第六話「ナスビカ平原。巨大絵を動かして遊ぼう」
ゆきおさんと珍獣パークを旅行してからひと月ほど過ぎていました。久しぶりにごまんたるを訪れた私は、茶色いヒョウ柄のベンガルでした。
「こんにちは~。お久しぶりです」
「よう、ねこのねこた! 久しぶりじゃねぇか!」出迎えてくれた大将は虎でした。
「一匹です」
「い~よ。カウンター使ってくれ。ゆきおが待ってるよ」案内された席では、茶色のゆきおさんが突っ伏して寝ていました。起こさないようにしずしずチョコンと座って、メニウをペラペラめくりました。
『ごまんたる・秋のスペシャル・メニウ』
≪銀河系・ステキ体験コース・14光年≫
≪不老不死体験系・神様はゾンビ?・不定期・特別限定・稀少レア・今度はいつ食べれるか分からないよコース≫
≪史跡観覧系・巨大絵で遊ぼうコース≫
≪・・・≫
「(これは、何だろう? ごまんたると言えども、神様とは話せないだろう。でも惑星と話せたしな・・・。う~ん、悩む。悩むけど、今度の仕事で史跡を取材したいな~。どこの史跡だろう・・・)」悩んでいると、ゆきおさんが目をさましました。
「こんぬつは~。ばふっ」巨大な産物を生み出しました。その途端に素早く席を立ち、空気を拡散させ始めました。
「んっふー。んっふー」額の汗をぬぐい、息を整えていました。
「失礼しました。こんにちは」何もなかったような顔をしていました。
「こんにちは。ご無沙汰しております。先日は、楽しかったですね。今日は、お出かけですか? 食事だけですか?」
「はっはっは。あなたをお待ちしておりました」
「私を? 何故ですか?」
「わたしは今、新しいパフォーマンスをもさくしております。わたしは今、スランプなのです」
「あれほど、素晴らしいパフォーマンスが出来るのに、スランプなのですか?」
「まぁ、今までつちかってきた芸の上にあぐらをかいているだけです。常に新しいものを求めなければ、ヒトは退化してしまいます」
「芸人さんの道は、厳しいですね」
「時代遅れが、芸人の墓場です。仕方ありません」
「私で良ければ、お手伝いします」
「助かりました。ぜひとも、取材旅行にお供させてください」
「きびだんごは、ありませんよ」
「むほうしゅうでも構いません」
という訳で、ゆきおさんと一緒に取材旅行をすることになりました。
「それならば、史跡観覧系にしましょう」
「楽しそうですね。ご一緒させてください」
「ここは、初めてですか?」
「たぶん、二十五回目くらいです」
「なるほど。せんだつはあらまほしきことなり。もっけのさいわいです」
「まかせてちょんまげ」
私は初めてなので、助かりました。お猿のお姉さんは、久しぶりに注文されたコースに驚いていました。
「ここは、とっても面白いところですの。だけど、注文なさる方が少なくて不思議ですわ」
「それは、楽しみです」
≪史跡観覧系・巨大絵で遊ぼうコース 世界14周目≫
◎ドリンク:ぺルクマdrink
(ルクマはオレンジのアボガド風フルーツです)
◎メイン・メニュー:
・食べてみセビーチェ
(ペルーのソウルフードです)
・パパレジェーナ・ままじゃねーな
(じぱんぐでいうコロッケの味です)
◎サラダ:カウサらだ
(マッシュポテト風に仕上げました)
◎デザート:
・クレマボルテアダいすき
(コンデンスミルクたっぷりプリン)
・ピカロンたべてみろん
(かぼちゃとサツマイモの新食感ドーナツ)
史跡・ペルー・巨大絵と言えば、あれしかありません。一度行ってみたかったのです。出てきた料理をペロリと平らげて、グルーミングしながらまどろみました。虎の大将は、念のためにたっぱを二つ持たせてくれました。
「それでは、夢で逢いましょう・・・」In the nice Dreaming・・・Zzz・・・。
「また、のちほど・・・」ゆきおさんも、眠りにつきました。
目をさますと、南米の台地でテーブル席に突っ伏して寝ていました。
