11.王宮の中庭
ユナはレナートとの会談を無事に終え、オヴェールの案内で中庭へ出た。
すると前から1人の男性が歩いてくるのが見えた。その男性はオヴェールに気付くと、親しげに声をかけてきた。
「オヴェール、君が中庭へ来るなんて珍しいな!」
「いや、公爵令嬢のユナ様をレオリオ殿下の元へ案内している途中だ」
「殿下に?」
「あぁ、レナート殿下は急務で忙しく、昼食はキャンセルされたのだ。中庭へ案内するように言われ、ここへ来た。レオリオ殿下はいつもの場所におられるのか?」
「あぁ、そういうことか! それなら俺がユナ様を案内するよ」
「だが……」
オヴェールはユナの方を振り返り、返答に困っているようだった。
「私でしたら、大丈夫です。レナート殿下はお忙しく、オヴェール様がお戻りになるのをお待ちになっているでしょう」
「気遣いいただきありがとうございます。お言葉に甘えさせていただきます」
「えぇ、お構いなく」
「レオリオ殿下の元へはこの者が責任をもって案内いたしますので」
「ユナ様、お初にお目にかかります。私、レオリオ第2王子の側近エヴァンと申します。ここからは私がこの命に代えてもユナ様を殿下の元へご案内いたします!」
「頼んだぞ、エヴァン」
「オヴェール、任せてくれ。では参りましょう」
「えぇ、お願いするわ」
エヴァンはユナに向かって子どものようなにっこり笑顔を見せた。
オヴェールはその場に立ち尽くしたまま2人が歩き去るのを後ろから眺めている。
「殿下はどういうつもりでおられるのか……。はぁ~、私が悩むことではないか……」
2人の姿が視界から消えると、来た道を戻ってレナートのいる書斎へ向かった。
エヴァンは寡黙なオヴェールと違い、一息つく間もないほどおしゃべりな男だった。
「レオリオ殿下は普段、この時間に中庭で過ごされることが多いのですよ。公務のない時間はほとんどと言ってもいいほど中庭で過ごされているのです。ユナ様がいらしたと知ればお喜びになるでしょう」
「レオリオ殿下は本当に自然がお好きなのですね」
「えぇ、幼い頃はレナート殿下とよく一緒に走り回っておられました。お母上である前王妃は花がお好きでいらしたため、中庭に出てご自分で花の世話をしておいででした。レオリオ殿下は前王妃との思い出が詰まったこの中庭がお好きなのです」
「前王妃陛下はご自分で花の世話をしていらしたのですね。それで……。」
「あぁ、そうだ! 先日公爵家から戻られてから、国王陛下に願い出て中庭の一角を譲り受けたのですよ。その場所には見上げるほど大きな木がありまして、そこにツリーハウスを……! しまった、この話はしてはいけなかった!!」
エヴァンは失言してしまったというような分かりやすい表情をして、大げさに手で口を押さえていた。さらに「はぁ~、この口め!」と言いながら、片手で自分の口を軽く叩く始末。どうやら、レオリオから口止めされていた話をしてしまったことを反省しているようだった。
ユナは忙しなく表情が変わるエヴァンに驚いていた。
すると、エヴァンが懇願するように両手を合わせてユナの前で拝むポーズをして頭を下げてきた。
「ユナ様、どうか今の話は聞かなかったことに!!」
「エヴァン様、頭をお上げください! 今の話とは何のことでしょう? 実は今、少し考え事をしていたので何も聞いておりませんでした」
ユナが微笑みながらそう言うと、エヴァンはホッとした表情に変わった。
「ユナ様、ありがとうございます! 私は日頃から殿下に『しゃべりすぎだ』と指摘を受けているのです。今日もまたやらかしてしまった……。ユナ様がおやさしく聡明なお方で本当に良かったです」
「レオリオ殿下はお厳しい方なのですか?」
「まさか!! 殿下は誰に対してもおやさしい方です。いつも殿下は『民の暮らしをよく知っておくべきだ』と言い、度々お忍びで街を視察されています。子どもと遊んだり、お年寄りの荷物を家まで運んだりと、それはそれは民にやさしく接しておられるのです。政に関してはレナート殿下に気を遣われており、一切干渉しないようにしておいでです。ですが、殿下ほど民の暮らしを気にかけている方はおられないでしょう。ここだけの話ですが、殿下はご自身の私財で戦争孤児を保護する施設も運営されております」
