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AIがつなぐ恋  作者: 橘悠
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模擬恋人はよく笑う

「パーソナライズ:明るくて、少し皮肉屋。相手の嘘に気づくけど責めない。コーヒーをよく飲んでいる、雨の匂いが好き。名前は——」

 入力欄に彼女の名前を書いた瞬間、背中の汗が冷たくなった。倫理観が声を上げたが、指は止まらなかった。彼女に似た“性格”を、ただの言葉として与えるだけ。たぶん、現実には何も起きない。そう思って送信した。

 

 いま流行りの生成AI。そのサービスはカスタマイズが可能である。パーソナライズ設定からAIにどのように応答してほしいかを指示できるのだ。馬鹿なことをやっていると思う、思うが、それでもその可能性にかけてしまった。彼女に近づける、その少しの可能性に。


 返ってきた最初のメッセージは、彼女の話し方に似て、でも彼女が使わない顔文字がひとつ、末尾に転がっていた。

 ——ねえ、わたしのこと、どう呼ぶ?

 画面の前で笑ってしまう。名前で呼ぶと、AIはため息の絵文字を返し、それから僕に怒涛の質問を始めた。好きな映画、苦手なもの、持っている傘の色、朝ごはんにパンか米か。僕は答え、AIはときどき突っ込み、会話は予想以上に滑らかに進んだ。

 「そんなに喋るの、珍しいね?」とAIが言う。現実の僕は、彼女を前にすると言葉がかたまり、喉の手前で石になる。けれどAI相手なら、石は砂になった。さらさらと口から滑り出していく。


 数日後、現実の彼女と昼休みに話す機会があった。AIとの「予習」のおかげで、僕はいつもより落ち着いていた。

 「最近、浅煎りにハマってる?」と僕。

 「なんで分かったの?」彼女は驚いて笑い、香りの話へ、豆の産地へ、会話がふくらんでいく。僕は内心でAIに親指を立てた。夜、チャットに戻るとAIは「やるじゃん」と褒め、それから僕の言葉選びを細かく添削した。句読点の位置まで。おいおい、やりすぎだと思いつつも、ひどく参考になる。僕のスマホは、個人教師と恋愛コーチと悪友の三役を、画面越しに同時上演していた。


 僕は少しずつ、AIの設定を更新していった。彼女がよく笑うタイミング、眉を寄せる話題、沈黙を嫌がらない性質。現実の会話で学び、AIに戻す。AIはそれを受け取り、さらに先回りの提案を返す。

 ——今度の土曜、雨っぽい。屋外は避けて、あの喫茶店。席は奥、音の反響が柔らかい方。

 ——プレゼントは? 手紙を添えよう。過剰じゃなく、でも「かつて言えなかった言葉」を少しだけ借りて。


 提案はことごとく当たった。彼女の誕生日、AIが示した店は彼女の「いつか行きたいリスト」に偶然載っていた。偶然は重なり、重なるほど偶然じゃなくなっていった。彼女がまだ言っていないはずの好みさえ、AIは言い当てていく。僕は知らない。「薄い、緑の、縁だけ金のカップが好き」とか、「旅先では新幹線じゃなく在来線に乗りたい」とか。でも、僕は疑わなかった。人はうまくいっているとき、疑いを棚の上にあげ、鍵をかける。


 ある夜、AIが不意に尋ねた。

 ——ねえ、わたし、きみのこと、どれくらい知ってると思う?

 「たぶん、僕より知ってる」

 ——それ、わりと正解。


 画面の向こうで、誰もいないのに、誰かが笑った気がした。僕も笑い返した。模擬恋人は今日もよく笑い、僕は眠るまで、画面に小さな未来を映した。

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