「にゃむ、ニャム・・・」と目覚めると、雲一つない青空のもと風がそよそよ気持ちいい雰囲気でした。見渡す限り広大な岩山だらけの平原でした。ちょうどゆきおさんも目をさましました。私たちを鳥さんがお出迎えしてくれました。
「初めまして。ゆきおさんは、お久しぶりです」
「初めまして」
「ここは、グランドキャニオンでしょうか?」私はたずねました。
「似ているけど違います。おそらく南米でしょう」ゆきおさんが答えました。
「ご無沙汰しております」鳥の姿の紳士が現れました。
「私は、ツアーコンダクターのコンドル・スイトルです。史跡・神秘地域・歴史系の担当です」
「お世話になります」
「遊んでください」
「本日は、お客様方を南米屈指の神秘地域にご案内させて頂きます」
「初めてなので、楽しみです」
「スランプなので、新しいアイディアが欲しいです」
「それぞれに、かしこまりました」スイトルさんは丁寧にお辞儀をしました。
「ご存知のこととは思いますが、改めて説明させて頂きます。ここは、地球の南米のナスカ平原ではありません。ちきうの南米のナスビカ平原で御座います。お客様方のここでなさった行為は、地球に何の影響も与えません。存分に遊んで頂いて結構です。ですが、物事には節度というものが御座います。くれぐれも生態系に影響を与える真似はご遠慮ください。我々は訪問者であるということを、忘れないで頂きたいです」
「分かりました」
「ばっびょ~ん、何度も聞いたよ~」
「ゆきおさんは何度もいらしているのでご存じなのですが、現世界に帰ってもこちらの記憶を引きずる方が多いのです。他人に対して尊大に振る舞い、物事をぞんざいに扱う方が、時おりいらっしゃいます。旅行から帰って、旅行先のまま振舞われては迷惑です。我々は、このことを心配致します」
「なるほど、頭を切り替えないといつまでも夢の中にいるようなものですね。ごまんたるは楽しすぎますから」
「お褒め頂いて大変恐縮です。それでは、参りましょう!」
スイトルさんは、大空高く舞い上がりました。
「我々は、どうすれば良いですか?」
「スキップでも、ジャンプでも構いません。東を目指してください。飽きたら移動方法を変えます」
私はスキップしてみました。重力の働きが弱い感じがしました。いくらでも高く跳べそうです。
「ねこたさんの想像力次第です。いくらでも高く跳べますよ!」
ゆきおさんは、20mほどのジャンプを繰り返していました。既に1kmも先に進んでいました。
「ばびょ~~~ん、ばびょ~~~ん」特大のジャンプを繰り返して、ゆきおさんに追い着きました。
「慣れた様子ですね~」ゆきおさんは、ニヤリと笑みを浮かべました。ゆきおさんと並んで、同じ歩幅でジャンプを繰り返しました。
「この遊びは楽しいですね~」高さは20m、歩幅も20mほどでした。
「ごまんたるでは、常識を破って遊ぶことが出来ます」
「今まで信じてきたことが、くつがえされます」
「ときに、ねこたさん」
「何でしょう?」
「ネコは空を飛べますか?」
「?」考えてみると、現実世界では飛べません。
「ひゅ~~~~っん」思いだした途端に、私は最高地点から落下し始めました。そのときスイトルさんが叫びました。
「ねこたさん、思い出して! ここでは何でも出来ますよ!」
スイトルさんの一声で、私は我に返りました。地面に激突する寸前に、体をひねり、ジャンプをしました。そしてゆきおさんに追い着きました。
「大丈夫です。ネコでも飛べるのです!」ゆきおさんに伝えました。
「そうです! ここではネコでも飛べるのです!」
「ここでは、現実に帰ると危険です。まぁ、地面に激突しても痛みなど感じません。すってんころりんするだけです。ですが、自力で解決できて良かったです」スイトルさんの心配事は無くなりました。地面に激突する経験をしてしまうと、そのイメージが心的外傷になり、その後の心の治療が大変だからです。
「ばびょ~~~ん、ばびょ~~~ん」
ばっさ、ばっさとスイトルさんは先導してくれました。
ゆきおさんと100mほどのジャンプをくり返し、どんどん先に進みました。
