3.人の価値は何で決まる?
鏑木コーポレーションは、12階建てビルに複数のフロアにまたがってオフィスを構えるIT企業だ。
地方都市に本社を置く企業としては規模が大きく、将来性もある。
会社勤めは二度としないと思っていたけど、フリーランス1本で生活していくのは想像以上に難しかった。
そんなとき、派遣会社で紹介されたのが鏑木コーポレーションのコンテンツマーケティング部のアシスタント業務だった。
Webマーケティングやコンテンツ作成のアシスタント業務が再びフリーランスでWebライターをするときのスキルアップにつながると思ったからだ。結愛は、いずれWebライターとして再稼働し、経済的な自立をしたいと考えていた。
コンマでは自社のコンテンツマーケティングだけでなく、他社のマーケティングのコンサルも行っている。コンマはAとBの2つの部署に分かれており、コンサル全般はAの部署で実施される。結愛が配属されるBはWebコンテンツの企画や制作を行う部署だ。
「Webライターとして経験値を積みたい」「ライティング力に自信をつけたい」という思いから、鏑木コーポレーションの求人を紹介されてすぐに快諾した。
「せっかくなので、我が社自慢のカフェで社内の概要を説明しますね」
「カフェもあるんですかっ!」
「えぇ、商業施設のフードコートには及びませんが、和食や中華、イタリアン、パン屋、カフェがあります。社外で食べる社員もいますが、ほとんど社内で食べる人の方が多いですね」
「そうなんですね! 明日からランチが楽しみです」
「夕方からアルコールも提供しているので、就業後に1杯飲んでいくこともできますよ」
「わぁ! 至れり尽くせりですね」
――地方企業でこんなに福利厚生が充実した会社があるなんて……! 私がこんな会社で働けるなんて夢みたいだ。
結愛は学生時代に憧れていたOLライフを妄想していると、彼の言葉で現実に引き戻された。
「結城さんはアルコール飲める口ですか?」
「ビールは苦手ですが、甘い系のものなら……」
「なるほど!」
彼はそう言うと何かを考えているようで、結愛はじっと見てるのも悪いと思い、ガラス越しに見える景色を眺めていた。
「ポーン」と、エレベーターのベルが最上階の到着を告げる。
「カフェに着きましたよ。結城さんは何を飲みますか?」
彼は手慣れた様子で、注文もスムーズだった。
ランチタイム前ということもあり、カフェはほとんど貸し切り状態だった。休憩中の人が数人と、ランチミーティングをしているグループがいるだけだ。
周囲を見渡していると、すでに注文したドリンクを両手に持って先を歩く彼が「こっち、こっち!」と結愛を手招く。彼が座ろうとしているのは、窓側の眺めの良い席だった。
「この席、眺めが良くて人気なんです。ランチタイムは早い者勝ちだから、ほとんど座れないけれどね。商談の合間の空き時間は、ここで過ごしているんだよ」と彼はとびきりの笑顔で話す。
結愛は大人の男性からとびきりの笑顔をされてドキッとする。
――ちょっと待ってよぉ~。不意打ちの笑顔はダメだって……! あぁ~、びっくりした。
手をパタパタと動かし、顔が赤くなったのを暑さのせいだと誤魔化そうとする。外の景色でも見て、気を紛らわそうとした。
「わぁ! 12階だけあって街を見渡せますね! あっ、スカイタワーが見える!」
「でしょ?」
向かい合って座る彼の方を見ると、こちらをやさしい眼差しで見ている。
――見慣れていない景色についつい興奮してしまった! きっと「いい年して子どもみたい」だって思っているんだろうな……。
結愛は恥ずかしくなり、顔の温度が一気に上昇。パタパタと仰いでいた手の動きがさらに強くなった。右手を団扇代わりにして仰いだのが失敗だった……。
「結城さんって、かわいいね」
「いやいや、私はあなたよりも年上だよ」と言いそうになって、寸でのところで堪える。
