラウン管以外で初めて見た」
「先輩クラスって、芸能界にもなかなか居ないと思うけど…うん、私も初めて見た」
「っていうか、居るのね、冬馬先生を知らない生徒って」
すみません、噂には疎いんで。っていうか、凄く格好いい先生が居るって話は聞いたこと歩けど、内容半分で聞いていたからなぁ。
「あ、美術部の先輩に聞いたことあります。本当に凄いですね」
美術部が何度かモデルにってお願いしているらしいんだけど、悉く玉砕しているらしい。
頭一つ抜きん出ている身長。染めているわけではなさそうだけど、少し色素の薄い柔らかそうな髪。どこかに外国の血が混じっているのか堀の深い顔立ち。はっきり言って、男女問わず周囲の視線を釘付けにしているが、本人は気にした様子も無く、男子生徒と話している。そして白衣。もう少し先の時代なら、萌えの路線の生贄ですね。
…けど。
「ま、いいか。行こうさっちゃん」
「そうだね、料理部のクッキー楽しみだね」
失礼します、と鵜飼先生に頭を下げて私たちは隣のクラスの料理部へと入っていった。
だから、私たちが去った後呆れたような鵜飼先生の漏らした言葉には気が付かなかったのだ。
「信じられないわね、冬馬君を見て無関心でいられるなんて」
しかも、その後、懇切丁寧に冬馬先生に伝えた、なんて。
だって、ねぇ。日常で兄貴や慎兄を見ていて、古賀君や浅香先輩なんかが近くにいて、加えて楠本先輩――実はさっちゃんの従兄で芸能人なんです。芸名を言ったら周囲が騒ぎ出すアイドル――なんかが居たりすれば、規格外のイケメンが一人増えようが「ま、いっか」って気持ちになってしまいますよ、はい。
文化祭、あちこち見て回ってとっても楽しかったです。
弓道部?さぁ、何か催し物やっていたみたいですが、知りません。




