表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

優しさという檻

作者: 志紀
掲載日:2026/03/06

コルビー伯爵家の長女、アルメリアは、今日も窓辺で刺繍をしていた。


 庭では春の陽光を浴びて弟が木剣を振っている。次期当主として厳しく育てられている彼は、屋敷の中では唯一、姉にだけ甘えた顔を見せた。


 弟がまだ五歳の頃のことだ。剣の稽古で転び、膝を擦りむいても泣くまいと唇を噛みしめていた彼に、両親は「跡取りが泣くな」と言った。だがアルメリアだけは膝を折り、そっと傷口を洗いながら言ったのだ。


「痛いときは痛いと言っていいのよ」


 その日以来、弟は姉の後ろを追いかけるようになった。強さとは、誰にも弱みを見せぬことではないと、彼は姉から学んだのだ。


「姉上、またステイシーが倒れたらしい」


 侍女の慌ただしい足音が廊下を走る。


 ――また、である。


 二歳年下の妹、ステイシーは、幼少の頃は本当に病弱だった。季節の変わり目ごとに熱を出し、青白い顔で寝台に横たわる姿は、確かに守るべき小さな花だった。


 その頃から両親は妹の枕元に付ききりで、アルメリアは「あなたはしっかり者だから」と放置されることが多くなった。


 やがて弟が生まれると、両親の関心は「病弱な妹」と「家の跡取り」に割れ、長女は静かに余白となった。


 学園への入学も許されなかった。


「ステイシーの側にいなさい。姉でしょう?」


 それは命令であり、当然の義務だと教えられた。


 だが十歳を過ぎた頃、妹は健康体になった。庭を駆け回り、甘やかされた言動で周囲を困らせるほど元気になった。


 しかし、友人はできなかった。


 両親の過保護により家族以外と交流する機会もなく、マナーも十分に学ばなかったため、友人候補の貴族令嬢に対して使用人のように見下す物言いをしてしまったのだ。


 当然ながら令嬢たちはその言動を家族に伝え、交流は断たれた。


 アルメリアは静かに諭した。


「ステイシー、あなたの言葉が相手を傷つけたのよ」


 だが妹は納得せず、しばらく不機嫌に過ごした。


 そして、ある日――。


「お姉様が冷たい目で見たから、胸が苦しくなって……」


 寝台に横たわる妹は、涙を一粒落とした。


 アルメリアは悟った。


 ――仮病だ。


 姉である自分と弟には友人がいるのに、自分にはいない。その不満から、かつての“誰からも心配される立場”へ戻ろうとしているのだ。


 以来、妹は“病弱な伯爵令嬢”へと戻った。わずかな咳でも大騒ぎし、色白の肌と細い体を武器に同情を集める。


 一度は元気になった娘が再び倒れたことで、両親の過保護は以前にも増して強くなった。


 ステイシーが欲しいと言えば宝石も菓子もすぐに与えられ、気に入らない侍女は涙ひとつで解雇された。


 アルメリアが注意すれば「具合が悪いのにいじめられた」と泣き伏し、そのたびに両親は駆け寄り、アルメリアは叱責された。


「姉なら優しくしなさい!

