4.はじまりの夜
翌朝10時に出社して、コンマBの社員さんと和やかな雰囲気で挨拶を終えた。
初日ということもあり、共有サーバーのログイン方法や使い方を教えてもらったり、進行中のプロジェクトに必要な資料作りを手伝ったりと、午前中は比較的簡単な仕事だった。午後は関係部署への挨拶回りと午前中の作業の続きを退勤時間の午後6時まで続けた。
コンマBも他の部署の方もみんな人柄がよく、テキパキと働く人ばかり。福利厚生もしっかりしていて、社員はいきいきと働いている。
――こんな理想的な環境が揃っている会社なら、自分も社員として働き続けたいなぁ、なんてね。でも、私がこの会社で働けるのは半年間。未熟で至らないけれど、せめて皆さんの業務が捗るように精一杯頑張ろう。
オフィスのあるビルを出てから建物の方を向いて心の中で誓い、バス停へと向かった。
駅に向かう途中の地下通路で、路上販売をする人が目に入った。似顔絵を即興で描く人やギター1本でお客の好きな曲を弾き語りするミュージシャン、異国の生地を使った服やファッション小物を売る女性。
横目で見ながら通り過ぎると、路上販売をする人達から少し離れた所に男性が1人立っていた。男性は黒のパーカーに黒のズボン、頭には黒のキャップを被っていて、どこからどう見ても怪しさ満点。
その男性を見ていたら、こちらに視線を向けてきたため目が合ってしまった。彼は標的を定めたように、こちらに顔を向けてにっこりと笑い、「こっちに来て」と言わんばかりに手招きしてくる。結愛は怪しさを感じつつも不思議と警戒心は生まれず、引き寄せられるように彼の近くまで歩いていく。
彼に近づくと、想像していたよりも若いことに気付いた。20代前半? いや、10代後半だろうか? クリクリとしたぱっちり二重の目に、透き通った白い肌。キャップから柔らかにカールした栗毛が顔を出す。
顔をじっと見ていると、彼が第一声を発した。
「お姉さん、運命を信じる?」
結愛は想定外な声のかけられ方に驚いた。倉木に続き、今日は初対面の男性に唐突な質問を投げかけられる日だと思いつつ、咄嗟に浮かんだことを口にする。
「えっ? 運命……?」
「そう、運命。俺、手相占いをしてるんだけど、お姉さんお客になってくれない?」
「いや、でも……」
「お金はいらないから! まだ修行中で実績を積んでいる最中なんだ。師匠が『毎日100人の手相を見ろ』と言うもんだから。今99人で、あと1人で100人なんだ。お姉さん、どうか俺を助けると思って手相見せて! お願い!」
彼は両手を合わせ、結愛を拝むように懇願してきた。ここまでお願いされては無視できないと思い、「じゃあ、お願いします」と言うと、彼は満足そうな笑顔をしてから結愛の手をじっと眺める。
「う~ん……」
結愛の手をじっと見る彼の表情は徐々に曇っていくのが見て取れた。手相に何か不吉なことが出ているのか不安になり、詳しく聞こうと思った瞬間だった。彼は真剣な眼差しで結愛の顔をじっと見て重い口を開いた。
「お姉さん、このままだと短命で人生が終わってしまうよ」
「たん……めい? 人生が、終わる……?」
「そう、生命線って呼ばれるここの線が極端に短いんだよ」
彼は思ってもいなかった残酷な宣言を結愛に伝えた。
「そんな……、まだ28なのに。新しい仕事も始まったばかりで……こんなことって」
希望で満ちていたはずなのに、一瞬で光も届かない淵まで落とされた気分になる。世の中には短命の人もいるけど、まさか自分がそんな人生だと十代の男の子に告げられるなんて想像すらしていなかった。
「私は後どれくらい寿命が残っているんですか……?」
頭は真っ白だけど、自然と残された時間が気になって質問が口から出ていた。
彼は真剣な表情のまま「断言はできないけど、たぶん半年くらいだと思う」
「はん…とし」
目の前が真っ暗になった瞬間、膝に力が入らなくなり、その場に座り込んでしまった。
さっきまで路上販売の人やお客の声で賑やかだった地下通路はまるで無音のよう。目の前にいる彼の声以外、何も聞こえなかった。
「でも、お姉さんの覚悟次第で運命を変えられるかもしれない」
彼は静かにそう言った。
「運命を、変える?」