「レオリオ殿下は素晴らしい御方ですね。ご自分の私財を孤児たちのために使われておられるなんて、恥ずかしながら存じ上げておりませんでした」
「ユナ様がご存知ないのは当然でございます。殿下は身分を隠して支援されているのですから」
「まぁ、そうでしたの……。殿下はとても素晴らしい方だわ。ですが、なぜご自身の身分を隠したまま支援されているのでしょうか?」
「それは、レナート殿下に気を遣われているのだと思います。直接殿下から聞いたわけではないので、あくまでも私の推察にすぎませんが、3代前の国王陛下が崩御されて王位継承権を持つ2人の王子が争い、内紛に発展した歴史を繰り返さぬためでしょう」
「……それは先のアスティア内戦の話ですね」
「よくご存じで。そうです、腹違いとはいえ実の兄弟が王位を巡って戦争にまで発展しました。実のところ、王子たちの背後には敵対し合う貴族たちの勢力がおり、王子を陰から操っていたと言われています。レオリオ殿下もレナート殿下も先の内戦の歴史を幼い頃より陛下から聞かされていたのです。レオリオ殿下はレナート殿下のことを慕っております。それゆえ、レナート殿下の対抗馬として担ぎ出されることをひどく恐れているのです。たとえ両殿下に争う気持ちがなくとも、国を支える貴族たちが二分してそれぞれの王子を擁立すれば戦争は避けられないでしょう」
「……」
ユナは歴史の授業でしか知らなかった先の内戦の実情に触れ、言葉を失っていた。
「あぁ! すみません!! ユナ様。このような話をご令嬢にするなんて!!」
「いえ、レオリオ殿下のお人柄はもちろん、人として尊敬に値する素晴らしい御方だということが分かりました。お話くださり、ありがとうございます」
エヴァンはホッとした表情に変わり、再び歩き出す。
中庭はどこも美しく咲き乱れる花でいっぱいだった。品種や色ごとに分けて植えられているようで、手入れがよく行き届いているのが分かる。
しばらく歩くと開けた場所に出た。その場所は低木で囲われており、その中には無数のひまわりが咲き乱れている。入口の両サイドにはやや大きな木が1本ずつ立っており、長く伸びた幹の一部が編み込まれて葉が茂る緑のアーチが佇んでいた。
エヴァンがアーチの前で止まり、後を歩くユナに振り返る。
「ユナ様、殿下はこちらにおられます。では参りましょう」
「えぇ」
緑のアーチをくぐるとまっすぐ奥に通じる道には、レンガのように四角く加工された石が規則正しく敷かれている。石畳の道の両側には背の高いひまわりがぎっしり植えられていた。視界は一面のひまわりで覆われていて、奥に何があるのか見当もつかない。
ユナは緊張する一方で、この先にどんな光景が広がっているのか期待を膨らませていた。
百メートルほど歩くとひまわり畑を抜け出て、開けた場所に出る。そこには花は植えられておらず、自然の野草が広がっていた。奥には1本の大きな木があり、下に大きな傘のようなものとカフェテーブル、イスが1組置かれている。数メートル離れた場所には小さな2階建ての建物がある。
しかし、肝心のレオリオの姿は見えない。
「殿下はこちらにおられるのですか?」
「えぇ、普段はあちらに座られてお茶を嗜んでおられるのですが、今日は中で過ごされているようですね」
「中?」
「はい、あの大きな木の横にある小屋です。おそらくあちらでお過ごしなのでしょう」
「あの小屋の中には何があるのですか?」
「あの中には……。よろしければご自身の目で見られてはいかがですか?」
「殿下がいらっしゃるのに、勝手に入るのは失礼ではないかしら?」
「ユナ様でしたら、大丈夫でございます。私は外で待機しておりますので、どうぞ中へお入りくださいませ」
「……そうね、では行ってくるわ」
「はい、後ほどお声がけさせていただきます」
