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「お袋。コメットとダンサーが付き合いだしたらしくてさぁ、当日デートしたいからソリ引き休むってよ」
クランプスはダイニングに戻ると、椅子に腰を下ろしてまだ残っているコーヒーを啜る。瞬間。
「―― マ ジ で か !?」
この上なくドスの利いた獰猛さを含む声が轟いた。見ると、ルドルフの両眼が業火の様な真紅の光を放っていた。
「落ち着いてママン。自慢の紅い眼力がシャイニングしちゃってるよ」
同じくダイニングに戻ってきたクランペンが、他人事の様に爽やかな笑顔で冷静沈着に宥める。それに気付いて慌てて眼力を収めるルドルフ。
「あ、あらヤダわ。私としたことが。つい殺意を抱いちゃうだなんて。テヘ♪」
照れ臭そうに言うと舌を出しながら、自分自身で頭を拳で小突く。
すぐ側に座っていたニコラオスが、チキンソテーをフォークで突付きながらぼやいた。
「まさかそのピカピカの赤いお目々が、別の事でも役立つとは出会った当時は気付きもしなかったよ」
そう。赤鼻のトナカイ、ルドルフ。
その本性は赤鼻ではなく、灼眼である事は身内以外誰も知る由もない。
今でこそ擬人化しているが、その姿は口調や性格とはまるでかけ離れたライトブラウンのセミロングヘアという、そこらの美少女アニメに出てくる容姿をしている。
なので一見若いが年齢不詳だ。
「よし。召集だ」
ルドルフの言葉に、三人は怪訝な表情で彼女に視線を送る。
「トナカイ全頭召集命令を下しな! これからトナカイ会議だ!」
「だってよ。ラプス」
「ったく。仕方ねぇな」
母親と兄に促されてクランプスは渋々自室に行くと、自分専用のクリスマスアイテム、錆びた鐘を持ち出して戻ってきた。
そしてそれを眼前まで持ち上げると、今まさに振り鳴らさんとばかりに鐘を傾ける。
それを見た父、ニコラオスは慌てて止めに掛かる。
「まっ、待て! お前まさかここでその鐘を鳴らす気――か……」
が、言い終わる前に息子の行動を見て硬直した。
「あー、応答せよ応答せよ。こちらクランプス。てめぇら全員、今すぐ我が家に集合。お袋がトナカイ会議を始めるってよ。怨むならコメットとダンサーを怨め。奴ら付き合いだして今年のソリ引き休むって抜かしやがったんだから。そういうこって、さっさと来やがれよクソ共」
「応答せよの意味を成してなかったね。ラプス」
そう糸電話宜しくに鐘に向かって話しかけたクランプスに、のんびりした口調で指摘するクランペン。
「え? 何? それって鐘以外にも役立つの?」
「おう。糸電話新型鐘電話。ちなみに糸じゃなくて電波に乗せるから、あいつらの首輪に付いてる鐘にも伝わる仕組みになってる」
父親の疑問にさも当然の様に答える息子。
「何でそれ? 携帯電話じゃいけなかったのか!?」
「相変わらずあったま悪ぃなぁこのクソ親父。相手はトナカイだぞ? トナカイが一体どうやって携帯扱うんだよ。手続きすら不可能だろうが」
「いや、まぁ確かにそうなんだろうけど。なんでかなぁ。お父さん、凄く腑に落ちないのは」
「ヤダな~、パパン。耄碌きてんじゃないの?」
「誰が耄碌じゃい! こちとらどんだけ長年世界中飛び回ってると思ってんだ! バカにすんじゃねぇよ? 老人スピリット!」
「そうだよあんた達。お父さんを簡単にバカにしちゃいけないよ」
夫と双子の息子達の遣り取りに、冷静にルドルフが言葉を挟む。
「お袋……」
「ママン……」
「ルドリー……」
さすがは妻なだけはある。
普段どんなに乱暴猛々しい性格をしていても、やはりいざとなればしっかり母親としてきちんと息子達を教育し、父親の威厳を守るだけの度量が――。
「この人はね。こう見えても夜になったら信じられないくらい逞しくなるんだから。さすがは本業に徹夜で世界中回るだけあって、もう夜に強いのなんのって。私腰砕けになりそうで、避妊具さえ突き抜けそうなくらい大量放出するものだから、これ以上子供ができては大変だと最近私もピルを使用かと悩み始めたくらいなんだから」
「そっちかよ!!」
賺さずツッコミを入れるクランプスを他所に、クランペンは感激を覚えていた。
「さすがは僕のパパンだ……。なんて羨ましい精力。どうしたら一晩中持つのか教えてよ」
「大丈夫だクラッピー。お前も私の息子なら、しっかりそこも受け継いでいるはず。まだ覚醒されていないだけだ。いつか時期が来れば自ずと分かるはずだ。己の中で頭をもたげる野獣の気配がな……」
「本当かいパパン!? だけどラプスだけでなく僕にまでクラッピー呼ばわりしてたら、区別が付かないよ。今度またそう呼んだらパパン。その時は鎖で首を絞めて、乾し肉と一緒に吊るしてもいいかな?」
「ウフフ。さすがは親子だねぇ。ラペン」
父とクランペンの和やかな遣り取りに、目頭を熱くして微笑ましく見詰めるルドルフ。
「いや、なんか明らかに方向間違ってるから。銀河鉄道並みくらいの勢いで話が脱線しまくってるから」
自分を除く三人の親子に、ウンザリしながらツッコミを入れるクランプスであった。