第十話「こんにちは! じぶん。またね~! じぶん」
なんとも不思議な世界でした。周りの景色には見覚えがありました。私の過去の少年時代に降り立っていました。ふと気が付くと、上の層と下の層が両方同時に確認できました。私たちは、上下に広がった合わせ鏡の世界の真ん中にいました。階層は上下に距離が遠ざかるほど薄ぼんやりと見えなくなっていきました。この一つ一つに世界が同時に存在しているのです。
「!」私は、初めて見る光景に驚愕しました。
「そうです、ねこたさん。100mずつ違う階層になっているのです。好奇心が強く、霊感が強い人だけがこの層の一つを発見出来るのです。幸運にも発見出来たからと言って、誰もがここに来ることが出来るとは限りません。これが『タベロニア空中庭園』なのです!」
「平行世界と言ってもいいかも知れませんが、ここでは過去も未来も選択して行き来出来るところが異なります」
「・・・」私は、興奮がおさまりませんでした。心臓がドキドキして、呼吸が荒くなり、空想が空想を生み、好奇心がコチョコチョとくすぐられる思いでした、
「(全てを見てみたい!)」私の興味を押さえつけることは容易ではありませんでした。リウさんは、目を細めて私を見ていました。少し時間を取って、考えをまとめてからリウさんに話しかけました。
「リウさん! 行ってみたいところがあるのですが?」
「えぇ、お連れしましょう!」二つ返事で許可してくれました。
「あれ? ここは、私が通っていた中学校です」
「そうです。これから、ねこたさんの疑問を幾つか解決したいと思います。出てくる人物は、全て『ごまんたる』での化身になります」
「なぜ、皆さん変身しているのですか?」
「私たちが現実社会でかかわる人々は、自分の人生に影響を与えない存在の方が多いのです。髪形や体形以外は区別がつかない人も多いです」
「そんなものでしょうか?」
「もちろん、全員が自分の人生に影響を与える方もいるでしょう。ここでは、主要人物以外は、群衆として扱わせて頂きます」
「分かりました」
「また、私たちが、彼らに気付かれることはありません。霊感の強い方には気付かれるかもしれません」
「心得ました」私たちは、とととと私の教室に移動しました。
ねこた少年には、二つ年上の兄がいました。兄の名は猫田偉翔。中学校の生徒会長で、野球部のキャプテンで、テニス部と陸上部の副キャプテンを兼務していました。兄に近づいてくる女子生徒は多く、何かとねこた少年の面倒を見てくれました。
「銀杏くん、寝癖がついてるよ。毛づくろいしてあげるね」
「ありがとう・・・」少年は顔を赤らめながら、嬉しさをかみしめていました。
「銀杏くん、これお兄さんに渡してね」毎日のように、手紙やクッキーを兄に届けるように頼まれました。ねこた少年の世話を焼いていると、確実に兄と話すことが出来るので、何かと少年はモテていました。
「ちっ、銀杏の野郎! 調子に乗りやがって!」周りの嫉妬は相当なものだったようです。少年の持ち物が隠されたりすると、兄のファンの女子がすぐに解決してくれました。
「ちょっと! アナタたち、銀杏君の持ち物を隠すのやめなさいよ!」
「なんでぇ! 見つかっちまったか!」
「銀杏が悪いんだ! 調子に乗るから!」
「何にも出来ねえくせに、威張っているんだ!」不良たちは、目の前で少年に聞こえるように悪口を言っていました。
「目立つことは何も、していないじゃない! 彼は、ただそこにいるだけよ!」
「そうよ! お兄さんのおまけなんだから、多めに見るべきよ!」
「ああいう存在も、必要なのよ!」
「立派な引き立て役なんだから!」少年は、弁護されながら、傷つけられていました。兄は、何も言いませんでしたが、おおよそのことは気付いていました。ねこた兄弟には両親がいませんでした。父は非政府組織に参加し、紛争地で爆弾テロにあい他界しました。母親は父の後を追うようにガンで亡くなりました。残されたねこた兄弟は、両親の残した保険と兄の奨学金で生活していました。だから兄は、三つの部活を掛け持ちして、それぞれに結果を出すことに全力を注いでいました。
「お兄さん、お金はあるんだから、部活をそんなに頑張んなくてもいいんじゃないの?」ねこた少年は、何度も疲れて帰って来る兄に言いました。
「お金なんか、すぐになくなるんだよ。貯金を使い切らないように、今俺たちで出来ることを頑張らないとダメだ!」兄は、頑なに親の貯金を使うことを拒否しました。部活の練習で毎晩10時頃に帰る兄に、少年は毎日晩御飯を用意していました。その兄も、部活の帰りに自動車事故で亡くなりました。ねこた少年は一人ぼっちになりました。その当時の様子を、私とリウさんは、精神世界の住人として客観的に見ていました。
「・・・」私は、胸が痛くなる思いで、その当時の様子を見ていました。
「(この時に、自分に出来ることは他になかったのだろうか・・・)」
「随分と、苦労されましたね・・・」リウさんは、優しく労ってくれました。
「まぁ、当時は、必死に生きていました。自分のまわりで何が起きているのか分かりませんでした・・・。ただ、兄が頑張っているので、私も頑張らないわけにはいきませんでした・・・」
「・・・」リウさんは、何も言いませんでした。
兄が亡くなって、ねこた少年の地獄の生活が始まりました。兄のファンの女子たちは、少年を助けてくれなくなりました。毎日持ち物が隠され、ノートや教科書に落書きがされていました。机を取り囲まれて、5~6人に頭をペシペシ叩かれる毎日が続きました。
「兄貴に頼って、目立ってんじゃねーよ!」(ペシ!)
