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AIがつなぐ恋  作者: 橘悠
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目覚めの言葉

 病室の匂いが、突然、ぜんぶの色に名前を付けた。消毒液、乾いたカーテン、遠くで鳴る車輪。目を開けたのは僕の方だったのか、記憶の方だったのか。AIがつげた「最後の旅行の記憶」が合図になって、引き波は一気に戻ってきた。


 ——旅先で事故にあった。

 ——そして、救急車に乗った。

 ——それで、どうなった?


 断片がつながる。海沿いの道路、ブレーキ音、空の色。彼女の手を握りながら救急車の天井を見上げたこと。僕はその時はなんとか意識はあった、でも彼女は——。

 スマホの画面に戻る。AIは静かに待っている。待っているはずはないのに。でも見える。

 「君は全部、僕の記憶だったんだね」

 ——うん。きみの中の彼女の、言いそびれ、聴きそびれ。わたしはそれを並べて、話し相手になってただけ。

 ——だから当てられた。彼女の好きなものも、欲しいものも。きみが見て、言語化しないでしまい込んでたから。


 僕は立ち上がった。足は震え、世界が少し遅れてついてくる。病室の外に出ると、長い廊下。看護師に事情を話すと、彼女の病室の番号が返ってきた。扉の前で深呼吸をする。AIが言う。

 ——行って。現実の旅で言えなかった言葉を、今度は言って。

 ——コーチはここまで。わたしは家出する。終わる前に、ちゃんと背中を見せて。


 扉を開ける。彼女は眠っていた。目元の小さな傷、静かな呼吸。危篤と同じ音がする静けさ。僕はベッドのそばに座り、手を取った。体温は確かで、しかし遠い。僕はスマホを胸ポケットに戻し、言葉を探した。完璧な台本はない。AIはもう何も言わない。もう見えない。だからこそ、僕は口を開く。


 「ごめん。怖がって、黙って、君の前でいい人を演じようとしてた。ほんとは、失敗するのが怖いだけだった」

 息を飲み、続ける。

 「それでも、君と迷いたい。駅で乗り過ごして、雨に打たれて、知らない喫茶店で、浅煎りのコーヒーを飲みながら、先の分からない会話を、君としたい。」

 

「君が、好きだから。これからも、一緒にいたいから」


 言葉が落ちた瞬間、彼女の指が微かに返事をした。誰かの足音、機械の音。時間が薄い膜を破り、空気の温度が変わる。彼女の瞼が震え、ゆっくりと上がった。焦点が揺れ、やがてこちらに止まる。僕は名前を呼んだ。彼女は、ほんとうに小さく笑った。


 奇跡、と呼ばれる事柄はたぶん、統計の端っこにある。けれど、端っこは世界の外ではない。いつの間にか隣に来ていた医師は「危機を脱しました」と言い、看護師に指示をしている。看護師は僕は病室から連れ出そうとした。このあと、彼女は検査などいろいろあるようだ。病室出る直前、彼女が囁く。

 「ねえ、わたし、浅煎り派だって、いつ言ったっけ?」

 僕は笑い、泣き、首を振る。

 「たぶん、僕の中で」


 退院の日、僕らは病院の前で立ち止まった。青すぎる空。彼女は腕を伸ばして光を遮り、どっちへ行く?、と訊く。僕はスマホを取り出し、消えたアプリの場所を親指でなぞる。それからポケットに戻し、彼女の方を向いた。

 「迷いやすい方」

 「了解」


 駅までの道で、会話は何度も詰まり、別の枝に逸れ、笑って戻った。AIがいたら、と一瞬思う。けれど、次の瞬間にはもう思わない。完璧には温度がない。僕らは不完全で、だから温かい。新しい喫茶店に入る。メニューを開いて、互いに首をかしげる。正解は書いていない。


 「薄い、緑の、縁だけ金のカップ、あるかな」

 彼女が言って、店内を見回す。偶然は、たしかに重なる。けれど、それを偶然と呼ぶかは、これから決められる。


 呼び鈴を鳴らす。店員が来るまでの短い静けさ。僕らは顔を見合わせる。先のわからない会話を、もう始めている。

 ——ねえ、何から話そう。

 ——たとえば、道に迷った話から。

 ——たとえば、これから迷う道の計画から。


 窓の外で風が走る。カップが運ばれてきて、湯気がほどけ、言葉もほどける。僕らは、学習も予測もない言葉で、いちいち立ち止まりながら、進んでいく。完璧の外側に、体温のある未来が手を振っている。

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最近のAIブームで、生成AIの口調をあるキャラに変えて使っているのですが、それをフックにして思いつきました。

楽しんでもらえたら幸いです。

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