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深く暗い森  作者:
4/5

墓標

「私が娘時代に住んでいた屋敷にはいつもこの花が咲き乱れていたの。この国では今の時期にしか見られないのだけど…」


 わたくしとは違う色の美しい肌と夜の帳のような艶やかな髪の優しい王妃さまがその花を見る時はとても悲しそうだった。


 このお花がお嫌いなのかしら…


 その悲しいお顔をみたくなかったので、ご一緒の時は駄々をこねてこの花の咲く北の回廊を通らないようにした。

そして何時の間にかわたくしはその花が嫌いになっていた。


 今もその花を見るとあの悲しげな横顔を思い出す。




・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・




「この時期にこられてよかった」


 北の回廊を抜けると王族の住まう北の宮がある。その最奥にある庭園の中央に冷たく白い大理石の廟があり、その周りを炎紛ほのおまがいが雪の上に点々と赤い花びら散らしている。

 光をたっぷり含んで輝いている墓石には亡き女王の名前が刻んであった。


『イザベラ・カー・アスマー』


 ユリウスは膝をつき実母の墓標に口づける。

 サーシャは周りに咲いている炎紛ほのおまがいを摘み花輪にしながら、祈る兄の横顔とあの美しいイザベラがよく似ている事を思い出していた。


「私が居ない間、毎日お前がここに来てくれていたらしいね」


 兄の隣でサーシャも膝をつき花輪を置く。


「…だってわたくしのお母様でもあられますもの」


 サーシャの実母であるオルガ・カー・ユンは彼女が産まれてすぐ産褥熱により逝去しその後、正室であるイザベラに育てられたのだった。


「でもわたくし、この花は嫌い」


 立ち上がって差し出された兄の手をぎゅっと握る。


「なぜ?」

「……」


 口をつぐむサーシャを見てユリウスは花輪にそっと触れた。


「この花は父上が南の大陸から一人来た母がさみしがらないよう母国から取り寄せたんだよ。南では多年草らしいんだが気候で変異したのか、こちらではこの時期にしか花が咲かないんだ。・・・南の花なのに皮肉だね」


 南の大陸にある「南の四国」は文字どうり四つの国からなる新興国である。新興国と言っても元々は祖を北と同じとする神族が治める国であった。しかし北が神族の血統を重んじる純血主義の傾向にあるのに対し南は神族のみではなく貴族階級や豊かな豪族間との婚姻を積極的に行っており、北の神族からは侮蔑の意味も込めて新興国として扱われている。

 ユリウスの母イザベラは「南の四国」の大国ナシオンの神族の王女であった。

 ユリウスは花輪から一本花を抜いてサーシャの耳元に花をさした。サーシャは嫌そうに、目を細める。


「わたくし嫌いだといっているのに…それにこの色はイザベラ様やお兄様の方がよくお似合いだわ」

「そうかな?私はお前の瞳の色によく似合うと思うが」


 サーシャはその言葉に少し照れながら、じっと記憶の中のイザベラと同じスミレ色の瞳を見た。


(南の大陸の方々はみんなこんなに綺麗な瞳をしているのかしら?)


 生まれ育ったこの国から一度も出たことがなくむしろ城から出たことも数える程しかない彼女は、本や絵画、時々宮殿に来る商人または外交として出かける兄達から聞く話でしか世界を知らない。

 外見も生活習慣も気候でさえまるで違うと言われる南の大陸。


(お兄様もイザベラ様も大好きだから、わたくしは絶対あの国が大好きになると思うのだけど…)


 「わたくしね、いつか南の大陸へいってみたいわ。海の色がこちらと全然違うのでしょう?年中暖かくて、着物もみんな下着のように薄いって本当?」


 下界を知らずこの白亜の宮殿内だけが己の全てであり、未だ世界の美しさを知らない妹。


「本当だよ。海だけじゃない、国中が極彩色に彩られて美しいんだ。着物もお前のように薄着だね」

「もう!」


 先ほどの顛末を思い出して顔を赤くしたサーシャが握る力を強める。


「いつかお兄様とヘルツィートに行くの。イザベラ様のお屋敷でこの花を見たら好きになるかもだわ!あっ・・・・!」


 瞬間、風で耳に飾った炎紛ほのおまがいが攫われた。それを合図のように庭園中の炎紛ほのおまがいの花びらが惜しげもなく散り舞い上がる。


「その時がまだ来なければいいが・・・」


 ユリウスはその光景を見つめながら呟いたが風音でかき消されサーシャには聞こえなかった。

 サーシャは乱れる髪を抑えながらこの花はやっぱり自分よりも兄のほうが断然似合うと思い、そしてその細められた切なげな瞳が、またイザベラの横顔と重なり胸がしくりと傷んだ。

 自分がこの花を見て悲しくなるように兄もそう思うのだろうか・・・



「お兄・・」

「さあ、風が出てきた。中に入ろう」


 ユリウスに連れられ回廊のある方へ歩きながら、サーシャは白いイザベラの廟に舞い散る花びらがまるで兄に対するイザベラの思いのような、いやそうであって欲しいと願った。





























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