そのじゅうに
「いい加減、母親離れしてほしいとお母さんは思うわけだよ」
「何だ、そりゃ?」
「キリちゃぁん」
せっかくの日曜日、デートの邪魔をしてはいけないから、早々に立ち去ろうと思いつつストローに口を付ける。
「まぁ、方向性としては間違っていないとは思うが…ちゃんと女として認識していると思うぜ?」
「隼人くん、『認識』って、それはちょっと…」
呆れる美波ちゃんに「だって、男じゃないだろう?」と返してくれる。
「『風呂いくぞ』」
「悪かった」
この「風呂」事件は美波ちゃんも知っているから、彼女も複雑そうな顔をする。
「確かにね、異性としてとかじゃなく『特別扱い』されているのはわかるよ。今更、カレカノって言う仲になっても戸惑うのは自分たちだろうし…何ていうのかな、30歳近くになって、まだ独身なら嫁に貰ってやるって感じが近いかな?」
「やめてくれ、なんだか現実になりそうで怖いわ」
疲れたように言う須本君と苦笑する美波ちゃん。「向こう」で読んだ漫画か何かの台詞だったと思うけど、現実に起こりうる可能性っていうのは、ひくわ。
「けど、本当に可能性としては無いの?」
心配そうな美波ちゃんの声に、首を振る。
「極論で二者択一なら『好き』だよ。でも、それは須本君に対しても同じことが言えるから」
「おい、キリ」
「大丈夫だよ、美波ちゃんはちゃんと解ってる」
微妙な顔の須本君の横で美波ちゃんはにっこり笑顔を見せた。
「男女間の友情に対してとやかく言う人もいるけどね、私は有りだと思っている」
「私も」と、美波ちゃんが手を上げた。うん、ありがとう。
「古賀君しかり、須本君しかり。慎兄は…すでに身内だからね、別格だけどさ」
古賀君以上に「対象外」だわ。見方によっては罰当たりな話だけど。
「確かに、そういう意味でなら俺もキリのこと好きだぜ?」
こういう辺りにテレが全く無いところが須本君らしいと思う。
「私も」
「ありがとう、これで両思いね、美波ちゃん」
「うん、キリちゃん」
手を握り合っている私たちに呆れた視線をよこしつつ、須本君は大きな息を吐いた。
「中学のときは大人しく利用されてあげたんだから、高校では自分で対処して欲しいわけよ。それでなくても、女子比率高い割りに、絶対的な味方が少ないんだから」
同中出身の、割と仲の良かった子たちには先日暴露しておいた。同じクラスの三島君や脇田さんも知っているから問題なし、というところで。
最大の問題は本人なんだけど、自覚してやっている以上私が何を言っても無駄だろう。と、いうかこう言えばこう返ってくるというシュミレーションまで出来てしまうので、付き合いの長さに溜息が出てしまう。
「一応、俺から言っておくけどな。多分切り返しはお前が考えていることと大差ないぞ」
「やっぱり」
ふぅ、と大きく息を吐くと美波ちゃんが不思議そうに首をかしげて「どういうこと?」と訊いてきたので、須本君に視線を向ける。
「いい加減、彼女作ったら?」
「面倒だ」
「女の子の悪意浴びるの私なんだけど」
「言わせておけ。何かあったら言って来い」
「他の男子と仲良く出来ないじゃん」
「俺ごときに遠慮するような奴なら意味は無い」
「え?え?今のひょっとして」
私と須本君の顔を交互に見ながら、美波ちゃんが言う。
枝葉が分かれたり、他の内容でも出来そうな気がする、この掛け合い。
「流石幼馴染」
「流石マネージャー」
眉をハの字にして美波ちゃんが首を振る。
「自分を指して『俺ごとき』って」
「ほら、家兄貴が居るから。弟妹大事のおにーさまなんで、当然私が彼氏作れば、選定に入るわけよ」
「匠さんの選定ね。厳しそう」
「その前に、雅人の選定が入る。…俺もするかもしれん」
「…美波ちゃん。旦那きちんと躾けておいてね」
「うん、頑張る」
小さくガッツポーズを作る美波ちゃんは可愛い。私が言った言葉をどこまで理解しているか不明だけど。
大事にされてるな、なんて思うほどお目出度くは無い。ギブアンドテイク、というには、こちらが不利に傾いている。イイオトコの前では、大半は「可愛いオンナ」で居たいものだし。自分がそれをやりたいかといえば…ごめん、今更できません。
とりあえず、須本君が古賀君を諌めてくれる事を願うばかりだ。…あてにはできないけどね、うん。