「すみません! いい年してはしゃいでしまって……!」
「いや、そういう意味ではなくて。普通にかわいらしい女の子だなって」
「……!」
――女の子って、倉木さん私を何歳だと思っているんだろう? 女性に年齢を聞きづらいと思っているだろうし、ここは自分から話してしまおう。
「私、もう28ですし、女の子というには……」
「そうなんだね。でも、7つ上の俺からすると、やっぱりかわいい女の子だよ。なんてね、セクハラになっちゃうかな……?」
「セクハラだなんて……! そんなことは……! えっ、倉木さん年上なんですか!? 私てっきりお若く見えるので、年下なんだとばかり……」
「あははは、よく言われるんだよね。童顔ってわけではないと思うんだけど。同期や同級生からは美容整形でもしてるのか? って言われるよ。もちろん何もしていないけどね。ほら、笑うと目尻にシワもできるし」
――いやいや、35歳に見えないですけど! 肌なんか私よりきれいだし、毛穴も見えない。シミやシワもないし、頬の肉も垂れていない。しいて言うなら、目じりの笑いジワと魅力的なエクボくらい……。むしろそれは欠点ではなく、魅力的な男性のチャームポイントだ。女の私より肌がきれいってどういうこと!? 負けた、完全に負けてる……。スキンケアはそれなりにやってきたつもりだったけど、甘かった。私、かなりやばいんじゃないだろうか。帰りにデパコス見て行こうかな……。
目の前の美しい男性に女として完敗した気分になって落ち込んでいると、その彼は続けて話しかけてくる。
「商談でいろんな人に会うけど、中には香水がどきつい人とかいるでしょ。匂いに敏感だから、苦手なんだよね。その点、結城さんは自然な感じでいいよね」
――倉木さんは褒めてくれているのだと分かるけど、女子としてこれってどうなんだろう……? 香水が臭いのは私も嫌だけど、ある程度身だしなみとかは大事だよな~。やっぱりデパコス買って帰らなきゃ。
「……」
私の気分が落ち込んだことに気づいた彼は、慌てて話題を変えたようだった。
「おっと、社内の説明がまだだったよね」
「あっ、はい。よろしくお願いします」
――倉木さんが話題を変えてくれて助かった。これ以上、無様な自分を認識したくない……。
彼は会社の組織図や部署の役割と場所、コンマと関わりが多い部署の説明をしてくれた。一通り説明が終わったのか、彼が腕時計をチラッと確認して「あと30分くらいは時間潰さないといけないかもなー」と一言。
手元の腕時計を見ると、社内の案内をしてもらってから30分ほど経っていた。
――倉木さんが案内してくれるままに着いてきたけど、営業って外回りとかで忙しいんじゃなかったっけ? もしかして無理させてしまっているのかも……。
結愛の心にどっと不安が押し寄せてきた。不安を頭から追い出すためにも、勇気を振り絞って彼に聞いてみることにした。
「あの、倉木さんお仕事の方は大丈夫ですか? 私につきっきりでご迷惑おかけしていませんか?」
不安を口にしてみると、彼から意外な答えが返ってきた。
「もちろん大丈夫ですよ。今日は商談はないですし、自分の仕事を後回しにしてまでお付き合いしているわけではないので。それに、今日は貴重な機会を得られたので価値ある日になりました」
「はぁ……、ご迷惑でないなら良かったです」
結愛は彼が最後に言った言葉の意味が分からなかったが、深掘りしない方がいい気がして、あえて触れなかった。彼もそれ以上は何も言わなかった。
何を話せばいいのか分からず、ストローでアイスティーを一気に飲むと、ズズーッと空回りした音がカフェに鳴り響く。
――恥ずかしい。大人がズズーッと音を鳴らして飲むなんて……!
ゆっくりと顔を上げて彼を見ると、ニコッと笑顔を見せる。
「まだ時間があるので、お代わり持ってきますね。同じものでいいですか?」という問いに、結愛はコクリとうなずいていた。
――穴があったら入りたい!