彼はコクリとうなずき、口を開いた。
「この世には宿命と運命があって、宿命はすでに定められた運命のこと。どう足掻こうとも人間の力では変えられない。運命は過去の出来事によって手繰り寄せられる未来。宿命は変えられないけれど、運命なら変えることが可能なんだ」
「私の寿命は宿命ではなく、運命ということ?」
「宿命で定められている寿命もあるけれど、お姉さんの場合は運命というだけだから、未来を変えられる余地があるよ」
運命なら変えられる、まだ希望はある! 暗闇の中で一筋の光が差し込んだみたいに、結愛の表情がぱぁっと明るくなっていった。
「私はどうすればいいんですか? 何をすれば運命を変えられるんですか?」
前のめりになって彼に近づき、返答を迫った。
「先に言っておくけど、この方法は運命を100%変えられる保証があるわけではないんだ。場合によっては命の危険に晒されることもあるかもしれない。そして、たった1人で立ち向かわないといけない。……それでも試してみたい?」
「命の危険が……?」
――命の危険があるなんて、どんな試練が待ち受けているんだろう。怖い、1人で立ち向かわないといけないなんて……! 目の前の彼に頼ることもできない。運命は自分で変えなければならないんだ。
彼を見ると、瞳は先ほどと違い弱々しくなったように感じた。
――きっと先の短い私に同情しているのだろう。それとも、運命を変えるのが不可能に近い方法なのだろうか。でも、今何もしなければ私は半年後に人生が終わってしまう。そんなのは嫌だ! まだ、自分がやりたいことも見つけられていないし、恋愛や結婚もしたい。新しい職場は環境がよくて、関わる人はみんなやさしい。これまでのネガティブな自分を変えられるかもしれないと前向きになったところだったのに……。このままでは終われない! 私は生きたい! まだ死にたくない!! それなら、やれることをやるしかない!!!
結愛は「やるしかない!!」と覚悟を決め、彼の瞳をまっすぐに見る。
「お願い! 運命を変える方法を私に教えてください!!」
彼の弱々しかった瞳に再び輝きが戻った。そして、静かに口を開いた。
「お姉さん、覚悟を決めたんだね。分かったよ、その方法を教えるよ」
彼が運命を変える方法を本当に知っているようで、結愛はホッと胸をなでおろした。
――きっと大丈夫、私は運命を変えられる。今は自分を信じて前に進むだけ。
そう覚悟を決めて、彼から具体的な方法を説明されるのを待っていたときだった。
「でも今日は教えられないんだ……」
「教えられないって……どういうこと?」
結愛は覚悟を決めたにもかかわらず、彼の一言で表情は一瞬のうちに暗くなっていった。
「待って、待って! 落ち着いて、ちゃんと説明するから」
当然今すぐに運命を変える方法を教えてくれるのだと思っていたから、彼の言葉を聞いて力が抜けてしまった。
「お姉さんに教える方法は満月の夜にしかできないんだよ。だから今日すぐには教えられないんだ」
「満月の夜だけ……?」
「満月は明日だから、明日の夜8時前にもう一度ここに来てくれる?」
「なんだ~。まだ当分先の話なのかと思った……! 明日ですね、夜8時にここに来ればいいんですね?」
「そうだよ。くれぐれも遅れないでね。じゃあ、俺はこれで!」
彼は明日会う約束をすると、足早にその場を立ち去って行った。彼が去ったのと同時に、突然周りが賑やかになった気がして周囲を見渡すが、路上販売する人や地下街を歩く人には何の変化もなかった。占い師の彼に寿命の短さを宣告されたショックで周囲のことを気にする余裕はなかったが、無音と言えるくらい音も声も聞こえなかった。
今振り返ると不思議なことだが、きっとそれどころではなかったからだろうと思い、バス停のある方向へ歩き出した。
――それにしても今日は急展開すぎる。新しい職場で初日を迎え、問題なく1日を終えたと思いきや、初対面の人から寿命が半年と宣告を受けたのだから。一時はどうなることかと思ったが、彼が知る方法なら運命を変えられるかもしれない。そういえば寿命の長さは聞いたけれど、死因を聞いてなかったな……。まぁ明日会ったときに聞いてみよう。一先ずは希望があるから落ち込まないようにしよう!
