厚化粧皇太子妃の夫に仕える侍従の傍観
俺はエリック=フレイザ。
ガディア皇国皇太子殿下であるアルクレール殿下に仕える侍従である。
とはいっても親父が皇王の宰相をしており殿下とは年も近い事から将来の側近にと3つ年下の殿下とは幼い頃から子守り兼遊び相手をしてきた。
まあいわゆる幼馴染ってヤツだな。
そんな殿下が1年前、齢19歳にして結婚をした。
お相手は隣国のアトラス国の第一王女エルリーシャ姫だ。
御年16歳。プラチナブロンドの髪とアイスブルーの瞳・・・
女性にしては少々高めの身長だが殿下も大柄な方なので2人が並ぶとなかなか見栄えがするだろう。
・・・・顔さえ見なければ・・・だが。
結婚式で殿下が花嫁のベールをあげた時の会場のどよめきと殿下の蒼白な顔は1年たった今でも忘れられるものじゃない。
俺もどれだけ笑いを堪えるのに顔面の筋肉を総動員した事か。
まさか花嫁があんな・・・・厚化粧だったとは。
隣国でありながらアトラス国の情報は少ない。
現王の2代前の時代に悪政を布いた国王を当時、傭兵から王国兵に入ったアトラス国初代国王が反乱をおこし建国したという。
剣技、知謀、カリスマ性を兼ね備えた人物だったらしく、未だ心酔する者が多いようだ。
その為かアトラス国には数多くの猛者が国の重鎮から下層部にまで在籍、小国ながらも戦において負けなし、少数精鋭、一騎当千の兵ばかり、近隣国の間ではアトラス国に攻めるは愚のする事だと暗黙の認識がある。
アトラス国は攻め込まれれば徹底的に敵国を潰すが己から攻め入る事はない。
ガディア皇国も先代まで武力を行使し国土を広げてきたが、賢王と名高い現皇王が武力行使を廃止し交易に力を入れるように国政を変換して行った。
その為に縮小される軍備に不安を覚える輩もいた。
特に隣国であるアトラス国は脅威であり、魅力でもあった。
あの軍力を有効に利用する手立ては無いか。
そして現王の出した結論が皇太子の婚姻だったわけだ。
アトラス国は戦に関しては負無しの無敗の強国ではあるが、険しい山に囲まれ冬の時期が長い為、農地に恵まれず、産物も少ない上、2代前の悪政時代の莫大な借金の為に主要街道が思うように整備されておらず交易も芳しくない。
国の財政は他国へ傭兵を送り、その収入に頼っている状態だと聞く。
婚姻にあたり、ガディア皇国とアトラス国の間に花嫁輿入れの街道を整え、今後の交易の主要行路とさせた。
今ではアトラス国の数少ない産物であるガラス細工とガディア皇国の豊富な穀物が交易品として頻繁に行き交う両国にとって重要な街道へと変化していった。
今回の婚姻はガディア皇国にとっていい選択だと言える。
婚姻によってアトラス国という軍力を手に入れ、街道を整備する事によって今までは個人行商が細々と仕入れていたガラス細工を大規模に輸入する事も出来るようになり新たな販路も広がったのだ。
だが、歴史と体面を重んじる重臣たちには納得できるものではなかったようだ。
まあ、それもそうだろう。ガディア皇国とアトラス国では歴史の長さが違う。
永きに亘る歴史をもつガディア皇国は身分がものをいう、役職は個人の能力よりも家柄で決まる事が多い。
つまり、どんなに優秀な人物であっても家柄が低ければ大した役職に就けず、また、どんなにボンクラであっても家柄が良ければ国の重要ポストにつけてしまう。
まあ、この俺も御先祖様の栄光の結果、皇太子の側近に収まってる訳だから人の事は言えないが・・・
そんな国柄ゆえ、わずか2代前までは流れ者の傭兵だった男の曾孫などを王室に入れるなど言語道断という者が多々いるのは情けないが仕方のない事なのかもしれない。
しかも、エルリーシャ姫は今回の婚姻の話が持ち上がるまで噂にすら上った事がない隠され姫だったようだ。
この俺も、婚姻の話の折に初めてアトラス国に姫君がいた事を知ったくらいだ。
1年前、エルリーシャ姫の事を知る為に送った密偵がようやく帰ってきた。
全く、今まで何してたんだ?
報告書によればアトラス国の王族は優秀な人物が多いようだ。
第1王子は武に優れ、初代王の再来といわれる武人のようだ。
第2王子は天才的な頭脳の持ち主、国政での参謀的役割をしている。
そして第3王子・・・・第3?あそこの王家は2男1女の兄妹だろ?3男なんていたか?
王家直属の騎士団の団長を務め、品行方正、王家の中で女性に絶大の人気の人物?
