1.28歳から16歳に⁉
庭師のリチャードが管理する花畑に着くと、赤や黄色、ピンク、青など、一面色とりどりの花が色別に整列しているかのように咲き乱れていた。
「まぁ! なんて美しいのかしら!!」
一邸宅にもかかわらず、こんなにも見事な花畑が見られるなんて、公爵家の財力に恐れ慄くばかりだ。それに、何よりもこの広大な花畑を見事に作り上げたリチャードの功績は大きい。花の種類別に苗をきれいに並べ、病害虫にも気を付けながら育てるのはどれほど根気や丁寧な手入れが必要だったことだろう、と結愛は素直にリチャードの功績を称賛したくなった。
「とても素晴らしいわ! リチャード! これほど見事なお花畑は見たことないわ」
「ほぅほっほ~、お嬢様にそこまで喜んでいただけて爺はうれしいですじゃ」
「これほどになるまでに、とても苦労したでしょう」
「いえいえ! 毎日お嬢様の喜ぶ顔を想像しながら、楽しくお手入れさせていただいたのですじゃ。よろしければ、お部屋用にお花を見繕いましょうかな?」
「えぇ! ぜひお願いしたいわ」
「分かりました、いくつか見繕ってメアリに渡しておきますのじゃ」
――リチャードは職人気質で昔から頑固者で知られているけれど、私にはとても甘いみたい。
エマが言うには、仕事で忙しくて家を空けがちな父に代わって、幼い私を自分の娘のように可愛がってくれたとか。リチャードだけでなく、執事のトマスやメイド長のエルザ、シェフのオウル、修理職人のレオンも、まるで家族のように良くしてくれる。こんなにも恵まれた環境で生活できることに感謝しなくてはいけないだろう。
今ある幸せに浸っていると、再び頭にズキンとした痛みが走った。先ほどよりも強い痛みだ。平静を装うには激痛すぎる。こめかみに手を当てると、ズキンズキンと脈打っているのが分かった。顔から血の気が引いたようにサァーッと寒気がして、ついには足元に力が入らなくなり、その場で膝をついてしまった。
「お嬢様!!!」
「ユナお嬢様!!」
遠くでエマとリチャードが私を叫ぶ声が聞こえる。声は徐々に小さくなっていき、意識が遠のいていった。
――誰? 誰の声?
「お姉さん、運命を信じる?」
「お姉さん、このままだと短命で人生が終わってしまうよ」
「私はあとどれくらい寿命が残っているんですか……?」
「断言はできないけど、たぶん半年くらいだと思う」
「はん…とし」
「でも、お姉さんの覚悟次第で運命を変えられるかもしれない」
「運命を変える?」
「この世には宿命と運命があって、宿命はすでに定められた運命のこと。どう足掻こうとも人間の力では変えられない。運命は過去の出来事によって手繰り寄せられる未来。宿命は変えられないけれど、運命なら変えることが可能なんだ」
「私はどうすればいいんですか? 何をすれば運命を変えられるんですか?」
「先に言っておくけど、この方法は運命を100%変えられる保証があるわけではないんだ。場合によっては命の危険に晒されることもあるかもしれない。そして、たった1人で立ち向かわないといけない。……それでも試してみたい?」
「命の危険が……?」
「お願い! 運命を変える方法を私に教えてください!!」
「お姉さん、覚悟を決めたんだね。わかったよ、その方法を教えるよ」
「お姉さん、手を出して」
「これは……?」
「この鉱石はアイオライトと呼ばれる鉱石で、薄くスライスされた欠片から曇りの日に太陽を覗くと太陽光が減光されて太陽を直視できるようになるんだ。大航海時代に海賊が太陽の位置を確認するために使っていたことから『進むべき道を標す石』と呼ばれていて、石言葉には『道を示す』『誠実』『愛を貫く』などがあるんだ。」
「引き込まれそうか……。このネックレスはお姉さんの運命を変えるものだから肌身離さずに持っていてほしい」
「満月の日にこのネックレスを月光に当てると、お姉さんの運命の歯車が新たに動き出すんだ」