ネガティブな気分でいるのが嫌で、無理やりにでも前向きな言葉を思いつく限り頭の中で反芻していた。
バスは予定より5分遅れでバス停に到着した。列に並ぶ人に続いてバスに乗り込み、30分揺られながら帰路に着いた。
翌日、仕事を終えて駅前に向かった。
「約束の午後8時まで1時間半あるから、先に夕飯でも食べておこうかな」
どこで夕食をとろうか考えていると、どこからかおいしそうな香りが漂ってくる。香りの元を辿ると、古民家を改装した小綺麗なお店が目に入った。
入口のドアの横には「フォレストカフェ」と英文字で彫られた木製の看板が掛けられていた。
「こんなところにお店があったんだ。空いているみたいだし、ちょっと入ってみようかな」
入口のドアを開けると、ドアから「チャリーン」という呼び鈴が鳴る。最近はチャイムのような音が主流だったから、昔ながらの呼び鈴に懐かしさを感じた。
店内は温かみのある無垢の木が床や壁、天井一面に使用されている。店内の至る所に大小さまざまな観葉植物が飾られており、庭園にでもいるような雰囲気が味わえる。座席の横には大人2人が座るとすっぽり隠れるほどの高さの観葉植物がしっかり目隠しになるようだった。
座席はカウンター席3席と、テーブル席が8席ある。テーブル席は小さなテーブル1つに2人が向かい合って座れるように配置されていた。テーブルは小さいが、隣のテーブルをくっつければ最大10人の大人数でも座れそうだ。木製の椅子の上には、い草の丸い座布団が敷かれている。
カウンターの内側にはガスコンロやオーブンなどの調理設備が揃っており、料理をする姿を眺められるようになっている。ガスコンロには蓋がされた深鍋が1つあり、蓋の下からグツグツと蒸気が舞い上がっていた。
しかし、お客もおらず、肝心の店員の姿も見えない。カウンター横にはバックヤードの入口があり、店員はその中にいると予測。
鍋もグツグツと音を立てているし、声をかけたほうがいいかもしれないと思ったときだった。
「あぁ~、ごめんなさいね。お待たせしました」と言いながら、バックヤードの入口から1人の中年女性が顔を出す。
「好きな席に座ってくれて大丈夫よ」とやさしく微笑んで話しかけてくれる。
店内を見渡し、外の景色が眺められる角のテーブル席を選び、着席する。テーブルの上には1輪挿しがあり、オレンジのガーベラが飾られていた。
先ほど出迎えてくれた女性が水の入ったコップとメニューを持ってきてくれる。
「こちらがメニューになります。後ほど注文を伺いに来ますね」と言うと、角席から離れて行った。
女性は注文票を片手に持ち、角席が視界に入る位置で待機しているようだった。すぐに店員が呼べる位置で待機してくれているのが分かり、安心してメニューを開く。
メニューは手作り感溢れるものだった。料理はポラロイドカメラの写真が貼られており、メニュー名や簡単な説明、アレルゲン食材の有無などが手書きされている。
「えぇと、ごろごろ野菜とチキンのスパイスカレーに、とろとろチーズ入りハンバーグ、ぷりぷりの白身魚フライ手作りタルタル添えに、黒酢の野菜たっぷり酢豚……か、どれにしようかな~」