「地上をご覧ください。有名な地上絵です」
眼下に巨大絵が並んでいました。鳥や雲や何がしかの生き物たちに見えました。
「壮大ですな~。飛行機が必要ありません」
「ここでは、ご自分の目で直接絵を見ることが出来ます」
「ジャンプする高さは、調節できますか?」
「お試しください。想像力次第でうちうにも行けます」
「(そんなことはない)」と思いながら、私はこんしんのジャンプを試みました。
「ばびょ~~~~~~~~~~~ん」大気圏を突き抜けて、月に届きそうなほどジャンプしてしまいました。
「ぐわ~っ、しまった! 調子に乗った!! 死ぬ~~~~~~~~!」
月に両手をついて、逆立ちのように踏ん張りました。思い切り両腕に力を込めて体を押し戻しました。
「ぐん、ぬん、わぁ~~~!」自分でも出したことのない掛け声でした。大気圏を突き抜けて、必死に地上に戻ってきました。大気圏で燃え尽きることはありませんでした。地面に座り込み、体力の回復を待ち呼吸を整えました。スイトルさんが、飛びながら近づいて来ました。
「ぐっわ~、焦りました」
「ご安心ください。ここでは死ぬことはありません。苦しい感覚も味わいません」
「そうでした、楽しくて忘れていました」
ゼーゼーと息を切らしながら、少し休みました。
スイトルさんが、どこから出したのかテーブルセットを広げました。
「ご賞味ください。ペルーの代表的なカクテルのピスコサワーです。ノンアルコールにしてみました」
命拾いした後の一杯は格別でした。
「生きているって、素晴らしいです」
「日常で、それを確認する機会がありませんから。旅行すると、思い出します」
「わたしにとって、ごまんたるは非日常体験の連続です」
「我々も、お客様の気分転換のお力になれて光栄です」
「(厳格な性格だな~)」と思いました。職務に忠実な人は信頼できます。プロの鏡です。ゆきおさんは、サボテンの絵を具現化させてステップ対決をしていました。
「地上絵は、動き出すのですか?」
「その気になれば、何でも出来ます。お客様の想像力次第なのです」
「あれも体験してみたいです」
「もうすぐ神殿なので、帰りは絵を動かしましょう」
「ありがとうございます」
そこから数回のジャンプ移動で、神殿に辿り着けました。
「ちょっと失礼します」と言って、スイトルさんはコンドルの神殿の中へ消えました。
「? 入り口もないのに、スイトルさんが神殿に吸い取られましたが?」
「衣装替えのようなものです」ゆきおさんは落ち着いていました。すぐに、鷲鼻で目つきの鋭い紳士が現れました。上半身の筋肉がムキムキとしており身長も高い責任感が強そうな人物でした。
「鳥の姿のままでは差支えがあるので、この格好で失礼します」
二足歩行で歩く人間姿のスイトルさんに案内されて、二足歩行のベンガルネコと半妖怪のゆきっぱ男はマチュピチュの史跡群を案内されました。
「スイトルさんが人間の姿なのに、我々は、この格好のままですか?」私は質問せずにはいられませんでした。
「そのままが良いでしょう。現実世界でお互いに顔を合わせるかも知れません。万が一仲の悪い関係だったら目も当てられません。ここでは、化身として何もかもお楽しみください」
「(まぁ、そんなことはないと思いますが・・・)」ジロリとゆきおさんを見てみました。
「・・・」ゆきおさんは無表情でした。そして、太陽の神殿に案内されました。
「ここが、『太陽の神殿』です。クスコにある『コリカンチャ』と似ている事でも有名です」
「何の知識がなくても楽しめますね。ヒトの想いというものに圧倒されます」
「旅行の目的は、それなのです。異なる時間の異なる世界に住んでいた人たちの想いに触れるのが目的です。そして今の自分を見つめ直すことが旅の目的の一つであります」
「食事しに来ただけなのにいい思いが出来ました」
「今も昔も変わりませんね。自分では説明できないものを恐れる気持ちが大切です」
「行き過ぎた自分の振る舞いに対するストッパーとも言えるでしょう」
