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そのいち

突然周囲の景色が変わった。



目の前には、母の顔のアップ…同時に感じる違和感。

…お母さん、若い?

同時に気が付いた、母は膝を付いている。私に目を合わせる為に。何故?



「だから、すぐに帰って来るから。おばさんの所に行ってくるだけだから」

思わず目を見張る。フラッシュバックする記憶。恐る恐るといった感じで周囲を見回すと、どこか記憶の端に引っ掛かる風景。


まさか、ここは。


「いい加減、聞き分けて頂戴」

苛立ちを含んだ声音に我に返る。するとそこには、少し…いや、相当苛立った顔の母が居た。表立って怒らないのは、ここが駅の構内で人目があるからだ。




「…もう、いい」

するりと出た言葉に、目の前の母の顔が驚いたものになる。

ずっと自分の中にあった後悔。幼さゆえに何も知らなかった自分。長い間蓄積されたモノが自分の中に渦巻いている。


「行けば?戻りたくないなら戻ってこなくていい」



さっきまで泣き叫んで母を止めようとしていたのだろう。喉が痛いし、どうやら涙と鼻水で酷い顔になっている様だ。この日買ってもらった小さなバックの中に入っているハンカチを取り出して涙を拭いて鼻をかむ。

「お父さんと別れたいんなら別れれば?」

母の顔が驚きで固まり、先程から様子を伺っていた周囲の人々がざわめき始める。

「…一体…何を」

「ここで、お母さんを止めて、先々『離婚出来なかったのは貴女のせい』って言われたくないだけ」

桐子とうこっ!?」

後ろに居た父の慌てたような声が聞こえた。信じられないものを見るような顔をしている。そりゃそうだ、ついさっきまで母に「行っちゃ駄目」とわんわん泣いていた娘が…しかも5歳児がこんな台詞を吐くなんて、ねぇ、私だって嫌だ。


けれど、実際十数年に渡ってコレを言われ続けてきた方としては、どう思われようと言わずにはいられなかった。




「行こう、お父さん」

そうして、母に背を向け呆然としている父の手を取り、私は駅を後にした。

あの時とは逆に…母を残して。



何かを聞きたそうな父を無視して狸寝入りを決め込んだら、どうやら本当に寝てしまったらしい。気が付いたら翌日の朝でしたって、何の冗談だよ。


そして、母はやっぱり戻ってはいなかった。


記憶では、夜遅く帰ってきた時に母は家に戻っていた。灯りのついた家を見て、飛び込んだ記憶がある。だが、母の反応は冷たかった…母が戻っていたことで有頂天だったあの時の自分は気が付かなかったけれど。

後に母自身の口から、あの時離婚を前提に家を出るつもりだったと聞いた。『あんたが余りにも泣くから、結局戻ったけどね』との言葉と共に。



って、事はこれで離婚、かな?

それとも、世間体を気にする祖母たちに止められるか、どうするか。少なくとも、この先「あんたのせい」と言われずには済みそうだ、と思った。



さて、とここで考える。

幼稚園児、ただいま夏休みの真っ最中。父は仕事、母は目下家出中――表向きは実家の祖母が体調を崩しているので、それの看病に、と祖母が近所の人に話しているのを聞いた――祖母はさっきから近くに住んでいる伯母と話しこんでいる。

子供だから理解できないと思っているのか、絵本に夢中になっていると思っているのか、まぁ、遠慮なく話していてくれるが大半が母の悪口と、今回の騒動の事だ。おかげで色々な情報が耳に飛び込んでくる。

ちなみに、伯父の所に居る祖母は、私の面倒を見る、という名目で来ている…けど、あれはまた義伯母と揉めたな。その度に次男である父の所に来て、母が怒っていたもんなぁ、もちろん、祖母は帰った後でだけど。

父と母の不仲の原因は私も知っている。もともと他に好きな人が居たもの同士が、家の事情で無理矢理結婚したのだ、上手くいきっこ無い、ってものだ。父方のふたりが話しているから、しっかり嫁を非難してばかりだが、その恋愛相手と未だ手が切れていない父のことはどう思っているんだ。



馬鹿馬鹿しいから口には出さないけどね。


今の状況を考えないわけではなかった。と、いうか初日に一日悩んで…放棄した。放棄せざるを得なかったのだ、理由も原因も何もかも解らない。以前の自分がどうなっているのかも分からない。ここが死後の世界なのか、異世界なのか、並列世界なのか…とりあえず、いま「自分」が、しかも妙な記憶を持ったまま此処に居る。それだけが、自分が感じている「現実」であり、「真実」なのだから。

自分自身が、望んで得た結末であり始まりなのだから。……なんちゃって。

只単に、考えるのが面倒になっただけなんだけどね。






それは兎も角。


父母は離婚した。

そして、一年後父はかねてより付き合っていた女性と結婚した。お互い連れ子同士の再婚、そう周囲に思わせて。まさか、相手の子供が…娘よりも年上の少年が血を分けた息子、だなんて世間様には言えませんわよね、お父様。



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