カフェ内をキョロキョロと見回すと、誰もこちらを見ている人はいなかった。ホッと胸をなでおろし、小さく深呼吸をして呼吸を落ち着かせる。
――それにしても営業さんってホントに何もかもスマート! 私があんな盛大な音を出しても、嫌な顔一つ見せずに笑顔でお代わりの対応をしてくれるのだから。営業という仕事柄もあるのだろうけど、やはり35の大人の男性となれば、こういうのは慣れているんだろうな。女慣れしているというか……。それはそうだろう、35なんだから恋愛経験は豊富だろうし、今も恋人か奥さんがいるかもしれないし。いやいや、私は何を考えているんだ。今日会ったばかりの人に……! 倉木さんは仕事で対応してくれているだけなんだから。変な期待はしちゃダメだ。それに派遣先で社内恋愛なんて、まずいだろう。そもそも倉木さんの恋愛対象には入らないんだから。やめやめっ! 煩悩退散……! 不埒な思考よ! 消え去ってしまえ~!!!
澄ました顔で景色を見ている振りをしながら、頭の中では煩悩を打ち消そうと必死でいた。煩悩が脳裏から薄れてきた頃、彼の戻りが遅いことに気づき、カフェ内を見渡すと1人の男性と会話している姿を見つけた。
離れた場所に居たから会話の内容まではわからなかったけど、彼は親し気に彼の肩に腕を回して冗談を言っているようだった。彼は雑に彼の腕を振り払い、何か言い返しているように見える。彼の態度が急変し、彼に手を合わせてすがるような眼差しで何か話している。何かをお願いしているのか、謝っているのかはわからない。まぁ、私には関係のないことだから、視線を窓の外に戻して再び景色を眺めることにした。
数分後、彼は席に戻ってきて、アイスティーを手渡してくれた。
「遅くなってごめんね、ドリンク待っている間に同期に捕まってね。彼は経営企画部なんだよ」
「そうなんですね……!」
彼は苦笑いしながら「ごめんね、興味ないよね?」と口にする。
――あれっ? 私ミスった? ここは社会人として、流すべきところじゃなかったの? う~ん、久々の社会復帰でコミュニケーションの肌感覚衰えているのだろうか?
何とかフォローする言葉を言わなければと思い、いつも以上に頭を回転させる。思い浮かんだ言葉を伝えてみる。
「いえ、そういうわけでは……。何となく同期の方かな? っと思っていました。やはり、そうだったんですね。チラッと見ただけでも仲良さそうに見えましたし」
彼は良い反応をもらえたと思ったのか、笑顔で結愛の返答に応える。
「彼とは腐れ縁でね。学生時代からの付き合いなんだよ。2人ともUターンでね」
「そうなんですか。地元はこちらなんですね」
「大学は東京で、そのまま就職することも考えたんだけど、縁あって静岡に戻ってくることにしたんだよ。そしたら、あいつも着いてきてさ」
「本当に仲がいいんですね」
学生時代からの付き合いということもあり、彼は営業用の話し方から砕けた話し方になっていた。
――営業用の話し方も丁寧で洗練された大人って感じでいいけど、砕けた話し方もいいな。いやいや、まだ仕事中だって……!