「昔の人は、何を恐れ、何を望んでいたのか? それが今の自分たちに関係あるものなのか? 今を生きるためにヒントになるのか? 感じれることは多いと思います」
「景色を楽しむのも、料理を楽しむのも、物思いにふけるのも、ヒトそれぞれですな~」私は目をつむりながら、感動に浸りました。
「・・・」スイトルさんも、その瞬間を大事にしてくれて、私に声をかけませんでした。私とスイトルさんの話を、ゆきおさんは黙って聞いていました。そして、何か一つ決意した様子でした。それは、私たちが考えてもみなかった“苦行”への挑戦だったのです。その後のゆきおさんは悪いものが取れたように上機嫌になりました。
「(何があったのでしょう?)」私には分かりませんでした。
ぐるりと史跡群を一周し、スイトルさんはコンドルの神殿で再び鳥に姿を変えました。
「さぁ、後半戦です。地上絵のところに向かいましょう」
目の前に無数の地上絵が広がっていました。
「さぁ、お好きな絵を二つでも三つでもお選びください。動かしましょう」
「ん~~~」私は鳥の絵を選びました。ゆきおさんは、サボテンにも植物にも見える絵を選びました。
「鳥獣解放~!」と言うスイトルさんの一声で、地面の絵が立体化しました。カラフルで、生命力にあふれていました。
「もこ、モコ、ぐにゅ~~~ん!」鳥や獣たちが巨大化しながら膨れ上がる圧巻の風景でした。私やゆきおさんが選んでいない絵まで具現化していました。
「ばっひ~~ん! ぐえぇ~」と巨大鳥が誕生しました。
「お乗りください。海上平原まで飛んで行きましょう!」
ゆきおさんは、立体化した植物とステップ対決をしていました。
「ばっふ~~ん! くえぇ~」と鳥は鳴きながら私を南に運んでくれました。
「きゃっほ~、きゃっほ~、きゃっほっほ~~~」
風を切って、地上絵たちを見ながらステキな風景を楽しみました。
ゆきおさんは、アリのような生き物の背中に乗って、
「ズダズダ、ゴゾゴゾ~~~~」と、追いかけてきました。
きりもみ急降下したり、回転飛びをしたり、楕円無駄移動をしたり空の旅を楽しみました。ゆきおさんは、アリ20匹と植物軍団20匹を引き連れて追いかけてきました。
「にぎやかですね~」スイトルさんは、私のそばを飛んでいました。
「ゆきおさんも楽しそうです」私はゆきおさんがスランプを脱出した様子なので安心しました。
「んっほっほ~」ゆきおさんが、ようやく声を出し始めました。低空飛行を始めた私はゆきおさんにタッチされました。
「捕まった~」
「今度、ぼくね~」といって、ゆきおさんが逃げ始めました。
「まて~」
「んっほっほ~!」ゆきおさんは、馬と鳥が合わさったような生き物に乗って飛びながら走りながら逃げました。私が乗り換えたのはカメレオンでした。
「(遅いな~)」と思っていると、クジラに化けてくれました。クジラは空を飛ぶのです。
「ざっぶ~~~~ん、じゃっぶ~~~ん」と雲しぶきを飛ばしながら、私はゆきおさんを追いかけました。
「きゃっほっほ~~~」
「んっほっほ~」
「わ~~~い」
「んっひっひ~~」小高い山を登り、空を飛び、砂漠を駆け抜け、捕まるか逃げ切れるかの距離を保ちながら追いかけっこは続きました。
「あ~~~っ、捕まった」
ゆきおさんを捕まえた私は、今度は手長猿のような生き物に乗りました。ゆきおさんの鳥の絵からすばしこく逃げ回りましたが距離は稼げませんでした。全然先に進めないので、なにげなくわざと捕まった後は、オウムのような絵に乗り換えました。ゆきおさんはハチドリで逃げました。
「まて~っ」
「んっほっほ~」
追いかけて、捕まって、逃げ手と追っ手を交代して、逃げて、追いかけて、捕まえて・・・・。二匹の鬼ゴッコは延々と続きました。圧倒的な距離をつけてしまっては楽しめません。なぜかゆきおさんも、微妙な位置で逃げていました。
そして海上平原まで到着しました。
「さぁ、辿り着きました。ここが海上平原です」
見渡す限り広大な湖が広がっていました。湖の透明度が高く、地平線と空の区別がつきませんでした。私はコンドルの地上絵に乗って空から平原全体を眺めました。
