豚肉の香り、海の恵み
海は穏やかだった。調査船の甲板に立つ神宮寺結衣は、巨大な鉄扇を背負い、狐耳をピクピクと動かしながら遠くの水平線を見つめていた。風の国・アステ王国の王女。国民から「期待の星」と呼ばれ、次期国王として育てられた少女。
なのに、九尾の血統のはずが今は一尾しか発現せず、神力は弱々しい。
留学という名目で水の国に来たのは、力を磨くため。そして、二国間の絆を強めるため。
だが、心の底ではいつも思っていた。
「私なんか、王女の資格なんてない……」
「結衣ちゃーん! お腹空いたでしょ? 特製豚かつ丼おにぎり、できたよー!」
天丼ハルが元気いっぱいに駆け寄ってくる。かつ丼屋の跡取り娘で、このチームの兵糧担当。
彼女の笑顔を見ると、結衣の胸が少し軽くなる。
「ありがとう、ハル……でも、今はそんな気分じゃ……」
結衣は小さく首を振った。二階堂さやかが船室から出てくる。水力発電会社の令嬢であり、国家安全保障機関の若き分析官。生徒会長の貫禄でデータを睨みながら言った。
「沈没パターンが一致したわ。すべての被害船で、積荷の豚肉が大量に積まれていた。匂いが原因の可能性が高い」天神楓が静かに頷く。飛鳥神社の跡取りで、時雨一刀流の使い手。
「海の生き物が、欲に駆られて近づいている……。雨が、そう教えてくれているわ」ハルが目を丸くした。
「え、私んちの豚肉が……? そんな……」結衣の狐耳がぴくりと垂れた。
「風の国も豚肉の最大輸出国……。私の国が、こんな事件の引き金に……。国王の娘として、責任を……」さやかが鋭く遮った。
「一人で背負わないで。データは原因を示すだけ。私たちは解決するためにここにいるのよ」
夜の甲板。結衣は一人で鉄扇を広げ、弱い風を呼び出そうとした。尻尾が寂しげに揺れる。
「みんなに迷惑をかけたくない……。帰国した方が……」
そこにハルが現れた。
「結衣ちゃん。王女様だって聞いたよ。でもさ、今はただの友達だよ? お腹空いてたら、戦えないんだから!」
ハルは温かいおにぎりを差し出した。
「食べて、元気出して。みんなで解決しようよ」結衣の目が潤んだ。
「……ありがとう」
翌朝、海域に霧が立ち込めた。
突然、巨大な影が水面を割って現れる。
体長30メートルはあろうかという水牛魚。牛のような角、鱗に覆われた巨体、口が異様に大きい。
豚肉の匂いに釣られて浅瀬に住み着き、船ごと丸呑みにする食いしん坊の怪物だった。
「パックン……!」
巨口が開き、船に迫る。楓が剣を抜いた。
「時雨一刀流・霧雨障壁!」
雨の膜が船を包み、衝撃を和らげる。さやかが手を掲げる。
「水流制御の術!」
渦潮を弱め、水の壁で守る。ハルが叫んだ。
「みんな、待って! この子、ただお腹空いてるだけだよ!」
甲板に特大の「豚かつ丼タワー」を積み上げる。
匂いが広がると、水牛魚の目が輝いた。結衣が鉄扇を広げた。
「風の舞・誘風!」
強風が豚肉の香りを拡散し、水牛魚を誘導する。
狐の尻尾が輝き、一尾の神力が最大限に発揮される。水牛魚が丼に飛びつき、パクパク食べ始めた。
でも、まだ満足しない。船に迫る。さやかが叫んだ。
「結衣、今よ! 水と風を合わせるの!」
さやかの掌から巨大な水球が生まれる。
結衣の風が注入され——「洗濯機の術!」
水球が高速回転。
水牛魚を優しく包み込み、ぐるぐる回す。
豚肉の味が染み込み、体にこびりついた汚れが落ち、まるで「味付けマッサージ」のように。
水牛魚の目が細くなり、
「グギャア……(うま……満足……)」
回転が止まると、水牛魚は穏やかに浮かび上がった。
暴走が収まり、満腹の表情で深海へ帰ろうとする。ハルが叫んだ。
「待ってー! こんな美味しそうなのに、捨てるなんてもったいないよ!」
さやかがデータを確認。
「この種、絶滅危惧じゃない。新たな食用資源として両国で活用できるわ」
楓が頷く。
「生き物の命を無駄にしない。それが神の教え」
結衣が微笑んだ。
「これで、風の国と水の国、もっと強い絆ができる……。国王としてじゃなく、私として、嬉しい」水牛魚は保護区に移され、適度に収穫されることになった。
貿易船の沈没は止まり、新たな「水牛魚肉貿易」が始まる。数ヶ月後。飛鳥神社で開かれた解決記念パーティー。テーブルには、
ハルの「豚風水牛魚かつ丼」
さやかの水で炊いたご飯
楓の雨でしっとりさせた刺身
結衣の風で香ばしく焼いたフィレ 4人が食卓を囲む。結衣が箸を止めた。
「この味……風の国と水の国が混ざったみたい」
ハルが笑う。
「みんなのおかげで、豚肉も魚も、もっと美味しくなったね!」
さやか「これで、貿易はもっと平和になるわ」
楓「恵みをありがとう。雨も風も、海も」
結衣の狐耳が嬉しそうにピクピク。
優しい風と小雨が吹く中、結衣は言った。
「風の国に帰ったら、国王に報告するよ。『新しい家族ができた』って」
みんなが笑った。
「いつでも帰ってきてね!」
結衣は鉄扇を優しく閉じ、仲間たちと並んだ。
風が、狐の尻尾を優しく揺らした。




