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そのじゅうよん

商業高校に限らず、専門課程の学校は資格試験との追いかけっこだ。

例えば、簿記検定でも高校生の場合「日商」と高校生対象の「全商」と呼ばれる二種類がある。他にも様々あり、あれもこれもとやっていると2~3ヶ月に一度は検定日となっていく。元々持っていた資格でもあるので、色々とろうと意気込んでみる。商業科と違い、3年間の間に最低「ここまで」という先生方の圧力はないけれど、授業数も圧倒的に少ない。当たり前だよね、他にもやらなくちゃいけない科目があるから。


だから、個人的に目標を立てた2級取得(勿論二種類の)は、相当頑張らないといけないんだけどね。



でも、持っているのといないのじゃ先々大きく違ってくることも経験上知っているので、参考書片手に図書室通いが日課になった。

そこで気が付いたのが、ここから弓道部の練習が良く見える、ということだ。

勿論、全景が見えるわけじゃない。安全を確保するために、弓道場は柵が周囲に造られているし、道場そのものは半屋内になっている。ただ、空調が使われていない季節、窓が開いていると、矢を射る音が時折聞こえてくる事と、周囲を走る部員たちが見え隠れする、という程度だ。



まだ、道着を着る事が許されていない一年生と(聞いた話じゃ、経験者でも扱いは同じらしい)真新しい道着を着た二年生が走って行くさまは結構壮観であったりする。走る古賀君を見つけて思わず目を細めてしまうが、一つ間違えれば、恋する乙女じゃん、と自分で自分を突っ込みたくなる。



「佐野さんを見ていると、片思いの男の子を陰から見ている乙女、というより少年野球を始めた息子を陰ながら見守っているおかあさん、ってカンジ」

図書委員で同じ茶華道部の先輩である新見さんに笑われ、思わず赤くなってしまった。

「言いえて妙、よね。確かに恋する乙女、というより心配性のお母さん、って言葉の方がぴったり」

「鵜飼先生まで…」

お茶を出しながら笑うのは、司書の鵜飼さんだ。先輩繋がりで仲良くなって、時々お茶やお菓子をいただくまでになった。当然、無料奉仕で図書室のお手伝いもしている。…させられている、が正しいけどね。



一度、部活に向かう古賀君と窓の中と外で話しているのを見つかって、色々聞かれた上、先輩が同中の先輩たちから噂を拾ってきたらしく、結構いいネタにされている。

「でも、否定できませんね。幼馴染ってほどではないですけど、それなりに付き合い長いですから。『群れる』のが苦手で言葉足らずが集団行動大丈夫、かなと。特に武道関係は縦社会ですし」

「家の学校の弓道は、わりと有名だからね。一年は兎も角、二年以降は実力主義だから、結構内部は凄いらしいわよ」

「レギュラー争い、ってやつですか」

運動部的な表現に先輩たちから笑いが洩れたが、否定はされなかったのでそういうことなのだろう。

「一年生が対外試合に出れないのは、実力だけだと経験者が優遇されてしまうから、基本ができるようになるまで、っていう措置だって以前顧問の先生から伺ったことがあるわ」

さすが、先生、裏事情まで良くご存知。






『昇る、だろうな』

「だろうね」


夜、近況報告を兼ねて須本君に電話したら、返ってきた言葉がこれだった。

『やると決めたことに努力は惜しまない奴だからな。来年の今頃はレギュラーの座を射止めていると思うぜ』

その言葉に大きく溜息を吐いてしまった。怪訝そうに『どうした』と返してくる相手に、もう一度、今度はわざと大きく息を吐いた。

「試験対策用のノートが必要だな、と思って」

『……中間、終わったよな』

「終わったから言うんじゃん。そっち方面に力を入れていたわけだ、よく解った」

『あいつの成績、そんなに悪かったのか?』

「補習受けていた姿は見た。少なくとも3教科」

『文系…か』

古賀君は理系は悪くない。けど、言ってはなんが、「悪くない」とまりである。文系は…受験勉強つきあった私と須本君の忍耐強さを先生が褒めてくれた、と言っておくに留めよう。サッカー部では司令塔だったのに…頭脳の進化の方向性が違うのかしらん…なんちゃって。ただ単に本人のやる気と興味の方向だって分かっているけどさ。


だって、理解すれば応用は早いんだもん。ただ、その理解までに時間が掛かるんだよ。特に文系は暗記物は兎も角、その状況によって色々違うし。



天が2物も3物もそうそう与えるわけが無い。と、いうか周囲にチート能力者が多いだけなんだよね、うん。


「こんなことやってるから『おかあさん』って言われるんだよね」

「は?」

先輩や先生の話をしたら、大爆笑が返ってきた.

「っていうか、お前自分で言っていたじゃないか『親離れしろ』って、けど、どう考えても『子離れ』出来ていないだろう?」

痛いトコ衝かれましたね。自分でも思っちゃったよ、正直なところ。



「自転車の籠の中か、三島君か石田君に頼むか」

古賀君の家から学校まで、結構アップダウンが多いので、最初はバス通学だった彼だけど、今は私と同じ自転車通学。とはいえ、通学の時間帯が違うので、あらかじめ約束していないと会うことは無い。

「子離れ、かぁ。結局身勝手なのは私のほうなんだよね」

離れたくない、と思っているのは自分の方が強いだろう。恋愛感情なんか、これっぽっちも無いくせに、妙な独占欲と依存が同居している。我ながら呆れたものだ。

「復習代わり、と思おう。どうせ、先生は一緒なんだから、やっていることも同じだろうし」

呟いて、自分自身に言い聞かせる。少しずつでもいいから距離をとっていこう、と。


ここで、古賀君の義理堅さを忘れていたのが、自分の敗因なんだろうね。




期末終了後、自転車の中に好きなブランドのクッキーと映画の前売り券が日付を書いたメモと一緒に入っていたのは…思わず、須本君に送ろうと思って、流石にまずいと自重した。



嫌がらせに、お母さんが新しく買ってくれたサマーワンピ着て行ってやろうかと思うのは、仕方ない、よね?


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