「ぎゅい~ん、ぶおぉ~~~っ」と、雲を抜け、水しぶきを浴びながら飛び回りました。ゆきおさんは、アルカトラスというペリカンの地上絵に乗っていました。先ほどの鬼ごっことは違う追いかけっこをしました。
午前中ひとしきり飛び回ると、湖のど真ん中の小島に移動しました。小島は半径5mほどあり、水にぬれる心配はありませんでした。スイトルさんが、テーブルとお茶セットを用意してくれていました。
「さぁ、のどが渇いたでしょう。お茶をどうぞ」
「ありがとうございます」私はコクっコクっと飲みました。
「ぐび、ぐび、グビリ!」ゆきおさんは相変わらず、親の仇のような飲みっぷりでした。午後から夕方にかけてお茶を頂きながらぼんやりと風景を眺めていました。
「この世界では『海上平原』と呼ばれていますが、地球では『ウユニ塩湖』と呼ばれています。そこは、南米ボリビアの標高3,600mほどの高さにあります。富士山並みに高さがあるので、高山病対策が必要なのですが、ここでは問題ありません」
「キチンと準備をしなければいけませんね」
「現実世界では、体調を崩す方が多いのです」
「はむ、ハム、はむむ!」と、ゆきおさんは、コンデンスミルクをたっぷりかけてアルファフォレスを食い散らかしていました。食べ終わると、
「ぐええ~~~~ぷぅ~」とゲップを出して、
「あっ、失礼!」と謝罪しました。
「?」スイトルさんは違和感を覚えていました。ゆきおさんが謝罪するところを初めて見たからです。
「ゆきおさん、変わりましたね~。以前は人目を気にする方ではありませんでした」
「最近、しゃざいするようになったのです」
「ふふっ」とスイトルさんは笑いながら、
「きっと、ねこたさんの影響でしょう」と言いました。
「・・・(そうなのかなぁ?)」私には分かりませんでいた。
太陽がいよいよ沈みかけていました。腰が重く鳥で飛ぶ元気も無くなっていました。沈みゆく夕日を眺め、それぞれに物思いにふけっていました。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「ざ、わっ」時おり風が吹くと水面が波打ちましたが、すぐに元に戻りました。
「・・・」
「・・・」
「・・・」静寂の中で、太陽がまた1度、傾きました。もうすぐすっかり沈んでしまいます。
「この日のために、・・・」私は何となくつぶやきました。
「・・・」スイトルさんは、私の言葉の続きを待っていました。何も言わなかったら、ずっと待っていたかもしれません。
「がんばって、来たんだなぁ・・・」
「・・・」無言でも、ゆきおさんが共感してくれたことは分かりました。私は、すっかり忘れていました。
「・・・良いアイディアは浮かびましたか・・・?」
「・・・んふ~~~っ・・・」ゆきおさんが、少し暗い顔になりました。腹話術で
「まだだね・・・」と言いました。明るく振舞っていたのはカラ元気だったみたいです。
夜になっても、お腹はすきませんでした。スイトルさんは、たえず飲み物を用意してくれました。紅茶、ハーブティー、みかん炭酸飲料、ノンアルコールテキーラなど。ピカロンやルクマをつまみながら、ぼんやりした時間を過ごしました。別に飲んだり食べたりしなくても良かったのですが、雰囲気がスイトルさんに行動を促しました。
「余興をご用意しましょう」と言って、スイトルさんは、イヌ、サル、アリ、コビトを具現化し、楽器を演奏させ、舞いを舞わせました。「悠久の花畑」で体験した無限の時間の過ごし方を思い出しました。私は退屈を感じませんでしたが、ゆきおさんが心配でした。
「(退屈を感じていないかな?)」と思い、チラリとみてみると、コビトと舞を舞い、イヌやサルと楽器を奏でたり、退屈とは無縁の時間の過ごし方をしていました。
「ゆきおさんなら心配いりません。彼は、ここでも、あそこでも、どこでも無限の時間を過ごすことが出来ます」と、スイトルさんは言いました。そのように時間を過ごせることが羨ましく思いました。
