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「えーと。まだ来ていねぇのは、問題の二頭と一番と六番だな」
クランプスが先程母親から鉄拳を受けた頭を擦りながら、少々不機嫌そうにその場を取り仕切る。
「あのなぁラプス。僕らトナカイをナンバーで呼ぶの、やめてくれる? ちゃんと名前あるんだからさぁ」
「そうね。なんだかまるで、囚人みたいだわ」
プランサーとヴィクセンそれぞれ女二人のトナカイから文句を言われ、クランプスは煩わしそうに手を振る。
「俺はいちいちそれぞれの名前を言うのが面倒なんだよ。お袋はともかく、八頭もトナカイがいるんだぞ?」
「あなた方双子も、同じ顔してややこしいですよ?」
「顔が同じでも明らかに髪の色が違うだろう! それくらいの区別は付けろ!」
悠然と意見するドンターに、クランプスは自分の髪を指差して見せながら、尚且つ隣にいた兄クランペンの髪を、鷲掴みにして引き寄せる。
弟で粗暴的なクランプスは、ブルーの髪を。
優しい振りして内心ドSを秘めた兄、クランペンはピンクの髪色をしている。
それぞれショートだ。
「奇抜な色してるので、つい認めたくなくて顔だけしか見ていませんでした」
「そんな事言ったらお前、世の中のアニメキャラはどうなんだよ!? もうムチャクチャだよ? ビジュアルロックバンドにも引けを取ってねぇし! それにお前らなんか、トナカイなのに当たり前の様に擬人化して一部だけトナカイだなんて、これ以上の奇抜さは他にねぇだろ!!」
「うるさい」
ゴスッ!!
冷静なドンターの居直りに、ムキになって意見するクランプスを再び母親の、後頭部を抉るような拳が左から右へと流れた。
「ぅごはっ! 何か今微妙にかすり取られた感がしたよ? 何か頭皮めいたもんが! ラプス、ちょい俺の後頭部確認してくれ。ハゲてないか」
「う~……ん。――大丈夫。ちょっと焦げてるくらいかな?」
「焦げ!? 拳で頭皮が、いや毛髪が焦げるって、一体どんな摩擦力持ってんだよ!」
「陰毛よりかマシだと思え息子よ。ワシのジュニアに至っては、夜の激しい営みのせいで最早スッテンテンになって、まるで寺の住職のようだよ」
「自粛しろ!? だったら! 寺の住職らしく営みをもう自粛、いや、寧ろ煩悩から隠居しろ!? このクソ親父!」
「何をラプス! 母親の私から、愉しみを奪おうってのかい!」
「大丈夫だよハニー。その時はこの僕がいるから」
「パパンの下半身がパイパ……き、気持ち悪ぃ……ゥェ」
双子は両親ともれなく割って入ってきたキューピッドとで、会話が収拾付かない程乱れまくっていた。
途端、突然ドアをぶち破って突進してきたものがいた。
それは……イノシシだった。
正確に言うとまだ小さなウリ坊だが口元には、立派な牙が上へと剥き出している。
「な、なんだこのチビ豚……。こいつがこのドアを破壊したのか?」
吹き込んでくる寒風と雪に煽られながら、クランプスが押し倒したドアの上でブギピギ言いながら、クルクル回転してうろついている落ち着きのないウリ坊を、愕然とした表情で見下ろす。
「おや。よく来たねぇダッシャー。相変わらず元気がいいんだから☆」
そう母親のルドルフが何事もなかったかの様に、満面の笑顔でそのウリ坊を抱き上げた。
「ええぇえ!? ダッシャー!? それが?」
思わずそこにいたみんなが声を揃えた。
「あの、以前のダッシャーは? 確か間違いなくその時はトナカイだったよな!? 暴れん坊だったけど」
クランプスの質問に、ケロッとした表情で答えるルドルフ。
「ああ。あいつねぇ。あいつなら、二ヶ月前の晩秋に冬篭りの準備をしていたヒグマに突っ込んで行って、そのまま熊が振り下ろした前足で呆気なく逝っちまってねぇ。その後継者が、この子なんだよ。可愛いだろ♪」
「いや、なんで? なんでヒグマに突っ込んでった訳?」