「うん、わかった。何から何までありがとう!! 必ず運命を変えてみせるから」
「私の運命を変えてください」
「私の運命を変えてください」
「私の運命を変えてください」
目が覚めると、見覚えのある天井が視界に入った。
「ここはユナの部屋ね……」
上半身を起こして室内を見渡し、1人も居ないことを確認する。
「誰も居ないから少し頭の中を整理する時間が取れそうだわ」
長い夢でも見ていたかのように、これまでの記憶の波がどどっと押し寄せてきた。全ての記憶が戻り、ユナに過去の記憶がないのかを理解した。
「私は結城結愛で28歳、最近派遣社員として入社したばかりだった……。職場から帰宅途中で占い師の男の子と出会い、自分が短命であることを知った。その彼に運命を変える方法を教えてもらって、言う通りにすると……。貴族の中で最も位の高い公爵家の令嬢に……。お肌も白くてピチピチの16歳に……」
この世界に来る前の記憶が鮮明に思い出された。そして、こちらの世界に来てからの出来事と今後について考察してみた。
目が覚めたときにはユナの姿になっていた。そしてユナには過去の記憶が全てない。それもそのはずだ、この世界は結愛がいた世界とは別次元にあり、結愛が過去に生きた世界だったのだ。そう、公爵令嬢ユナは結愛の前世の姿なのだ。結愛自身はユナが前世の自分だとは知る由もない。
ただ、占い師の彼から教わった方法は異世界に行く方法だったと認識したようだ。
――具体的に何をすればいいのか分からないけど、ユナの人生が私の運命を変えるきっかけになるということかな? でも具体的に何をしたらいいのかな?
そういえば、私の言動は結城結愛と違って、公爵令嬢仕様になっている。今日まで過去の記憶を全て失った状態だったけれど、貴族としての所作や言動は自然に公爵令嬢仕様に変換されていた。なんて便利な機能だろう!
それに今はユナの過去の記憶も戻っている。これならユナを演じ続けていてもボロが出ることはなさそうだ。
「忘れないうちにユナの人生のターニングポイントもまとめておく必要がありそうだわ」
これからすべきことが少しずつ見えてきて、この世界に来たばかりの違和感も現状に対する不安も薄れていった。
「運命を変えるための戦略をまとめるのにノートとペンが必要だわ。そういえば、ユナが日記用に買っておいたノートとガラスペンがあったはず……。どこだったかしら」
ノートとガラスペンを探しに行こうとベッドから立ち上がろうとしたとき、ドアをノックする音が聞こえ、ベッドの中へ戻り、上半身を起こしたまま座ってから「どうぞ」と返答する。
返答を聞くや否や、ドアが勢いよく開いた。
「おじょ……ざまぁ~!!! 目が覚めたのですね……!! 良が……っだぁ~!!!」
ドアを開けて私の目の前まで走ってきたのは専属メイドのメアリだった。
「メアリ、いつも言っているでしょ。ドアはそっと開けるようにと。それに淑女たるもの、どんなときにも動揺してはいけないと」
「……!」
「メアリ?」
「おじょ……さま? 記憶が……戻ったのですね……!」
「ただいま、メアリ。ずいぶん心配かけてしまったわね」
「おじょ……ざま~! わぁ~ん!!」
メアリはユナの記憶が戻ったことを知ると、幼い子どものようにわんわんと泣き始めた。メアリの泣き声に驚いて、エマやエルザ、トマスが慌てて部屋に入ってくる。
「メアリ、お嬢様が休まれているというのに騒々しいですよ!」
わんわんと泣くメアリを諫めようとメイド長のエルザが注意を促す。それでもメアリの目からは大粒の涙がこぼれ、途切れ途切れになりながらエルザたちに何かを伝えようとしていた。
「エルザ、だっておじょ……ざまがぁ~。おじょ…ざまの記憶が……!!」
「お嬢様の記憶? メアリは一体……!」
勘のいいトマスがメアリが伝えたいことが分かったようだ。