業務中であることを思い出し、姿勢を正して緩んだ気を引き締めた。
それから彼がコンマに居たときの話や任されるであろう主な業務内容などの説明を聞いていると、あっという間に30分が過ぎていた。
彼が腕時計を見て「そろそろかな。1度コンマに戻ってみようか」と提案してくれる。結愛は「はい」と答え、静かにうなずいて見せた。
残りのアイスティーを勢いよく飲み干そうとストローに素早く口を付けると、彼が「慌てなくていいよ」といたずらに笑いながら声をかけてくれる。さっきの醜態を思い出し、顔の温度が再び上昇する。
――せっかく忘れてたのに~! さっきまで大人の対応をしてくれていたのに、いじわるしてくるなんて……! 恥ずかしすぎる。
音を出さないように気を付けて飲もうとするが、先輩を待たせるわけにはいかず、ササッとアイスティーを飲み干した。
「すみません! お待たせしました」
「じゃあ、戻ろうか」
「はい!」
再びエレベーターに乗り込むと、彼が「人の価値は何で決まると思う?」と唐突な質問を投げかけてきた。結愛は突然の質問に驚き、頭は真っ白になった。何か答えようと思うが、頭の中は空っぽで何も浮かばない。
――なんて返せばいいの? これはテストなの? どう答えるのが正解だろう? それにしても唐突すぎじゃない? 私たち初対面だよね? 返答内容で私の今後が左右されるんだろうか? どうしよう、何も思い浮かばないや。
どう返せばいいのか分からない結愛は、下を向いたり上を向いたりしてオロオロするしかなかった。
「これは俺からの宿題ね。また会ったときに答えを聞かせてよ」
「……はぁ、分かり…ました」
――ちょっと待って……! 初対面の人間に哲学のような質問を普通するだろうか? 私なら絶対にしない。人あたりよくて営業部のエースというから真っ当な人だと思い込んでいたけど、本当は裏の顔があったりして……。変な宗教とか紹介されないよね……? 何だか怪しい人間に見えてきて、背筋に悪寒が走る。いやいや、そんなわけないか。いくらなんでも考えすぎでしょ。
頭の中に悪魔と天使がいるかのように、それぞれ真逆の意見が結愛の頭をいっぱいにした。頭が混乱している結愛を横目に、彼はニコッと微笑む。いよいよ結愛の表情が影ってきたのを感じたのか、「さて、MTは終わったかな~」とさりげなく話題をすり替えてしまう。
結愛はとりあえず彼からの課題を棚上げし、目の前のことに集中することにした。
コンマのある5階でエレベーターを降りると、彼はスタスタと前を行く。数歩遅れて、結愛も彼の後を追って歩いていく。
彼がコンマのドアを開けると、さっきは静まり返っていた部署に明るい話し声が響いてた。どうやらMTは終わったようでホッとする。
「お疲れ様でーす。柏木さんいますかー?」という彼の第一声が部署内に響く。
「悪かったな! 倉木。さっき裕子から聞いたよ。助かった」
「いえいえ、俺もちょうど休憩したかったんで、助かりました」
「おぉ、さすが営業部のエースは言うことが違うな!」
「からかわないでくださいよ。勘弁してくださいって」
緩い雰囲気になったと思いきや、2人とも真剣な表情に切り替わり、仕事モードがオンになったようだった。
「それでどこから引き継げばいいんだ?」
「社内の案内や会社の組織図、関連部署の説明、コンマの主な業務内容は説明済みです」
「助かるよ。だとすると、後は彼女に任せる具体的な業務内容を説明すれば終わりだな」
「えぇ、そうですね。あと共有サーバーの中身もお願いします」
「わかった。で、俺に用があったんだよな?」
「大した用ではないんですけどね。この件です」
「あぁ、これか。分かった、営業部長には俺から話しておくから進めておいてくれ」
「分かりました。では部に戻って、そのまま伝えておきます。後は頼みます」
「あぁ」
一通りの引き継ぎと彼本人の用事が済んだようで、2人の視線がこちらを向く。
「こちらが結城さんです」と彼が紹介してくれる。
「はじめまして、明日からお世話になります、結城結愛です。よろしくお願いいたします」
「今日は案内ができなくて悪かったね。コンテンツマーケティング部部長の柏木です。ここからは僕が業務内容を説明するので、奥のMT室に行っていてくれるかな? 資料を準備次第僕も行くので」
「はい。分かりました」
「じゃあ、結城さん。俺はここで」
「今日はありがとうございました」
「じゃあ、また!」と言い、彼はコンマのオフィスから出て行った。
彼の形式な挨拶に物足りなさを感じつつも、最後の「また!」というのが気になって仕方ない結愛だった。
――「また!」ってことは、さっきの難問の回答をしないといけないのかぁ。あぁ~あ何て答えよう……。
