序章
死んだはずの人間を見かける。
普通に考えれば唯の与太話に過ぎないが、世界的にみれば、別に珍しいことではない。
たとえば、こんな話がある。
戦時中の事だ。特攻隊員の山岡忠志という男が、知覧基地より出撃することになった。山岡は決して、自ら死を選ぶような男ではない。帰りたい場所がある。見たい笑顔がある。護りたい、大切な女性がいる。だが、死こそ美しいとされたあの時代。逃亡なんてすれば、自分も恋人も非国民と貶され、下手をしたら私刑になってしまうかもしれない。
もう後には引けない。彼は最後の夜に、宴会の場を抜け出し、恋人に手紙を書いた。所謂、遺書だ。
『死んでも、君に会いに行く。
必ず帰る。
いってきます、君代。』
君代、というのは、山岡の恋人の者だ。
その手紙が内陸の君代の元に届いたとき。山岡の乗った一式戦闘機三形甲「隼」は、見事米国艦隊のうちの一つを、死の世界に連れ込んでいた。
山岡が死んだ翌年。突然投下された原子爆弾により、君代もこの世を去った。
そして、戦争が終わって3年。二つの命が、偶然にも二人が同棲していた町に誕生した。二人はある日知り合い、そしてお互いを思いあい、結婚するに至った。
ここまで、二人と山岡達の間には何の関連もなかった。
が、『奇跡』が起きたのは、二人が式を挙げたときのことだ。
多くの客が見守る中、巨大なウェディングケーキを前にし、新郎が言った。
「約束通り、帰ってきたよ。ただいま、君代。」
新婦は彼の言葉に首をかしげることもなく。
涙を流しながら、こう言った。
「ええ。お帰りなさい、忠志さん。」
果たして二人がどこかで山岡達のことを知って、余興としてこのやり取りを行ったのか、それとも、山岡達が輪廻の輪を潜りぬけ、転生して再び巡り合ったのか。
その事実は、未だ明らかになっていない。