ステイシーは重い病気なのよ!マナーなんてあなたがフォローすればいいじゃない」


「お前が冷たいからステイシーの体調が悪くなるのだ!」


 婚約の話も、妹が先だと言う。


「ステイシーは体が弱いのだから、良縁を早く探さねば」


 では私は、と問えば「お前は姉だから大丈夫だろう」で終わる。


 ――姉だから。


 それは呪いの言葉だった。


 両親は次第に弟にまで我慢を強い、ステイシーを際限なく甘やかし始めた。


 このままではいけない。


 ◇


「姉上、何か考えていますね」


 夜、弟がこっそりと部屋に入ってきた。


 幼いながらも、彼は姉妹の扱いの差と、その原因が妹の仮病にあることを察していた。

しかし、慕う姉の扱いに不満を両親に訴えたところで、幼い弟の話は聞き入れてはもらえなかった。


 アルメリアは本を閉じ、微笑む。


「ええ。でも喧嘩はしないから安心してちょうだい」


「父上と母上に逆らわない、と?」


「ええ。むしろ利用するの」


 弟はにこりと笑った


「何をするんです?姉上がこの家から解放されるのなら手伝いますよ」


「いいえ、大丈夫よ。ちゃんと“健康”にしてあげるだけよ」


 ◇


 ステイシーが再び倒れた日、アルメリアは父に進言した。


「お父様。今度こそ、王都で最も見識ある医師をお呼びになっては?」


 妹を案じる言葉に、両親は深く頷いた。


 数日後、招かれた老医師は厳しい眼差しで診察した。脈、瞳孔、喉、肺の音――いずれも異常はない。


「ふむ、、身体には目立った不調はございませんな」


 両親が安堵しかけた、そのとき。

アルメリアが発言した。姉として心配だという顔をして。

「ですが先生、妹は味や匂いが分からぬことがあると申しております。頭痛や腹痛も突然に」


 医師の眉が動いた。


 ステイシーは味や匂いがわからないなど言った覚えはなく、一瞬目を見開いたが、すぐに弱々しく頷く。


 ――誘導に乗ったのだ。


「近頃、似た症例の流行病が報告されております。進行すれば重篤化する可能性も」


「すぐに治療を!」

父と母は顔を驚きから真っ青にしている。

アルメリアを同じように驚いた顔を作った。


「まずは隔離を。接触を断つことが肝要です」


「か、隔離……?」


 その日のうちに、ステイシーを隔離するために北塔は閉鎖された。


 分厚い扉、限られた侍女、外出は禁止。菓子も香水も持ち込み不可。文通さえも禁じられた。


もちろんステイシーは拒んだ

「私は流行病なんじゃないわ!父様!母様!ここから出して!」


 しかし、両親は涙ながらに言う。

「あなたの命が最優先なのよ」


 それは彼女が望んだ愛情だった。


 だがそこに自由はなかった。


 ◇


「お姉様!もう平気です!もう治ったの!」


 隔離室の内側から叫ぶ声。


「流行病には波がございます。まだ経過を見るべきでしょう。

症状が治まったあとも、感染源が体に残っている可能性もありますから2ヶ月程度は隔離するべきでしょう。」


 医師は淡々と告げる。


「そんな、違うの·····私、病なんてないの」


「あら、無理をしては駄目よ。あなたは"重い病気"なのだから」


 そのアルメリアの声は優しかった。


 ◇


 2ヶ月後


「ごめんなさい! 嘘をついていました、、最初から体調なんて悪くなかったの」


監禁とも思える隔離環境、治療のため何度も血を取られ、苦く臭い薬を飲むことにステイシーは耐えられず、隔離から数日で"嘘だった"と、出して欲しいと訴えていた。


しかし、すべては、病から来る妄言だろうと却下され、ようやく隔離期間が終わり、すべてを白状することとなった。


 涙ながらの告白に、両親は愕然とした。


 父は激怒し、母は泣き崩れた。


 その日を境に、両親のステイシーへの過度な甘やかしはなくなった。

周囲には、アルメリアの提案で流行病は完治し、健康体となったと告げ、これまでのように同じ屋敷で過ごしている。


しばらくすれば、ステイシーの嫁ぎ先が見つかるだろう。

健康であることは、王都の有名な医者からのお墨付きなのだから。



 結局アルメリアは一度も妹を仮病だとは責めなかった。


「人は間違えるものでしょ」


 弟は小声で言う。


「姉上、これで良かったのですか?領地に押し込んでしまえば良かったのでは?」


「あら、いいのよ。私はあなたたちが大切なの。」


 それは本心だった。


 アルメリアは二人を愛している。わがままな妹も、不器用な弟も。


 ただ――姉である自分が、家を守る役目を果たしただけ。

あのまま、ステイシーの仮病が続けば嫁ぎ先が見つからなくなることも、それが弟にも悪影響となると分かっていたから、止めた。


それだけ。


 春風が庭を渡る。


 彼女の中には、呪いにも似た“姉としての義務”が静かに残り続けていた。


ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


元々、アルメリアと弟が一緒に組んで、ステイシーにざまぁする予定だったのですが、

書いてるうちに、アルメリアが闇を背負いました·····

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
お姉さん、早く嫁にいって偏った両親と姉の義務から離れた方が良いですよ。出来れば普通に良い人な義姉がいる家庭で、親や妹に歪まされた姉像も改めることが出来たら良いですね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