「威張ってなんかいません!」
「調子に乗ってんじゃねーよ!」(ペシ!)
「調子に乗っていません!」
「お前、奨学金もらってんだろ? 少しオゴレよ~」(ペシ!)
「大切なお金なので、使えません!」
「少しくらいい~だろ~?」(ペシ!ペシ!ペシ!)
「私たちは、親がいません。無駄な使い方は出来ません」
「親がいないのが何だよ! うちなんて親がいたって何の役にも立ってねぇんだよ!」(ベシッ!)ゲンコツで殴られました。
「それは、私には関係ありません」少し語気を強めて拒否しました。すると攻撃の角度が変わりました。
「何でもかんでも、否定すんなよ」(ペシ!)
「少しは、クラスに馴染めよ~」(ペシ!)
「頑張りが足りないんだよ~」(ペシ!)
「・・・(頑張りが足りない? どういうことだろう・・・)」
「聞こえてんのか~?」(ペシ!)
「(自分の意志に反して、無理に周りにあわせろと? ・・・そういうことなのだろうか・・・?)」
「聞こえてないのか~?」(ペシ!)
「・・・(いけないことなのだろうか?)」ずっと疑問に思っていました。
【朱に交われど、藍のまま】「朱に交われば赤くなる」人は置かれている環境によって、色々と感化され、変化していくものである。しかし、周囲の環境を受け入れずに抵抗し続け、ありのままの自分を押し通すと窮屈な生活が待っている。
我に返りましたが、不幸なことにイジメは続いていました。
「お~い、聞こえてんのか~? お前成績悪いんだろ? テスト休めよ~」(ペシ!)
「この前の中間試験は15位でした!」
「ウソだろ~? うちの学年は300人もいるんだぜ~」(ペシ!)
「一生懸命、勉強しました!」
「ならば、今度の期末試験は休めよ~。全員一つずつ順位が上がるんだ。みんなのためだよ~」(ペシ!)
「そんなことは出来ません! みなさん、大勢で毎日このようないじめはやめてください。周りの皆さんも気持ちが良いはずがありません」
「大勢で話し合って決めたんだ。お前がはけ口の係なんだよ。謹んで受け入れろよ!」(ベシッ!ベシッ!)
「そんなことは受け入れられません」
「多数決で決めたんだからな。お前をイジメてもいいんだよ」(グリグリ)頬と腹をグリグリされました。
「数の暴力です。こんな少人数の多数決が正しいとは限りません」
「お前一匹が我慢すれば、みな救われるんだ。尊い犠牲だ」
「断じて受け入れません!」しびれを切らした、不良のリーダーである不来方順也が吐き捨てました。
「死んじまった兄貴は、もう助けてくれねぇぞ! だから俺たちがお前を守ってやる! だから大人しく俺たちに奢ればいいんだよ!」(ゴッスッ!)肘打ちが背後から飛んできました。
「そんなことは、お願いしません!」
「お前の兄貴なんて、実は大したことはないんだよ! だから死ぬんだ!」(グリグリ)
「! (ブチッ)」頭の中で何かが切れました。そして聞こえました。
「(我慢するな! 行けっ!)」この時、ねこた少年の視界には、リーダーの後ろにどこから紛れ込んだのか尻尾の黒いシャムネコが見えました。ただただ少年を見守っていました。シャムネコは何かを少年に伝えたそうに見えました。それを遠巻きに見守るかのように、コリー犬と、ローブを着た青年が見えました。
「! ?(薄ぼんやりとしている。コリー犬と青年は幻影か? 『行け!』と言ったのは、コリー犬だ! 間違いない!)」
シャムネコがイヌに姿を変えているねこたを見て言いました。
「(キミは銀杏だね。ありがとう・・・。僕の大切な弟を気遣ってくれて。僕のたった一人の弟なんだ・・・。君は自分の心配をしただけだろうが、弟を心配してくれるのが自分自身でも僕はすごく嬉しいんだ。銀杏は僕にとってかけがえのない存在なんだ。だからありがとう・・・。そして、キミを一人ぼっちにしてゴメン!)」そして不来方の方を見据えると、
「(今のキミたちは何も出来ないよね? ここは、僕に任せてね・・・)」と言いました。
「!」私の姿は見えていないハズです。
「霊感の強いお兄さんですね。気付かれてしまいました。しかし私たちには、今ここで何も出来ません。私たちは、精神世界の住人です。幽霊的な、精霊的な存在なのです」
「そうですか・・・」ただただ成り行きを見守るしかなかありませんでした。じんわりと涙が出てきました。この後どうなるか分かっていたからです。