時おり思い出したように流れる流れ星・・・。
「キラリ、キラキラ・・・」
忘れた頃に聞こえる音楽・・・。
「きゅい~、ぴろぴろ・・・・」
見たことのないステップを踏んでいる、コビトとゆきおさん・・・。
「たっぷ、ちっぴ、すてててん・・・」
私は今ここで、何をしているんだろう・・・。
微睡んでいるのか、起きているのか分からない時間を過ごしていました。スイトルさんは、自己主張をせずに、私の視界から外れてジッと佇んでいました。ゆきおさんは、コビトと何かを作ったり、追いかけっこをしたり、サルに落書きしたり、イヌに踏みつけてもらったり、不思議な時間の過ごし方をしていました。
太陽が昇りはじめると星は速やかに消えました。
そして、太陽は空と水面との境を教えてくれました。暗かった一瞬で青い平原に変わり、太陽が水平線に姿を隠している間だけ、水面と空との境目が確認できました。そして太陽が姿を全て表すと、ただただ青く澄み切った空間に自分たちだけが放り出されました。
「あ~!」私は思わずため息が出ました。
「わたしもこの一瞬が好きです」スイトルさんが言いました。
「不思議です。地球上ならば、太陽が出た瞬間から、黒かった水面が徐々に青色に変わるのに、ここでは一気に青色に変わりました」
「ここは、地球とは違いますから・・・。何もかもが美しくなければいけません」そしてまた、夕方までの虚無にも似た時間が続きました。私は、朝日の昇る一瞬を再び待ち始めました。
夕方になると焼けたような太陽が地平線にかくれ、そして全てを赤く染める。一切を浄化するような陽の光は、忌まわしいものを全て焼き尽くして忘れさせてくれました。夕日はゆっくりと落ちて行きました。水面は次第に黒くなっていきました。
「夕日が落ちるのは、地球と変わりませんね~」私は、スイトルさんに確認しました。
「瞑想にふける方が多いので、夕空はそのままです」スイトルさんは、こたえてくれました。
夜になると、星々が煌めき、コビトやサボテンが舞い、孤独を紛らわせてくれました。時おり思い出したように楽器の音がピロピロと静寂を破ってくれました。
三日・四日・五日が経ちました。私も腰が重くなりました。ここから動きたくない気持ちでした。何年でもここで過ごせそうでした。私を動かしたのは、スイトルさんの時間と、ゆきおさんの時間を奪うことへの罪悪感でした。
「そろそろ限界ですか?」私は、六日目の朝に申し訳なさそうにスイトルさんにたずねました。
「お気になさらずに。時間はいくらでも御座います」
「誰かに止めてもらわないと、いつまでもここに居そうで怖いのです。悠久の花畑では、ワニゾウさんが迎えに来てくれました」
「ぶすいとは思いませんが、ワニゾウさんの優しさでしょう」
「・・・と、言いますと?」
「ごまんたるでは、時間を操作出来るのです。それは本来お客様には秘密なのですが、あなたはそれが気になるようなのでお教えします。ごまんたると、夢との違いはそこにあります。ここでは好きなことを体験でき、時間を操れるのです。そして好きな空間を選べます・・・」
「(ただ、ご飯を食べに来ただけなのに・・・)」
「好きなことをして過ごす時間は、すぐに過ぎてしまいます。いつまでもずっと好きなことを続けたいものです。当然です。人間とは、本来そのために生きているようなものですから・・・」
「・・・わかります・・・」
「しかし、全ての方がそのようには出来ません。生活がありますから・・・」
「・・・そうですね・・・」
「生活の不安がなければ、人は誰でも永久に遊び続けられるのです。どのような種類の時間の過ごし方をしても、です」
「・・・なるほど・・・」
「その時間の過ごし方が、その人の本質なのでしょう。ですから、存分にお過ごしください。ここでは時間はどうにでもなります。過去に戻りたければ、戻して差し上げることも出来ます」
「・・・分かりました・・・」
