style.6
「さて。残るは問題の二頭か……」
ルドルフは煙草を燻らせながら、両腕を組んで椅子にふんぞり返っている。
「やっぱり、会議内容が自分達に関係しているだけに、来辛いんじゃないの?」
クランペンがやんわりした口調で、思った事を口にする。
「しかも、ダンサーはともかくとして、今回の主犯はあの問題トナカイ、コメットだからなぁ」
プランサーも同じく意味深に呟きながら、溜息をつくとミルクティーを一口啜る。
一方クランプスは、すっかり母親の機嫌を損ねて居心地悪そうにダイニングの片隅で、この度めでたいのか寧ろ歓迎されていなさそうな二代目ブリッツェン、ヒグマの相手をさせられていた。
ガタガタと寒さに震えているヒグマのブリッツェンに、貼るカイロを全身数ヶ所に貼り付けている。
「一応ここ、暖炉が効いてて結構暖かいけどな。それでもまだ寒いのかよ」
「当たり前じゃないッスか。本来おいら達熊族は、冬篭りするのが基本なんスから。この程度の暖かさなんて、全然足りませんよ。グズ」
「みたいだな。メッチャ鼻水出てっとこ見ると。しかしカイロをこんな直貼りして、低温火傷とか大丈夫なのかよ」
「問題ないッス。毛皮通してるんで」
「だよな。うちのトナカイ衆と違って、お前と二代目ダッシャーだけはまんまウリ坊とヒグマだもんな。しかもダッシャーに至っては、自然の摂理に抗う事もなく言葉すら喋れねぇみたいだし」
「あ、ついでにマフラーとブーツも貰っていいッスか? できたらダウンコートも欲しいッス」
「……面倒なのを二代目に後任させちまったぜ……。こんだけしてやるからにゃあ、ソリ引きはしっかり頼むぜブリッツェン。それこそ自分の前方にいるトナカイを獲物と思って追いかけるくらいの勢い――でっ!」
クランプスの言葉が終わらない内に、母親ルドルフから椅子を投げつけられた。
「その前に、本番までに俺が生き延びられるかが最大の問題かもな……」
クランプスは椅子の直撃を受けて、頭から流血させながらも何事もなかったかのように、ふとニヒルな微笑を浮かべたがそこからは心なしか、哀愁が漂っていた。
「ええい! 遅い! 一体奴らは何をしてんだい!!」
ルドルフは苛立ちを露にしながら、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
すると、しっとりとした冷静な、それでいて俄かに不気味さを含んだ声がどこからともなく聞こえてきた。
「当方ならば、ずっとこちらにおりましたよ……。ドンターが来るよりも先にね……」
気付くと、ニコラオスの咽喉下にサバイバルナイフがあてがわれていた。
いつの間にか彼の背後に、コメットが佇んでいた。
「コメット貴様! うちの亭主に刃を向けるとは! 仮にも己の主だと言うのに!」
ルドルフは気付くや否や、声を荒げながら身構える。
「当方を勝手にこの老いぼれの従事に差し向けたのは、神の奴でしょう。こちらはちっとも望んでなどいなかったのに」
「コメット。あんたが神様に天から堕とされたのは、その横暴で神にさえも逆らう反逆心のせいだろう。だから更生を兼ねて、うちの旦那が神からあんたの面倒を見るように頼まれたんだよ!」
「面倒……? 監視の間違いでは? 当方はトナカイを守護する天使であり、トナカイ族の王でもあると言うのに、こんな老いぼれは愚か汝がこやつ率いるトナカイのリーダーだとは。当方が汝よりも身分が上だと言うのに」
「まだ言うかコメット。アンタはもうその権利を剥奪されてんだよ! だから守護天使は愚か、王でもないただの逆賊さ。分かったらさっさとうちの旦那から離れな! 少しでも傷つけたらその腕、この灼眼で容赦なく焼き落とすよ」
ルドルフは言うと、双眸から真紅の光を宿して灼眼を開眼させる。
それを確認するとコメットはニヤリと不気味な笑みを浮かべてから、大きく一歩後方にジャンプしてニコラオスから離れた。
「フン。この当方の流星弾撃の秘儀を封じて、汝のような一トナカイなんぞにその様な能力を託すとは、神も随分と当方を侮辱していらっしゃる。今に必ずこの老いぼれと汝を始末して、神の監視から脱離し当方が受け続けた屈辱、晴らしてやりますからね」