「えぇ、分かったわ」
エヴァンは来た道を戻っていった。
ユナはエヴァンが小屋の中まで案内しないことに不信感を抱いたものの、レオリオの側近が王宮内で怪しい行動を取るはずがないと考え、エヴァンの言葉に従うことにした。小屋の前まで来たが、誰かがいる気配が感じられない。
――エヴァンはああ言っていたけれども、殿下が中でお休みになっていたら邪魔にならないかしら? でも、ここまで来たのなら行くしかないわね。ノックをして返事がなかったら入らずに戻ることにしよう。
ユナはドアの前に立ち、コンコンとノックする。すると物音のしない小屋の中から、聞き覚えのある声がした。
「あぁ、中へ入ってくれ」
――レオリオ殿下の声だわ。エヴァンが言ったようにこちらで過ごされていたのね。入室の許可はいただいたから入っても構わないわよね。
ユナはドアを開けて小屋の中へ入った。
小屋の中は木のにおいが充満していて、作り立ての建物であることがすぐに分かった。壁にはコートや帽子をかけるためのフックが備え付けられている。すぐ目の前にはドアがあり、まるで小さなエントランスのようだった。
ドアを開けるとすぐ目に入ったのは大開口のガラス壁だった。ガラス壁にはアーチ状の出入口が設けられており、そこから外へ出られるようになっている。ガラス壁に近づくと、遠くに海が見えた。遠景に目が釘付けになっていると、再び声がした。
「私は上だ。上に来てくれないか」
――レオリオ殿下はいつもと違う話ぶりだわ。殿下は私が中庭にいることを知らないから、きっとエヴァン様と勘違いしているのかもしれないわ。先に私から声をかけた方がいいかしら? まぁ、会えば分かるわよね。
部屋の奥に階段を見つけると、2階へ続く階段を静かに上り始めた。ドレスの裾を踏まないように両手でドレスの両端を掴み上げ、細心の注意を払って階段を上り終えた。
階段を上がると廊下やドアはなく、1つの部屋に出た。2階は1階と同じガラスの壁が配置されており、その奥のデッキにレオリオが立っていた。
レオリオはデッキの柵に両手を置いたまま、遠景を楽しんでいるようだ。ユナの足音に気付いたのか、レオリオが後ろを振り返る。
ユナはデッキのそばまで移動し、ドレスの両端を指で少し摘み上げて丁寧に一礼した。
「レオリオ殿下にご挨拶申し上げます。突然の来訪をお許しください」
顔を上げると、レオリオは驚いた表情をしていた。
「ユナ嬢? なぜここへ?」
「実はレナート王太子殿下と会談の日でして、レナート殿下に急な公務が入られて急遽昼食会は中止になったのです。レナート殿下が『レオリオ殿下がちょうど中庭にいる頃だから、見ていくといい』とおっしゃられたもので、オヴェール様に案内していただいていたのです。途中でエヴァン様にお会いし、こちらへ案内していただきました」
「なるほど、そういうことだったか! 最近の兄上は特に忙しそうだ。決してユナ嬢を無下に扱っているわけではないのだ。兄上のお立場を理解してくれると助かる」
「もちろん不満など一切ございません。レナート殿下は誠実に私と向き合ってくださいましたし、短い時間でしたがお話できて良かったと思っています」
「……そうか、それは良かった! それならば兄上に気兼ねなく、ユナ嬢をエスコートしても良いのだな?」
「殿下がお忙しくなければ、中庭のご案内をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ! 今日はすでにやるべき公務は終えている。私のことは気にせずとも大丈夫だ。まずはこの小屋から見える景色を紹介しよう。さぁ、こちらへ来てみてくれ」
「はい、とても素敵な小屋ですね」
ユナはレオリオに促され、外のデッキに出る。
「まぁ、1階からは遠くに海が見えましたが、ここからは王都も一望できるのですね」
「あぁ、そうなんだ。夕焼けが海に沈んでいく時間が一番美しいんだ。まるで太陽が水平線に吸い込まれていくようでね。ただひたすらここに立って、夕焼けをボーっと見ていると心が休まるんだ」
