style.7
「では、皆が揃った所でこれより、会議を始める」
やや力強く口にしたルドルフからは、漲らんばかりの威信がこもっていた。
「はい議長。ヒグマのブリッツェンが鼻水垂らしていて、凄く汚いです」
早速挙手するや、迷う事無くそう切り出したのは男勝りのメストナカイ、プランサーだ。
「うむ。さっさとその鼻から脱走を試みようとしている、貴様のスライムを処分せぃ」
「鼻からスライムに、物理攻撃は可能ですか?」
「早い内からだったら、可能だ。ティッシュが弱点だ」
「よし。じゃあ鼻をかんで、鼻孔内のスライムを一斉処分しろ」
「鼻からスライムって、おいらを一体何者だと思ってるんスか。ズル」
続いてクランプスの質問に、ルドルフからあくまで冷静な答えを得ると彼は力強く首肯して、無駄のない動きでティッシュ箱をブリッツェンに突き出した。
それに不満をぼやきながら、ブリッツェンは受け取ったティッシュで鼻をかむ。
皆はその不快な音に顔を顰めつつも、改めて会議開始にてその場を乗り切ろうと、ルドルフへと注目する。
その真意を忖度した彼女は、腕を組んだ姿勢で口を開いた。
「では改めて――」
「オッカさん。この自然と偶然が織り成す神秘なまでの吊り橋は、このまま保つべきでしょうか? それとも心を鬼にして崩壊するべき……」
「じゃがましゃあ!! この腐れヒグマ!! ティッシュと鼻から連結しているスライムもどきで芸術発想を引き起こしてんじゃねぇ!! それにてめぇからオッカさん呼ばわりされとうないわぁ!!」
会議開始の号令をブリッツェンに邪魔されたルドルフは、目を血走らせながら怒号を放つ。
同時にそれに応えるかの如く、ウリ坊のダッシャーがダイニングテーブル上を猛然と走り出すと、椅子にも座らせてもらえずに立たされているブリッツェンめがけて、突進した。
そのウルトラダイナミックパワフリャアタックをもろに受けたブリッツェンは、そのまま白目をむくと口から泡を吹きながら後ろへ倒れてしまった。
「でかしたダッシャー」
「ブギピギ♪」
飼い主ルドルフに褒められて、ウリ坊は嬉しそうに彼女の腕の中に飛び込み甘える。
「まぁ、これで少しは先代ダッシャーの仇は討てたよな」
クランプスはまるで他人事の様に、横目で倒れているブリッツェンを見遣りながら、ボソリと呟いた。
「よし。今度こそ改めて、只今よりトナカイ会議を始める。まず今回議論すべき点は、ただ一つ。コメットとダンサーが、今年のソリ引きの休暇を求めてきた。それについて言いたい事を述べろ」
ルドルフは腕の中でピギキュピと甘え声を出している、ダッシャーを撫でながら言った。
すると早速キューピッドが口を開いた。
「なぁキューピー。君はコメットに騙されているんだけど、気付いてる?」
「そんな事ないわ。だってコメット言ってたもん。旅客機のチケットを送れば、ソリ引きを休んで好きなだけ踊れるって♪」
「え? 愛の告白をされたんじゃないの?」
「え~! まさか☆ 私が愛しているのはダンスだけ。こんな性格最悪な堕天トナカイ、例えブロードウェイのタイムズスクエアで踊ってもいいと言われたって、お断りよぉ~♪」
「この命をも天秤にかけるくらい、踊り好きにそこまで言われるとは。とことん嫌われてるな。コメット」
ダンサーのミュージカル調な言葉に、クランプスは愉快気に笑いながらみんなとは少し離れた場所に、一人座っている彼を振り返る。
「予とてお断りだ。こんな踊り馬鹿など」
コメットは平然と言い返す。
「で、どうするのダンサー。コメットから騙されたまま、ソリ引きを休むの?」
「休めるなら休むけど、ルドリーの様子からするととても無理そうね~♪」
ヴィクセンに訊ねられて、歌いながら答える。
「だって。さて君はどうするのさ。コメット」
今度はクランペンが彼を振り返る。
「予はこの老いぼれの邪魔をしたい。ゆえに欠席させてもらう」
「あくまでもその信念を、曲げる気はないようだねコメット」
「別に言う通りにソリを引いても構いませんが、その時はいつでもあなたの旦那が当方に命を狙われていると、解釈してもらいましょう。楽しいクリスマス、首を洗ってからプレゼントを配って回る事をお薦めしますよ」
ルドルフとコメットの間で火花がスパークする。
その火花に、ヒグマのブリッツェンが起き上がると間に割って入った。
「ちょっとお二人とも! 火花が出るほど睨み合うとは! おかげで凄くあったかいッス!」
「喧嘩を止める為、間に入ったわけじゃないんかい! 人の喧嘩で体温めてんじゃねぇよブリッツェン! ……――って、寝るなぁ!!」
すっかり心地よさそうにウトウトし始めたヒグマに、クランプスが容赦ない足蹴を頭部に喰らわす。
「ややっ! すんません寝ちゃってましたか? おいら。何せ本来なら冬眠している時期なので、どうしても頭が勝手にスリープモードになっちまうんスよ」
「今度寝たら熊鍋決定な」
「そんな殺生な……。その時はおいらもその鍋喰ってもいいッスか?」
「いや、お前だから。鍋の具材になるの、お前自身だからブリッツェン。喰うんじゃなくて、喰われる立場だよ。お前意味分かってわざとボケてんのか?」
「戯れ中に失礼しますが、もうリアルワールドでは、今日イヴを迎えてるんですよ。こんな悠長な事、していても構わないのですか?」
それまで大人しかったドンターが、静かにクランプスとブリッツェンの漫才に口を挟んできた。
瞬間、ニコラオスが勢い良く立ち上がる。
「そうじゃルドリー! 会議どころではない! 我々の世界と違って、リアルワールドの時間は経過が早いんだ!」
「それは多分、作者によりけりだと思うよ」
満面の笑顔で、平然とそう毒を吐くクランペン。
黙りやがれ。何いきなり普通にバラしちゃってんの!? このドS!
作品のキャラが筆者を侮るなんて、ありえない事だよ!?
「ん~。なんかメンドクセ。だったらもうこのまま、プレゼント配りに行っちまわぁ」
「議長! もうコメットがいません!」
かったるそうにぼやくルドルフに、プランサーが挙手する。
「野郎、逃走を図りやがったか。構わん。ラプス。プレゼント配りでソリに乗っている間、ひたすら鐘電話を通してコメットへ集中的な文句を言い続けて、ノイローゼまで追い込め」
「いいけど……」
陰険だよな。やる事が。そう内心密かに思うクランプスの隣で、クランペンが穏やかに口にした。
「でもコメットなしで、ソリ引きは無理なんじゃない? だってコメットの、あの黄金の蹄と飛行能力があって、初めてソリは空を飛ぶんだから」
「え? そうなのか?」
キョトンとするルドルフに、みんな一斉に溜息をついた。
トナカイのリーダーのくせして、今まで知らなかったのかと……。
「少なくとも私が送った飛行機のチケット、役に立ちそうね♪」
ダンサーは言いながらも、まるで他人事の様に踊っていた。
「じゃあ僕達トナカイも、今年は飛行機?」
「では、早速不足分の手続きを致しましょう。部屋とPCを、お借りしますよニコル」
プランサーの言葉に、ドンターは立ち上がり室内へと入って行った。