柏木部長の指示通り、ひとまずMT室に向かうことにした。
MT室に入ると、先ほどの彼から説明を受けたときにミーティングで使用する部屋だと言っていたことを思い出す。ガラス張りで景色が見渡せる執務スペースと違い、MT室は窓のない空間だった。室内には楕円型のテーブルと6脚の椅子、奥の壁には大きなスクリーンが設置されていた。両サイドには腰の高さほどの棚が備え付けられている。壁はどうやら防音効果のある素材が使用されていることが素人目にも分かった。
問題はどこに座ればいいのかということだ。奥にはスクリーンがあり、下りたままになっている。通常なら奥の席に上司が座り、ドアから近い席が末席になるのが一般的だから、末席に座るのが正解だ。だが、スクリーンが下りたままであることを考えると、説明時にスクリーンを使用する可能性が考えられる。
――となると、上司にはスクリーンが見やすい席を選ぶはずだ。それに、日本は左上位と聞いたことがあるから、上司の右隣の席を選ぶのが正しいはず。柏木さんの正面の席に座ろう。
1~2分すると、柏木部長がMT室に入ってきて「なるほど」と小さくつぶやいた。そのつぶやきは結愛には届かないくらい小さな声だった。
彼は、営業マンのような作り笑顔をして話し始めた。
「まずはこちらの映像を見てもらいます。時間は5分程度です」と言い、プロジェクターのスイッチを入れ、下りたままのスクリーンに映像が映る。
――よし! やっぱりスクリーン使うじゃん! 良かった、この席にしといて……。
彼はMT室のドアを閉めて照明を消すと、映像を再生した。再生された映像はコンマの役割を簡単にまとめたものだった。想像以上の大きなプロジェクトに携わる機会もあるようで、アシスタント業務をこなせるのか不安でいっぱいになった。
映像を見終わると、すぐさま彼はMT室の照明を点けてドアを開ける。
「コンマBの大まかな業務は理解してもらえたと思う。次に、結城さんに任せたい業務内容について説明します」
「はい、よろしくお願いします」
「結城さんはWebライターとしての経験があるそうですね。SEOの知識はありますか?」
「はい、ただ正直なところ独学なので自信はあまりないのですが……」と自信がないことを正直に話した。
こういうときは下手に取り繕うよりも分からないことは分からないと言う方が相手もこの後のことを想定しやすいことをこれまでの社会経験で学んでいた。
だが、コンテンツマーケティングのアシスタントになることを考えれば、事前に知識を身に付けておくなどできただろう。頭の中は自分を卑下する言葉ばかりが浮かび、プロ意識が低いと怒られるかもしれないと思うと、上司である彼の顔を見れなくなった。
だが、彼の反応は意外なものだった。
「正直でいいですね。経験者の中には知っていることを理解していると勘違いする人間もいる。大人になると分からないことを素直に言えない人間も少なくない。分からないまま仕事を進めれば、いずれ壁にぶち当たり、周囲に迷惑をかけることになる。その点、結城さんは正直でいいと思います。半年という短い期間ですが、ここでコンテンツマーケティングの知識やスキルを身に付ければWebライターとして独立する際の強みになります。スキルアップはこの部署への貢献に繋がるので、分からないことがある場合は正直に伝え、教えられたことは素直に実践してみてください」
「はい、ありがとうございます。1日でも早く即戦力になれるよう正しい知識やスキルを身に付けるよう努めます。ご指導の程よろしくお願いいたします!」
「はい、これからよろしくお願いします」
「では今日はここまでです。明日から10時に出社してください」
「はい、分かりました。明日からよろしくお願いいたします」
MT室を出ると、部署内には誰1人いなかった。
「皆さん、お忙しそうですね」
結愛が柏木部長に話しかけると、彼は腕時計を見てからこちらを向いた。
「倉木にカフェを案内してもらったかな?」
「あっ、はい。飲み物をご馳走していただきました」
「座席数はあるけど、何せ社員に人気だから昼休憩と同時にオフィスを出ると混雑して席を見つけるのが大変なんだよ。最低1人は電話番で残り、その他は早めのランチタイムを取るのがウチのルールでね。今日は僕が電話番なんだ」
「そうでしたか、では明日改めて皆さんにご挨拶させていただきます」
「そうだな。あー、それと結城さんの席はあそこを使って」
彼が指差したのは倉木から言われていたブース横の座席だった。
「はい、分かりました」
「貴重品は鍵付き棚の8番を自由に使っていいから。就業後は鍵を棚につけたまま退勤して。じゃあ、お疲れさま」
「お疲れさまでした。お先に失礼します」