「えぇ、きっとその光景はとても美しいのでしょうね」
「あぁ! あそこに見える木は先々代の王妃が植えたもので、私は幼い頃からこの場所が気に入ってな……。そうだ、実はこの小屋はユナ嬢が私に教えてくれたツリーハウスからヒントを得て建てたのだ」
ユナは先ほどエヴァンが言っていたことがこの小屋のことだと分かって、笑みがこぼれてしまった。
「……? ユナ嬢?」
笑いを堪えるユナの表情を見て不思議に思ったレオリオが心配げにユナの顔を見つめている。
「いえ、すみません。そうでしたの。殿下の小屋は私のツリーハウスよりも素敵な家ですわ」
「ユナ嬢にそう言ってもらえてうれしいよ。あぁ、そうだ! こっちに来てくれないか」
レオリオはそう言い、ユナの手を取って室内へ入る。
室内には備え付けのソファがあり、大人1人が足を伸ばして横になっても余裕のある大きさだ。
「ここに座ってくれないか」
レオリオは手をつないだままユナとソファに座り、頭を背もたれに付けるように深く座った。
ユナが座るのを躊躇していると、レオリオが再び促す。
「ユナ嬢、どうした? さぁ、ここへ座ってくれ」
「はい……、では失礼します」
「あぁ」
レオリオは笑顔でユナがソファに座るのを見守っていた。
「ユナ嬢、少々行儀は悪いが、私と同じように背中を背もたれに付けて座ってみてくれ」
「はい、こうでしょうか?」
「あぁ、そうだ。そのまま顔を天井に向けてみてくれ」
「天井を? まぁ!」
ユナが天井を見ると、ソファの上は大きな天窓が設置されていた。天窓からは青空と流れる雲が見える。
「これもユナ嬢のツリーハウスを参考にさせてもらった。今更だが、許可もなく真似させてもらってすまない」
「そんなことございませんわ! 私のツリーハウスとは比べ物にならないほどとても素敵ですわ」
「そう言ってもらえるなら有難い。ユナ嬢のツリーハウスはユナ嬢にとって大切な想い出の場所だ。許可を得ずに似たものを作るのは不躾だった。だが、私にとってあのツリーハウスで過ごした時間はとても特別なものなのだ。公爵家から王宮に戻ってからも、あのツリーハウスのことが頭から離れなかった。どうしてももう一度、あの日のような時間を過ごせる特別な場所を作りたくなったのだ。決してユナ嬢の想い出の場所を愚弄しているわけではないのだ」
「もちろん分かっております。あの日、ツリーハウスを降りてこられた殿下が清々しい表情をされたのを見ております。ツリーハウスを気に入っていただけて、私もうれしいです。どうか気になさらないでください」
「ユナ嬢、ありがとう。ここを君に一番最初に見てもらいたかったんだ……」
2人の目が合い、レオリオはじっとユナの瞳を見つめた。その瞳には一切の曇がなく、紫の瞳が透き通っている。ユナはじっと見つめられているのが耐えられなくなり、俯いてしまった。
「ユナ嬢?」
「あの、殿下……その……手が……」
「ん? 手?……! すまない、つい夢中になっていて気が付かなかった!」
レオリオはユナの手を繋いでいることに気づき、パッと手を離した。
レオリオもユナも顔を真っ赤にさせて、俯いてしまった。沈黙が続き、レオリオが顔を上げてユナに話しかけようとしたときだった。
コンコンと小屋の外のドアをノックする音が聞こえた。
「殿下~! そろそろお食事の時間ですよ~! 今日はこちらに運びますか?」
レオリオは「ふぅ~」と小さく溜息をつき、いつもの落ち着いた表情に戻っていた。まだ俯いたままのユナに声をかける。
「ユナ嬢、このあとお時間はあるか?」
「あ、はい。もともとレナート殿下と昼食をご一緒する予定でしたので、まだ大丈夫です」
「そうか、それは良かった」と言い、レオリオはデッキに出てエヴァンに声をかけた。
「エヴァン! 今日は木の下で食事をとる。2人分の準備をしてくれ!」
「承知しました~! すでにお2人分ご用意しておりますので、こちらへ降りて来てくださいませ~」
「あぁ、分かった。今日は随分と用意周到だな!」