他の飲食店と比べてメニュー数は少ないものの、写真や手書きの説明を見ると、どれも美味しそうで迷ってしまう。食材は全て自然栽培で作られたもので、生産者の顔やプロフィールまで細かな情報も載っており、こだわりのある料理を提供していることが一目で分かる。
結愛は普段から自炊しているが、調理しやすい肉料理ばっかり食べているから「外食したときだけでも魚料理を食べるか」という結論に至り、白身魚フライを選ぶことにした。
注文しようと店員さんがいる方向に手を挙げたら、その女性はすぐに注文を取りに来てくれた。
「ご注文は白身魚フライ手作りタルタル添えですね。調理に15分ほどお時間いただきますが、よろしいですか?」
「はい、大丈夫です」
「かしこまりました。ではお料理ができ次第お持ちいたしますね」
女性は軽く会釈し、調理の準備に取りかかるため厨房へ向かった。
食後、手を合わせながら「ごちそうさまでした」と小さな声で挨拶をする。
雑穀米のごはんに、メニューの説明通りのぷりぷりの白身魚フライ、具沢山のみそ汁は絶品だった。何より、フライに添えられた手作りタルタルソースが美味! 残ったタルタルをごはんに乗せて食べても満足感がある! こんなに美味しいなら他のメニューも美味しいに違いないと確信し、食べ終わったばかりだけど次来たときは何を食べようかと考えてしまう。
結愛が食べ終えたことに気付いたオーナーが、注文していたスイーツと紅茶を持ってきてくれた。
「お口に合いましたか?」とやさしい笑顔で料理の感想を聞いてくれる。
「とても美味しかったです! フライはぷりぷりですし、焚き立てのごはんも、だしが効いた具沢山のお味噌汁も絶品でした。食べたばかりなのに、次来たときは何を選ぼうか考えていたくらいです……!」
オーナーは「それは良かったです! 腕によりをかけて作った甲斐がありました! こちらもゆっくり味わっていってくださいね」と言い、バックヤードに入って行った。
満足感のある料理を食べ終えたばかりで、次なるターゲットのスイーツにも期待がかかる。
「料理があんなに美味しいなら、このフルーツタルトも期待を裏切らないはず……!」
食後のデザートは色とりどりの宝石が散りばめられたような、みずみずしく輝くフルーツがたっぷり乗ったタルトケーキ。メロンやイチゴ、巨峰、洋ナシ、ブルーベリーなど、さまざまなフルーツがタルト生地からこぼれそうなほどたっぷり乗っている。
タルトにフォークを入れて一口大にして口の中へゆっくりと放り込む。
「うぅ~ん! 美味しすぎる」
思わず心の声が漏れ出てしまった。オーナーさんに聞こえたかもと思い、カウンター近くを見たが、誰も居なかったのでホッとする。
タルトは外がサクッと、中はしっとりとしていて、主役のフルーツの美味しさを邪魔しない控えめな甘さのカスタードクリームがマッチしていた。
――毎日、こんな美味しい料理とスイーツが食べられたら幸せだろうな……!!!
