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そのじゅうなな

夏休みです。そして、兄貴たちは早々に帰省してきています。

慎兄はわかる。いくらお姉ちゃんが近くに嫁いでいるとはいえ、おじさんの一人暮らしだから心配になって夏休み実家に戻ってくる、というのは。


だが、しかし、何故。



兄貴の行っている大学の夏休みは8月から。聞く所によると9月一杯まであるらしい。どこで探してきたのか、夏の間だけ、という約束で家庭教師のバイトを見つけてきたのだから、呆れるを通り越して感心してしまう。

さっきまで、私の夏休みの宿題をチェックして(7月の間に終わらせちゃったもんね。偉い?)今は尚志の宿題を見てやっている。

因みに、この後尚志と慎兄の甥っ子たち――幼稚園児と小2――を連れて水族館に行くんだそうだ。面倒見はいいんだよね、二人とも。私?誘われたけど、丁重にお断りいたしました。




「桐子ちゃん、本当に一緒に行かなくて良かったの?」

「おかぁさん~」

机に突っ伏す私を見て、義母は小さく笑った。

「まあね、おかあさんも、あの二人をいくら荷物もちとしてでも一緒に買い物には行きたくないわね」

目立っちゃうわよね、と肩を竦め笑う。…確かに、義母との買い物なら「目立つ」だけで済むだろうが、こっちはそれに「睨まれる」「悪意を向けられる」がプラスされる…冗談じゃないっつーの。



「お兄ちゃんも、向こうに彼女とか居ないのかな?…まぁ、正直彼女になる人も忍耐が必要だろうけど」

「そうねぇ、高校のときはたまに女の子から電話が掛かってきたりして、出かけることもあったけど…」

「同じ女の子から掛かってきたことなかったよねぇ」

言うまでも無く、兄貴はもてる。けれど、長続きはしない。とはいえ、女性の影が消えることは無かったけど。

「一応、誠実だよね。二股とかはしないし」

「でも、『アレ』じゃね」

義母と作ったマドレーヌをお茶請けに、アイスティを飲みながら顔を見合わせる。家族思いのおにいちゃんズ。他所のお家の話なら「素敵ね」で済むんだけど。



「東京じゃ流石にそんなこと無いんじゃない?離れているんだし、さ」

「桐子ちゃん、本気で言ってる?」

義母の言葉に口を噤む。

「帰ってこないだけ、進化したかな?」

「お父さんが止めたのよ。自分だけなら兎も角、慎司くんを巻き込むな、って」

「まぁ、ねぇ」

彼女よりも家族を優先させる。一見美徳に思われるが、何か違う。因みに、慎兄も五十歩百歩だったりする。この場合、家の『家族』に慎兄も慎兄にとって『家族』も家が含まれる…あはは。






「そういえば、この間浅香先輩に教えてもらったんだけど、おにいちゃん、告白されると付き合う条件の最初に『家族を優先させるけど、構わないか?』って、言うんだって」

「本当!?」

学校内での『伝説』を先輩は色々教えてくれた。高校でも兄貴は色々やっていたらしい。

「けどな、『条件』はそれだけじゃないんだ」

今となっちゃ笑い話にしかならないけどな、と話す先輩に穴があったら入りたかったのが正直なところだったけど。


街で見かけても家族と一緒のときは声をかけない。


伝手を使って、弟や妹に何かしない(コレは、特に私に向かってのようだったけど)。


プレゼントなど物品に期待するな。記念日も同様。そして、自分にもしようと思うな。



「う、わぁ。我が子ながら『ナニサマ』ねぇ」

実はまだあるのだが、この三つのインパクトが大きくて忘れてしまった…けど、頭が痛くなったのは確かだ。

それでも、告白してくる女の子は後を絶たなかったというのだから、たいしたものというか、何と言うか。

「正月とお盆を家族で…っていうのは、解らないわけでもないけれど、ねぇ?」

「クリスマスは言うに及ばず、バレンタインにホワイトデー。周囲の女の子からのプレゼントは拒否するくせに、家族には遠慮余勺無く請求するもんね」

あはははは、と乾いた笑いを浮かべあう私と義母の感覚は間違っていないはず…だ。

恋人よりも家族を優先させる男というのは、マンガやドラマの中では微笑ましくてすむが、実際に傍にいられると鬱陶しい以外の何者でもない。それがイイオトコなら尚の事。その上、黒い。

「度を越した、シスコンでないだけ、ましかしら」

「ヤメテクダサイ」

意識が空の彼方に飛んでいきそうだ。妹が彼氏を作ろうとすると邪魔する兄貴…どこのマンガの世界だよ。



「で、桐子ちゃんは?」

へ?と、顔を上げるとにっこり笑顔の義母と目が合う。ナンデスカ、オカアサマ。

「桐子ちゃんはお付き合いしてる人いないの?」

「お兄ちゃんと古賀くんが居るのに?」

さっちゃんや北野先輩のように、容姿が恵まれているのなら兎も角、せいぜい十人並みの自分に言い寄ってくる男子などいない。しかも、あの二人を間近に知っているのなら尚の事。

「じゃぁ、桐子ちゃんが『いいな~』思う人は?」

片思いも楽しいわよ、と笑う義母にわざと渋面をつくってみせる。

「目が肥えてるからね~」

「周囲に恵まれてるって、なんだかね、だわね」




小さく笑う義母に笑い返す。


ごめんね、お義母さん。

心の中で小さく呟く。

言ったことは嘘じゃない…嘘じゃないけど。


私の恋心ははるか彼方の時空においてきてしまった。




彼の死とともに。


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