疑問
どうして私は皆と違うのですか?
小さい頃から何度もそう聞いては母を困らせた。
子供といえど、今思うとなんて思慮のない質問だったのだろう。
物心つく頃にはこの巨大な白亜の宮殿で
なぜ自分と母だけが異質に存在し続けているのか理解出来るようになった。
自分以外はそっくりな兄弟。
身内だけではない。
侍女も騎士も国民もさえ、自分達とは違う。
どうして私は皆と違うのですか?
私の前では微笑った顔しか見せなかった母が、この問いかけによって陰で涙したことがあったのだろうか。
もう確かめる術などないのだけど・・・・。
・・・・・・・・・・・・
「私達には、抱擁してくれないのかい?」
サーシャとユリウスが抱き合っていると、後ろから呼びかけられた。
「ユースタス兄様とクラウス兄様!」
黄金色の髪に色素の薄い紺碧の瞳。
第二王子のユースタス・カー・ロシェ、第三王子のクラウス・カー・ロシェの二人である。
二人は髪の長さや着るものが同じであれば見分けのつかない程よく似た双子であった。
「といっても、私達は一カ月ぶりだものな。」
そういって二人で顔を見合わせ肩をすくめた。サーシャは「まあ」と駆け寄り、二人の頬にキスをする。
「お兄様方、お帰りなさいませ。」
「愛が足りない」
「抱擁が足りない」」
オーバーに悲愴しながら不満そうにサーシャを見る。そんな二人にサーシャはつんけんに言葉を返した。
「愛や抱擁はお綺麗な奥様方にいただいてくださいまし。」
「妻や子供以外の腕にも時には抱かれてみたいものなのだよ。」
「まあ、最低。」
「時には妹に虐げられるのもよし。」
いつもこの二人はこうして軽口をたたくのだ。
「兄上、お帰りなさいませ。お早いお着きでしたね」
「ああ、モルターニ海峡が珍しく穏やかだったんだ。二人とは学都で会ってから半年ぶりだな。」
「急な御呼びたて、申し訳ありませんでした。」
二人はユリウスに向かって礼をとり、申し訳なさそうにした。
「?」
そうだ、普通であれば王族の帰郷が身内の耳に入らぬことなどないのだ。ようやく落ち着いたサーシャは、突然の理由を考え始めた。
今年25になる王位継承権第一位の王子ユリウスは三年前より神族、それも王位継承権をもつ子息のみが教えを請うことの許される学都アーリアに遊学していた。
通常、修学中は身内の葬時やよほどの有事でなければ帰郷を許されない。その兄が修了を一年も早く帰ってきたのだ。
24になるユースタスとクラウスは三年前父王から公爵位を与えられており、国境近くの南と北の領地をそれぞれ治めていた。つい一月前に公務で帰郷したばかりだった。
「例のヘルツィートからの書簡が…」
クラウスの言葉にユリウスが顔を曇らせる。ヘルツィートは「北の七国」とモルターニ海峡を隔ててある「南の四国」一の大国「緋の国」ナシオンの首都である。
「ヘルツィート?ナシオンの??ヘルツィートどうしたの?」
クラウスはまずかったと舌を出し、さっとユリウスが表情を変えサーシャに笑いかける。
「いや、途中回り道をしてヘルツィートに寄ってきたんだ。お前の好きな花菓子を買ってきたよ。」
「わ…わたくし!もうお菓子なんて…!」
ユースタスが呆れながら、
「お前ね、つい最近私がヘルツィートに行くと言ったら耳にタコができるほど、あまつさえ服のポケットというポケットに菓子をねだる文を入れてたくせに」
「あっ…あれは…」
「くくく…それはよかった。あとで部屋に届けさせるよ。」
ふくれっ面のサーシャの額に軽く口づけし、彼女の手をとり自分の腕に絡ませる。
「積もる話は後にして、母上に参りたいのだが…サーシャ、共に行ってくれるかい?」
「はいっ!もちろん!」
「では、また後で父上を交えて話そう」
兄と浮き足立つ妹を回廊に見送ったのを確認するとクラウスはほっとため息をついた。
「あぶねーまだ、決定じゃないもんな」
「特にまだサーシャには聞かせる時期じゃない」
「それってどういう・・」
ふとクラウスは足元に赤い花びらを踏んでいることに気付いた。見覚えのあるその花は、花びらが散るとまるで火の粉が降っているような花なのでこの国では炎紛という名前がついている。
「俺、この花見るとイザベラ様思い出すんだよ」
「俺もだよ…そうかもうそんな時期か」
エストラド国王の正妃であり、ユリウスの実母であるイザベラ・カー・アスマーが薨去したのは13年前のこの花が散る今の時期であった。