「お嬢様、記憶が戻られたのですね?」と状況を全て把握したトマスが口を開く。
「記憶が……?」とエルザが驚きながら言葉を発する。
「ユナお嬢様、ホントに?」と言ったエマの表情がぱぁっと明るくなっていくのが分かった。
「えぇ、トマスの言う通りよ、全ての記憶が戻ったわ。もう心配いらないわ」
「お嬢様!」
「ユナお嬢様……!」
「お嬢様~!!」
トマスに続き、エルザもエマも状況を理解できたようだ。皆自分事のように喜んでくれている。エルザの目にはうっすら涙が浮かんでいた。エマも緊張が緩んだのか、メアリと抱き合いながらしくしくと泣き始めた。
使用人の長としては床に座り込んで泣く2人を注意すべきところだが、事が事だけにトマスもエルザもメアリとエマを叱ることはなかった。
皆が顔を合わせながら微笑み、和やかな時間が流れていく。全ての記憶を取り戻し、公爵令嬢ユナとして生きることを改めて決意した結愛だった。
月日が流れ、木々の新緑が美しくなり、初夏の訪れを感じられるようになった頃のこと。首都ダマスクにある別邸から両親が本邸であるこの屋敷に戻ってくるとの知らせが届いた。
「お嬢様、旦那様は何と?」
リチャードは待ちきれず、手紙の内容をユナに聞いてくる。
「リチャードったら、お父様のことになると……! うふふ」
「失礼ながら、爺は旦那様が赤子の頃からお仕えしてきました。それはそれは、可愛い赤ん坊でしたのじゃ……」
「お父様の話は何度も聞いたわ。それよりお父様は1週間後にお戻りになるそうよ。準備をよろしく頼むわ、リチャード」
「はい、誠心誠意尽くし、旦那様と奥様にご満足いただけるように準備いたしますじゃ。こうしてはいられない! すぐに準備に取りかからねば!! お嬢様、爺はこれで失礼いたします」
「えぇ、よろしく頼むわ」
リチャードは1週間後に戻る屋敷の主夫妻を迎えるための準備に取りかかった。
「お父様たちが首都に行ってからもう半年も経つのね。早いものだわ」
両親は普段、首都にある別邸で過ごしている。
数カ月に一度、本邸に戻って子どもたちや使用人たちに会いにくるのだ。
父親のベルナルドは数年前に公爵位を祖父から受け継ぎ、首都の別邸へ移り住んだ。母親のレリアナは当時ユナをお腹に身ごもっていたため、本邸に残って出産し、産後しばらくはゆっくり過ごしていた。
ユナが1歳になると、レリアナは結愛を連れて別邸に移り住んだのだった。
結愛が本邸で暮らすようになったのは5歳の頃からだ。ベルナルドの仕事の関係で、両親は王城へ移り住まなければならなかった。両親は子どもを田舎でのびのびと育てたいという子育て方針があたのもあり、結愛は1人本邸に戻されたのだった。
両親と離れて暮らすのは貴族なら珍しいことではない。生まれてから一度も両親に会ったことのない者もいる。それからすれば、両親からたくさんの愛情を受け、離れ離れになっても時々会いに来てくれるのだから、十分なくらい幸せだと自分事のように感じていた。
ベルナルドは毎回、たくさんのお土産も持ってくる。世界に1つだけのぬいぐるみや、珍しい鉱石のアクセサリー、異国の特産品。そして、物語の本におしゃれなガラスペン。年齢ごとにユナの好みも考えながらお土産を用意してくれているのがよく分かる。
レリアナは毎回、首都や別邸での出来事を物語のように話し聞かせてくれる。ある時は、騎士団が民を苦しめていた盗賊団をやっつけたヒーローの物語。ある時は、身分の差がある令嬢と商人の恋の物語。レリアナから聞く物語は毎回面白く、退屈な時にはいつも話し聞かせをせがんでいたのだ。
ユナだけでなく、弟のセバスチャンやメアリ、リチャードの末息子のノア、執事長の息子のジュリアンも一緒になってレリアナの物語に聞き入っていた。
結愛は、今回どんな物語が聞けるのか、とても楽しみにしていた。