一口ひとくちをゆっくりと味わっていたものの、あっという間に食べ終えてしまった。
「もう終わっちゃった……。まだまだ食べれそう」
そんなことを考えていると、食事前にセットしていたアラームが約束の10分前を知らせる。
「そろそろ行かないとね……」
荷物を持って、テーブル上に置かれた伝票を手に取り、レジへ向かうとオーナーさんがにっこり笑顔で迎えてくれた。
「今日はご来店いただき、ありがとうございました」
「こちらこそ、美味しいお料理とスイーツをありがとうございました! 他のメニューも気になるので、また来させてもらいますね!」
「ぜひいらしてください。お待ちしておりますね」
オーナーさんと挨拶を交わし、お店を後にした。
「約束の時間まであと2分。ちょっとギリギリになっちゃった……。あの人もう来ているかな?」
スマホを片手に時間を確認しながら、約束の場所へ足早に向かった。
目的地に着いたのは約束した時間の1分前だった。
「ふぅ~、何とか待ち合わせ時間に間に合ったみたい」
約束した場所に着いたものの、占い師の彼の姿は見えない。スマホを見ると、ちょうど夜8時になったところだった。その瞬間、後から誰かの気配を感じて振り返ると、さっきまで誰もいなかったのに彼がそこに立っていた。
「こんばんは、お姉さん。約束通り来てくれたんだね」
「えっと……こんばんは、来ていたんですね」
彼は昨日とまったく同じ全身黒のコーデで、唯一違うのは黒のキャップをしていなかった点だ。それぞれ挨拶を交わすと、彼が再び口を開く。
「お姉さん、ここは人が多いから場所を移そう」と言うと、結愛の返事を待たずにスタスタと歩いて行った。
今日は金曜の夜で地下通路を行き交う人も多い。確かに落ち着いて話せる場所ではないから、彼が「場所を移そう」と言うのも納得できる。立ち止まったまま考えていると、彼はすでに数m先まで進んでいた。
前からはリクルートスーツを着た若い男女のグループが歩いてきて、一瞬彼の姿を見失いそうになる。グループの横を通り過ぎ、彼の位置を確認しようと思ったら、彼は後を振り返り結愛が追いつくのを待ってくれていた。
結愛が彼に追いつくと、待っていてくれた彼に申し訳なく「あの、ごめんなさい」と伝える。すると彼はにっこりと笑い「お姉さん、迷子にならないようにね」といたずらな口調で答えた。
――年下に迷子の心配をされてしまった……! 恥ずかしい。
顔の温度が上がり、赤面しているのが自分でも分かるほど。手を扇子のようにパタパタと動かして、冷静さを取り戻そうとするも、また彼に笑われてしまった。
そして彼は「この先に公園があるから、そこで詳しいことを話すよ」と、この後のプランを話してくれた。結愛がコクリとうなずくと、彼は前を向き直り再び歩き出す。
2~3分歩くと、簡単にライトアップされた公園が見えてきた。公園には遊具があるエリアとベンチが並ぶエリアがある。彼はベンチが並ぶエリアにまっすぐ向かい、手前にあるベンチに座った。
「お姉さん、ここなら落ち着いて話せるよ。ここに座って」と言い、結愛を手招きする。
彼の言うとおりにベンチへ座ると、彼はパーカーの右ポケットに手を入れて何か小さな物を取り出した。
「お姉さん、手を出して」
手のひらを上にした左手を差し出すと、彼はポケットから取り出した何かを手のひらの上に乗せた。
「これは……?」
手のひらに乗せられたのはしずく型の青い鉱石が取り付けられたネックレスだった。石をよく見ると青一色ではなく、紫色が混在する神秘的な色合いが美しい。
石を眺めていると中に引き込まれてしまいそうな錯覚を覚えた。慌てて石から目を離すと、彼と目が合ったので説明を求めるとネックレスについて話し始めた。
「この鉱石はアイオライトと呼ばれる鉱石で、曇りの日に薄くスライスした欠片で太陽を覗くと太陽光が減光されて太陽を直視できるようになるんだ。大航海時代に海賊が太陽の位置を確認するために使っていたことから『進むべき道を標す石』と呼ばれていて、石言葉には『道を示す』『誠実』『愛を貫く』などがあるんだ。」
「青や紫が混ざっていて神秘的に見える……」