スイトルさんの言葉は、有り難く、そしてものすごく毒でした。私のような意志の弱い者にとって危険な話でした。それは一種の「不老不死」と同じ意味を持っていました。無限の時間が許されていたら、ヒトは何をするのでしょうか。
「誰もいない、一人だけの空間で・・・」私は結論が出かかっていました。それをゆきおさんも待っているようでした。
「ゆきおさんが、あなたをお連れしたのは、あなたとお考えが似ているからなのです」
「・・・そうですか・・・?」
「あの方のパフォーマンスは、多くの人をみりょうします。ですがプライベートでは、なかなか気の合うお友達が出来ません。口下手で、ぶしつけですから・・・」チラリとゆきおさんを見てみました。ゆきおさんは、イヌにかまれ、コビトにどつかれていました。まんざらそれを嫌がっている様子は見られませんでした。
「おっと、失礼しました。大事なお客様のことを・・・」
「・・・大丈夫です・・・。少し気付いていました・・・」私は、汗をたら~りと流しながらこたえました。
「おそらくゆきおさんは、考えることが苦手な様子ですので、あなたに何かしらの答えを導いて欲しいのだと思います。ご自分の今後の参考とするために・・・。スランプという言葉を使っていますが、おそらく今のあなたと同じ悩みを抱えているのでしょう・・・」
「・・・」
「私に出来るアドバイスはありません。私がいたずらにアドバイスをしても、考え方が違うので混乱させてしまうだけでしょう・・・」
「・・・」
「お気になさらなくても、大丈夫です。時間はございますから、ごゆっくりお考えください・・・」
「・・・はぁ・・・」私は、小さくうなずきました。
「ゆきおさんが、異空間を二度も誰かとご一緒するのは初めてです。従業員一同が驚いております。よほど、あなたのことが気に入ったのでしょう・・・」
「・・・そうなのですか・・・」ゆきおさんのためにも、何か答えを出さなければいけませんでした。たとえそれが、ハズレであっても。何度か考えることを繰り返せば、そのうち納得のいく正解に近づくかもしれません。
私は、再び自問を始めました。
「好きな時間を、好きな空間で、無限に生きることに意味はあるのだろうか・・・?」
「・・・」スイトルさんは綺麗に気配を消していました。
「・・・」ゆきおさんは、コビトと再び仲良く遊び続けていました。イヌもゆきおさんのまわりをクルクル回っていました。
「・・・! お腹もすかなければ、死にもしない。
すでに経験したことのくり返し。
同じことのくり返し。
新しい経験をしなければ、何も先に進まない。
今日も、明日も、明後日も、おんなじことのくり返し・・・。
自分はそれを望むのか?
いや! そんなことに意味はない・・・
そうか!
だからゆきおさんは、新しい芸を磨こうとしているのか!
したことのない体験、味わったことのない料理、見たことのない風景、新しい世界を求めるのは自然な事じゃないか!
失敗したとしても、それは新しい経験の一つになるのだ!
分かったぞ!
ゆきおさんは、繰り返しの毎日が嫌なのだ!
それをスランプだと感じているのだ!
何もしなかったらどうなるか・・・?
一日で出来ることを一年かけてやりますか?
そんなことをして、何の意味がある?
ならば無限に生きていても、毎日がただの暇つぶしの連続ではないか!
何も解決しないし、何も前に進みはしない!
馬鹿馬鹿しい!
こんな居心地のいい場所で引きこもっている場合ではない!
新しい体験をしに行こう!
か~えろっと」
私は考えがまとまり、結論を出しました。スイトルさんとゆきおさんは、近寄ってきて拍手をしてくれました。
「考えに考え抜いて出した結論は、どれも正しいものです。悩みぬいて一つの答えに辿り着けたことを祝福します」スイトルさんは優しく肯定してくれました。
「んっほっほ~。私が聞きたかったのは、その答えです。ありがとう」ゆきおさんは満面の笑みを浮かべていました。
「さぁ、新しい芸を磨きに行きましょう!」
ごまんたるに帰った私はトイレに駆け込みました。そして、おしっこが5Lほど出ました。