現在諸国漫遊の旅に出て噂のみの情報しか得られず・・・か。
この3男ってのは側室の子か何かか?個性の強い長男次男に比べ親しみやすく民に人気ありって処が仇となり遊学と称して国外に出したってとこか?・・・アトラス国はそういう事をしなさそうにみえたがどこの国も似たりよったりって事かもな・・・
しかし、エルリーシャ姫の事は全く書いてないじゃないか。
アトラス国の1の姫、王宮から出る事は無く、民も顔を知らない。
趣味は読書・・・これだけか。
密偵、減給だな・・・1年掛かってたったこれだけの報告とは・・・
そう・・・婚姻から1年も経ってしまっている。
殿下が妃の元に通わないものだから、年頃の娘を持った貴族共が騒ぎ始めている。
子をなす事は王族としての務、正妃に子が出来ないなら側室を娶れ---と。正論だ。
殿下もさっさと妃に手を出せばいいモノを・・・
政略結婚とわり切って婚姻を結んだはずなのに・・・変に意固地になりやがって。
まあ、結婚式での厚化粧には蒼白だったが、気を取り直して向かった初夜に、同じように厚化粧の上、純白のドレスをそのまま着込んで寝所で待っていたそうだからなぁ・・・妃の方から拒否してきたとみていいのだろう。
その後も殿下なりに努力して妃の元に行ったようだが、今だ素顔を見た事がないって・・・どんな夫婦だよ。
おかげでお飾り皇太子妃、子をなす心配は無く、離縁しなければアトラス国の同盟はこのままで万々歳!
と、頭の足りない臣下たちは喜んでるが・・・そうはいかないだろう。
なんにせよ、もう少し夫婦仲を何とかしないとな・・・
と思っていたはずなのに・・・殿下、今何て言った?!
好きな人が出来た・・・だとぉ~~~!!
城下に下りた時に出会ったアトラス国出身の人!!しかも・・・しかも・・・男!だとぉ~~!!
誰か、このバカを埋めてくれ・・・ああいや、この俺の手で引導を・・・
ハッ・・・不敬だあ!!そういう言葉は尊敬されるような人間になってから言え!!
で、そいつはどこの誰でどういう人物なんだ!
いや!いい!次にお前が城下に行く時はついて行ってやる!
殿下はよく城下に下りていた。市井に混じり生活する事は民心を知るのにいい勉強だと思ったから放っておいたがそれが仇になったか・・・くそっ
殿下の想い人は美形だった。
人当たりも良く、性格も良い、女性に惚れられやすいタイプだ。
しかし、プラチナブロンドとは・・・・アトラスの王族関係者じゃねーか!!
あのアホ!分かってんのか?アトラス国でプラチナの髪を持つのは王家所縁の者だけだ。
注意して見れば物腰も洗練されている・・・王族所縁の者に間違いは無いだろう。
それにしても何だ?彼と話していると感じるこの既視感。
あの青い瞳に何かを思い出しそうになるのだが・・・なんだ?
この事を妃は知ってるのかと殿下に問えば、言う訳ないだろうと返ってきた。
まあ、そうだろうが噂話程恐ろしいものは無いんだぞ。
変に尾ヒレが付いて妃の耳に入ったら取り返しがつかない事になるじゃないか。
少々、皇太子妃の元に探りを入れるか?
と、意気込んで皇太子妃に面談を申し込んだまではいいが・・・皇太子妃宮は苦手だ。
妃を探る為に手の者を侍女として送り込んだがことごとく皇太子妃陣営に取り込まれている。
大した情報も得られず「皇太子妃様は素晴らしい方です!」と皆、頬を染め口を揃え言う。
今じゃ、完全殿下が悪者扱いだからなぁ・・・
これも多分、妃が国から連れてきた侍女殿の手腕なんだろう。
凡庸な顔の侍女殿なんだが・・・コワイ・・・いや、この表現は男としてどうかと思うが・・・
あまりお近づきになりたくない・・・
王宮で培った危機回避能力が告げているんだから仕方ないだろう!
その侍女殿に案内され皇太子妃の元へと赴けばやはりいつもの厚化粧・・・
何故あの化粧なのか未だに謎だ。アトラス国の王家と言えば美男美女で有名だろう。
何度か行事の確認等でこうして共にお茶をしたが、受け答えはしっかりとしているし、話の運びも上手だ。
殿下が妃の何が気に入らないのかがよく分からない。
今日もさし障りの無い話から始まり、殿下の話となると嬉しそうに頬笑み(多分微笑んでいたのだろう、化粧が厚過ぎてよくわからんが)声も弾んでくる。
妃の方も殿下を嫌っては無いように思うのだが・・・
さりげなく殿下の城下お忍びの事に触れてみれば。
何だ?・・・固まった?
化粧で表情が分からんのが困りものだが・・・妃は知っている?
あの優秀な侍女殿の事だ。殿下の行動など把握済みだろう。
しかし、嫉妬とは違う雰囲気だな・・・そうではなくて・・・
ふと、重なる青い瞳の視線。
ああ、そうか、違和感の正体にようやく気付いた。
城下で彼に会った時の既視感・・・
同じ瞳、同じ髪質、似通った言動・・・厚化粧の意味。
まったく、この夫婦は何やってんだか。
殿下に報告・・・・は、しなくていいか。
皇王もこの結婚話からエルリーシャ姫の事は調査済みだろうし、まだ、皇太子だから後継ぎ云々はもうしばらくは何とかなるだろう。
あと半年くらいは側室や後継ぎといった厄介事はこちらで抑えてやるさ。
だからせいぜい惚れた男の正体に早く気付くんだな、俺でさえ気付いたんだ。
気付かないようじゃぁ---------------もう、おしまい-------だな。