「アイオライトは多色性が強い鉱石で、青みがかったものは青や紫に輝くけれど、他にも黄味がかったものや無色の色相を示す石もあるんだ」
「すごくきれいですね。ジーっと見てると引き込まれそうになります」
「……」
石の美しさに見入っていると、彼はこのネックレスを渡した理由を話し始めた。
「引き込まれそうか……。このネックレスはお姉さんの運命を変えるものだから肌身離さずに持っていてほしい」
ただ単にプレゼントというわけではないことはうすうす気づいていたけど、まさか自分の運命を左右するほど重要なものだとまでは想定していなかった。
さっきまで神秘的な輝きで魅了されていた石は、手のひらにどっしりと重みが加わったような気がした。落とさないように両手で持ち、彼の次の発言を待っていた。
「満月の日にこのネックレスを月光に当てると、お姉さんの運命の歯車が新たに動き出すんだ」
「アイオライトを月光に……」と言いながら、満月に鉱石をかざそうとしたとき、彼がネックレスを奪い取る。
「ダメだよ、お姉さん! 説明は最後まで聞いてよ!!」
突然彼が大きな声を出したので驚いてしまった。
「ごめんなさい……!!」
「いや、急に大きな声を出して驚かせちゃったよね。ごめん。今はアイオライトを月光に当ててはいけないんだ。事前に準備することがあるから、これから説明するね」
「はい、お願いします!」
彼は結愛を驚かせたことに対して真摯な態度で謝ってくれたので、かえって結愛の方が申し訳なくなってしまった。
「アイオライトを月光に当てるのは今日の深夜0時だよ。それまでにすべきことは身を清めること。身を清める方法はまず全身をしっかり洗い、清酒と天然塩を入れた湯船に浸かる。できれば入浴後は純白の衣を身につけてほしい。そして清らかな水をコップ1杯飲み、ネックレスを首にかけて鉱石を月光にかざすんだ。そのときに心の中で『私の運命を変えてください』と3回祈るだけだよ」
「アイオライトを月光に当てるのが深夜0時ちょうどで、清酒と天然塩入りの湯船で身を清め、純白の服を着てから水をコップ1杯飲むんでしたっけ?」
「そうだよ。……そうだ、これも一緒に渡しておくよ」
彼がコンビニの袋を結愛に差し出してきた。袋の中を見ると、湧き水のミネラルウォーターのペットボトルが1本、小瓶の清酒と天然塩が入っていた。
「必要なものはここにあるから、どこにも立ち寄らずにまっすぐ帰宅してね」
「全部揃えてくれたんですね! ありがとうございます。えっと、おいくらでしたか?」と言いながらカバンからお財布を出そうとすると、彼は「必要ない」と言い、結愛が支払うのを拒んだ。
「でも……」
「これから全て買い揃えようとすれば深夜0時に間に合わなくなるかもしれないからね。それに俺がお姉さんのためにできるのはこれくらいだから。あとはお姉さん次第だよ」
「……ありがとう」
「今、8時半だから急いで帰って、しっかり準備をしてね」
「うん、あっ、でもネックレスの方は高価そうだし、タダでもらうわけには……」
「それはこれからお姉さんの人生に欠かせないものになるから、俺からの餞別として受け取っておいてよ。それに、そのネックレスは俺も人からもらったものだから、いくらの価値があるのかは知らないんだ。だから気にしないで受け取って。今は今夜すべきことだけ考えていてくれればいいから」
「うん、わかった。何から何までありがとう!! 必ず運命を変えてみせるから」
「俺もそうなることを祈っているよ。さぁ、時間がないから急いで帰って」
「本当にありがとう! じゃあ、私行くね」
彼に深く礼をしてから手を振り、バス停に向かおうとしたとき、ふいに彼のことが気になり再び振り返ると、彼が笑顔のまま手を振ってくれていた。
「あの! また会えますよね?」
なぜそう思ったのかは分からないけど、口が勝手に動いて言葉を発していた。
彼の表情は笑顔が崩れていき、神妙な面持ちに変わった。
言ってはいけないことを言ってしまったのかと焦っていると、彼の表情はぱぁっと明るくなり「もちろん! また会えるよ、絶対に!」という答えが返ってきた。
彼の言葉を聞いてホッとした結愛は、今度こそバス停に向かって走り出した。