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そのじゅうはち

電話を切ってがっくりと肩を落とした。

振り返ると、何とも表現の仕様の無い兄貴と慎兄と目が合った。

家の電話はリビングに設置されていることは、掛けて来た美波ちゃんも知っていることだから仕方ない。聞かれているとは思っていないだろうけど。興奮していたのか、結構大きな声だったからね。完全に、とまでは言わないけど、ある程度は聞かれている。でも、よほど、だったんだろう。冗談ぽく話しながら、思いつめた響きがそこにあった。




「しっかし」

重いものを吐き出すような声、というのはこんな声を言うんだろうな、と思わせる音を出して、兄貴が口を開いた。

「あの大人しそうな美波ちゃんが、そんなことを考えているなんて、ね」

「桜花って、お嬢様学校だろう?そんな話題なんてなさそうなんだけどな」

「却って女子校のほうが、内容としては過激だよ。男子の目が無いんだもん」

実体験ですけどね、高校、大学の7年間、女の園で過ごしたけど…うん、何も言うまい。まぁ、兄貴たちは友人の話か何かだと思っているだろうけれど。



しかし、ねぇ。


電話の途中で、義母は気を利かせて尚志を連れて外に出て行ってしまった。どうせなら兄貴たちも一緒に出かけてくれればよかったのに。

この二人じゃ、さっきの美波ちゃんの「相談事」には役に立ちそうにないしね。相談、というのとは少し違うかもしれないけれど。


「誰にかけるんだ?」

受話器を取った私に兄貴が声を掛けて来た…いちいち五月蝿いなぁ。

「コバさん」

「…は?ちょっと待て、『コバ』って小林にか?古賀じゃなくて」

いや、そこで何故に古賀君が出てくる?

「さっきの話の様子じゃ、須本にっていうのが本筋なんじゃないのか?それ以前に、俺たちに相談は無いのか?」

相談も何も、人の電話聞いていたでしょう?本来なら気を利かせて、出かけるなり、自分の部屋に行くのが普通なのに。


それ以前に、この二人に美波ちゃんの相談内容が通じるとは思えない。時々、初恋も未だなんじゃないか、と思ってしまうほどだ。外見がすこぶるよろしい、というのは受身の立場でもある。兄たちを見ていてそう思う。「想われる」事には慣れていても「想う」事には慣れていないんじゃないだろうか。

二人が女性の扱いが上手いのは、言っちゃなんだけど義母の教育の賜物だ。されて喜ぶことは人それぞれだけど、嫌がることは大差が無いと、そういった方面だけはしっかり躾けていた。



「立場的にお兄ちゃんたちよりコバさんのほうが近いから。同じ理由で古賀君も却下」

言ってやりたいことは山ほどあったけど、ひとまず飲み込み諳んじてる電話番号を回す。


相談した内容に、一瞬絶句した後「須本らしい」と笑った小林君は、その後、延々と1時間近く惚気てくれた。本人は至ってマジメに答えてくれたんだろうけど、私にしてみれば惚気以外の何者でもない。…よかったね、しーちゃん。コバさんは君にめろめろだ。

そして、コバさんはやはり須本君サイドに近い答えをくれた。



少しばかりウンザリした顔を見せる兄貴たちに、そんな顔をするなら向こうにいけばいいというと、二人揃って首を横に振ってくださった。

「いや、やっぱり気になるだろう。一度聞いたらさ」


なら、最初から聞くなよ。


しかし、3年近く付き合っているのに、手を握ったことも無い純情カップルって…あはは。美波ちゃんが不安がるのも無理は無いよね。思春期真っ只中の青少年には、別の意味で好きな子が無防備で傍にいるのって辛かろう。

硬派っていうのも大変だ。美波ちゃんが不安になるのもわからない訳ではない。その上、友達からそれ以上の話を聞いちゃったら…向こうが自分を本当に好きなのかって考えちゃうよね。


とりあえず、仕方ないので須本君に電話。「言わないで」と言ってはいたけど、そういうわけにも行かないでしょう。






話し終えた私に「そうか」と、ただ一言呟くような返事がきた。

「付き合うペースをとやかく言うつもりは無いけどね。須本君が美波ちゃんを大事にしているっていうのは、誰の目から見ても確かな事なんだから」

コバさんが笑いながら言った台詞だ。「大事過ぎてどうしたらいいか解らなくなる」って、ゴチソウサマ。

「言わなくても解ってくれる、っていうのは、どうかなって思うよ。解っていても言葉が欲しい時ってあるから」

多分言っていないだろうな。傍目にはお互い想い合っているのがよく解る、ある意味バカップルなんだけど、当事者は気が付かないもんね。しかも、あの二人だし。

「…ん、解った。ありがとうなキリ」

どういたしまして、と答えてから、意地悪く笑う。近くで見ていた兄貴たちから「うわ」と小さくではあるが声が上がってしまうほどに黒い笑い方。

「だからって、一足飛びにコトを進めるんじゃないわよ」

「お前…」

呆れた声の後「ばーか」という返事とともに電話が切れた。


ははははは、電話の向こうが目に浮かぶようだ。絶対首まで真っ赤になって、少し怒ったような顔をしていたに違いない。




ふと、視線を感じて顔を上げると、そこには疲れ切った表情の兄貴たちが居た。

「なんつーか、俺たち育て方間違えたか?」

「それよりも、お前幾つだよ桐子。どっかのおばさんの世話焼きを聞いたような気がする」

失礼な。れっきとした女子高校生でございますことよ。……多分。



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