冷淡な口調ながら愉快気にそう言うとコメットは、腰まで長く伸ばした星の様に輝き瞬きを放つシャイニングゴールドに、その毛先にかけてエメラルドグリーンからブルーのグラデーションをした髪を、背後へと手で払った。
「相変わらず反抗的だな。コメット。マジ乾し肉にしてやりたいぜ」
クランプスの言葉に、目敏くルドルフが反応してまだ収めていない灼眼を、憤怒の形相で息子へと向ける。
「ブリッツェンを誤って射殺した挙句、乾し肉にしたアンタが言うんじゃないよ!!」
「分かった! 分かったからその真っ赤なお目々を収めてくれお袋! でないとマジ俺焼死するから!!」
クランプスは大慌てで捲くし立てながら、必死でヒグマのブリッツェンの背後に隠れた。
「惜しいなぁ、コメット。この中では君が一番トナカイらしい姿してるのに」
クランペンは先程の騒動など欠片も気にしていない様子で、ニコニコした表情をしながら穏やかに言った。
コメット――その反抗的な態度から、一番後ろに追いやられている八番目にソリを引くトナカイであり、先程彼自身が述べたように天界でトナカイを守護し種族の王をしていた、元天使だ。
よって彼の姿は、髪こそトナカイ以前にその他ともかけ離れてはいるが、大きく立派な角を持ち耳と腰から下は二足歩行可能な、トナカイのものである。
ただ他のトナカイと大きく違うのは、黄金に輝く蹄をしている事だ。
勿論、衣類はきちんと着用している。
「んで? ダンサーと付き合っているってのは?」
「フン。予があんな低俗な下級トナカイ女を、本気で相手にする訳がなかろう。この老いぼれに迷惑かける為に、利用させてもらっただけだ」
キューピッドの質問に、コメットは素っ気無く答える。
「ほらね? やっぱりこいつの差し金だったろう? まさかダンサーはその気になっちゃあいないよね……」
キューピッドがケロッとした顔でみんなに言ってから、ふと乙女心を悪用された立場であるダンサーの事を気にかける。
「コメットてめ、さっきから黙ってりゃ調子づきよって。何度もワシを老いぼれと連呼するんじゃねぇ! せめてサンタさんとだけでも呼びやがれこの堕落トナカイ!」
怒りの矛先を向けてくるニコラオスに、コメットは何食わぬ顔で一瞥すると嫌味ったらしい口調でリピートし返した。
「ケ ン ト ・ デ リ カ ッ ト さ ん」
「サンタクロースじゃいこのボケトナカイ! え? てか、なんで? なんでそこでケント・デリカット!? しかも微妙に懐かし外人タレントだし! 名前の共通点、“ン”しか合ってねぇよ!? どうしてかなルドリー。こいつが口にしただけで本人は全然悪くないのに、こんなにもデリカットにラリアットを喰らわせてやりたいくらい、ムカつくのは!?」
「そうだねぇ。多分、日本長期滞在しているにも関わらず未だに日本語がカタコトなのと、やっぱりベタな眼鏡ネタが原因かねぇ」
ニコラオスの怒りは、すっかりコメットを忘れて某外国人タレントに屈曲させられていた。
「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~ン♪ 踊り子ダンサー、只今参上よん! ウフ☆」
ここに来てようやく最後に、二番目にソリを引くトナカイのダンサーが、踊りながら呑気に到着した。
「ヤベェ。第一声一発目からして、既に死語だよ。今時そんな古いネタ使う奴は、寂びれたオッサンか時代錯誤な奴だけだぜ」
「ダンス命のダンサーに、そんな細かいツッコミは全く支障ないわよ……」
「寧ろ細かい事以前に、場の空気すら読もうともしていませんからねぇ」
クランプスの意見に対して、ヴィクセンとドンターは呆れながら口にした。
楽しげに踊っているダンサーは今まさに、再度灼眼を発動して超高熱ビームを放射せんとするルドルフを、プランサーが必死に止めているのにさえ気付く事もなく。
そんなルドルフの前のテーブルの上で、ウリ坊ダッシャーがブギピギ言いながら、与えられたご飯を夢中でありついていた。