「あいつは昔から猪突猛進なところがあっただろう。それでその日もいつもの様に、我が道を爆進ランナウェイ中だったんだよ。そこにヒグマが道を偶然塞いじゃってさ。それでもひたすらゴーイングした結果、反撃喰らってそのまま餌食になっちまったんだよ」
「ええ!? く、喰われたの!? 熊に!!」
平然とそう説明したルドルフに、再度みんなは声を揃えて言った。いや、一人だけ、紳士なドンターだけは無言のままだったが。
「ねぇ、聞くけどルドリー。まさかそのウリ坊をダッシャー二代目に選んだのは、そのトナカイのダッシャーの性格が猪突猛進だったから、なんて言わないわよねぇ?」
ヴィクセンが、俄かに口角を引き攣らせながら訊ねる。するとルドルフは彼女へ振り返ってから、嬉しそうな笑顔で大きく頷いた。
「ピンポーン♪ 大正解! さすがはヴィッキー。よく私の性格分かってるじゃないか!」
これにはヴィクセンだけでなく、その場にいたみんなも大きな溜息をついて呆れ果てた。
「更にお尋ねいたしますがミセス。まさか牙があれば角のある我々トナカイと大差ない、とも思われた訳ではありませんよねぇ?」
続いて静かに質疑してきたドンターに、ルドルフは目を丸くして驚きを露にする。
「凄いねドンター! なんでそこまで分かっちまったんだい!?」
「成る程パパン。パパンはこのママンの天然さが決め手になって、一緒になったんだね?」
「ああ。ツンとドジの絶妙なマッチングが堪らなくて、それがまた可愛らしく見えてなぁ…」
息子のクランペンに問われて、妻が久し振りに見せる天然ぶりに萌えながら、顔をほころばせている。
「ま、まぁ、こんだけドアを破壊するだけの威力がありゃあ、ソリを引く分にも問題ねぇかもな……」
クランプスは口元を引き攣らせながら、母親の手の中に収まっている小さなウリ坊を見遣った。
こうして、ソリを引く順番が一番目になるダッシャー二代目として、この小さいながらも怪力なウリ坊が引き継ぐ事となった。
取り敢えず、倒れたドアを起こして吹き込んでくる風と雪から我が家を守ろうと、クランプスが立ち上がった時だった。
のそり、のそり、とゆっくりとした動作で家に向かって近付いてくる、巨体があった。その怪しい気配に、その場にいたみんなが緊張を走らせたが、クランプスだけは別の意味での緊張を走らせていた。
「あ、あのぉ~。せっかくこっちは冬眠していたのに、なんで召集命令出すんですかラプスさん……。おおおお、おいらが寒さに弱いのは、知っているでしょ~ぅ?」
そう言いながら姿を現したのは、携帯用ストーブを片手に尚且つ、頭上にランプを乗っけた姿をした……――ヒグマだった。
「く、熊ああぁぁあぁぁ~~~!?」
みんなの声に、クランプスが恐る恐る振り返りながら言った。
「い、いやぁ~……。なんてぇの? ほら、ダッシャーもウリ坊に変わった事だしさぁ、ここは一つ、ブリッツェンもヒグマに変えようって事で……。ま、まさか、ダッシャー喰っちまった熊って、こいつ……じゃあないよなぁ?」
ブリッツェン――六番目にソリを引いているトナカイの名前だ。
「んで? 先代のブリッツェンは今、どこにいるのさ?」
そう目元をギラつかせながら、威圧的に訊ねてくる母ルドルフにクランプスは笑顔を更に引き攣らせると、キッチンの天井を指差した。
そこには、冬の保存食として吊るされている、幾つもの乾し肉があった。
「え? ま、まさか?」
ニコラオスが顔を青ざめる。
「い、いやぁ、こないだ狩りに行ったじゃん? そ、そん時にさぁ、ま、間違えて撃ち殺しちゃったんだよね……。その、ブリッツェンを。だから、代理にこいつを二代目として俺が恐喝して手下に……ア、アハハハ」
「その肉を今まで私達に食わせてたんかぁい!!」
「まぁ、ママンにとっては共食いだもんねぇ。あ、僕らもかな? 半分トナカイの血が流れるハーフだから」
他人事の様に苦笑するクランペン。
こうしてクランプスは母親の容赦ない回し蹴りを受けて、亡きブリッツェンの二代目を初代ドッシャーを叩き殺したヒグマが、後任となったのであった……。