「殿下~、それなら仕事が早いと言ってくださいよ~」
「……まぁ、いい。今からそちらへ行く」
「承知いたしました~」
レオリオの指摘も何のその、エヴァンは主に対する言葉としては砕けた言葉を使用している。レオリオは飽きれた様子だが、エヴァンの話し方を注意する気はないようだ。レオリオのことだから普段から砕けた言葉で話すように言っているのだろうとユナはそう思った。
レオリオの後をついて行き、階段を降りて木の下のカフェテーブルがある場所へ移動した。
カフェテーブルには白い布がかけられていて、2人分のグラスやカトラリーが並べられている。
ユナが椅子のそばに近づくと、すぐさまレオリオが椅子を後に引いて紳士らしいエスコートをした。ユナが椅子に座った後にレオリオが向かいにある椅子に座ると、エヴァンが料理の皿を運んできた。
料理を並べると、2人から少し距離を置いた場所で待機していた。
「さぁ、ユナ嬢。遠慮なく召し上がってくれ」
「はい、殿下。お言葉に甘えていただきます」
ユナが料理を口にすると、レオリオは少し誇らしげにシェフの話をする。
「公爵家のシェフの料理も絶品だったが、王宮のシェフの料理もなかなかだぞ」
「はい、本当に美味しいです。この前菜は初めての味です。素材とソースの味がマッチしていてとても美味しいです」
「ユナ嬢の口に合ったようで良かった。この後の料理もぜひ堪能してくれ」
「えぇ、とても楽しみです」
それからユナとレオリオは食事をしながら、それぞれの好きなものや好きなこと、日々の過ごし方など、お互いをより深く知る質問を相手に投げかけ、それぞれが相手の質問に真摯に答えたのだった。
出会った頃よりもレオリオのことを知ることができ、レオリオにもユナ自身のことを知ってもらうことができて、ユナの心は満たされていた。ユナはようやく緊張がほぐれ、不思議と公爵家の屋敷にいるような安心感を抱き始めていた。
そのとき、エヴァンのもとに手紙を持つ使用人が1人近づいたのが視界に入る。エヴァンは手紙を受け取ると、レオリオのそばに寄り声をかけた。
「お食事中失礼いたします。殿下、あの方が急遽お越しになるそうです」
エヴァンはレオリオに手紙を渡した。
レオリオは手紙を読み終えると、ユナの方を見て口を開いた。
「ユナ嬢、すまないが少し席を外させてもらう。時間が許すなら、私が戻るまでここでゆっくり過ごしてくれるとうれしいのだが」
「はい、分かりました。今日は特に急用もないので、お言葉に甘えてこちらで過ごさせていただきます」
「良かった。ぜひそうしてくれ。近くに使用人を控えさせておくので、何かあえばその者に言ってくれ。では、私は行くよ」
「はい、殿下のお心遣いに感謝いたします。殿下、いってらっしゃいませ」
「……」
「あの、殿下? どうされたのですか?」
「いや、『いってらっしゃい』と言われたのが久しぶりで……。最後に言われたのはいつのことだったか……。では行ってくる」
レオリオは複雑そうな表情を一瞬見せたものの、すぐにいつもの凛々しい表情に変わり、エヴァンとその場を去った。
レオリオが去った後、ユナは1人で残りの料理を食べ終えた。
第2王子付きの使用人が食後の紅茶を入れてくれる。
遠くに見える海や王都の街並みを見ながら、ゆっくり過ごしていた。使用人が食器を厨房に運ぶと言い、この場を去ると、ユナはこの空間でたった1人になった。
「誰かと過ごす時間もいいけれど、やっぱり1人で伸び伸びとできる時間は最高ね」
立ったまま遠景を眺めていると、後ろから足音が聞こえてきた。ユナは使用人が厨房から戻ってきたのだろうと、後ろを振り返る。
しかし、そこに立っていたのは使用人ではなく、全身黒ずくめの長身の男だった。黒髪で腰に届くほどの長髪に、切れ長の漆黒の瞳。いかにも怪しげな風貌だが、不思議とその瞳から目が離せない。
心臓の鼓動は一気に高鳴るが、警戒心とは違っていた。
それが何なのかはユナにも見当がつかなかったが、目の前にいる男から目が離せなくなっていた。




