8.王宮のパーティー
ユナは公爵夫妻とともに3人で王宮へ参内し、国王に拝謁する。
国王が最初の言葉を発すると、ベルナルドが挨拶をする。
「公爵、よくぞ参ってくれた!」
「国王陛下の命であれば、どこへでも駆けつける所存でございます」
「まったくベルナルド、堅苦しい挨拶はここまでにして……」
国王がベルナルドの2歩後ろで控えるレリアナとユナの方へ視線を向けて、まるで「早くお前の娘を紹介してくれ」と言わんばかりに、ベルナルドへ目で合図を送った。
「陛下、わが妻のレリアナと娘のユナでございます」
「国王陛下、またお目にかかれて光栄でございます」
まずはレリアナが1歩前に出て国王へ挨拶をする。
「おぉ、レリアナ。そなたはいつ見ても美しいな」
「私など、王妃殿下のお美しさの足元にも及びませんわ。おほほほ……」
「そちは昔から変わらぬな……」
国王は使用人に部屋から退出するよう合図すると、側近1人だけをその場に残して他の者は国王の間から出て行った。使用人たちが全員退出したのを確認し、ユナへ目線を移して声をかけた。
「そなたがユナだな。幼い頃に会ったが、すっかり大きく成長したな」
「国王陛下、ご機嫌麗しゅう。ユナでございます」
「うむ、国王の前だというのに、そなたは毅然とした態度で挨拶をした。私が思ったとおり、良い娘に育ったなベルナルド」
「もったいなきお言葉でございます」
ベルナルドが再び口を開き、「陛下のお言葉どおり、我が娘は……」と言いかけたときだった。
「『我が娘は私の宝物でございます』だろ? もう耳にタコができるほど何度も聞いているぞ、ベルナルド」
「これは陛下に1本取られましたな……あははは……」
「あなたったら……うふふふ」
先ほどまで真剣な眼差しで挨拶をしていたベルナルドは突然笑い、レリアナもいつものように笑っていた。
ユナは、軽々しく陛下と笑い合う両親の姿を見て驚き、言葉を失ってしまった。
しかし、国王もベルナルドたちの態度に腹を立てる様子はなく、親しい友人に見せるような穏やかな笑顔をしていた。
ユナがレリアナから後で聞いた話だが、ベルナルドは国王とは旧知の仲であったため、お互いに我が子の自慢話をしていたという。
国王は再びユナへ視線を向け、今回王宮へ呼んだ本題へと入っていった。
「ユナよ。結婚の話はベルナルドから聞いているだろう。第2王子のレオリオと第2騎士団副団長のクレイドとは初対面を終えたと報告を受けておる。それで、ユナの意見を聞きたいと思ってな。実際に2人に会ってみてどうであった?」
――やっぱり今回の参内は私の結婚相手の件を直接報告させることにあったのね。良かったわ。陛下に報告する内容を考える時間は馬車の中でたっぷりあったから、事前に言うべきことと言わない方がいいことを頭で整理できたもの。
ユナは心の中で、参内してからの国王陛下との会話のシミュレーションをしていたのだ。レオリオとは婚約者候補としてまた次も会うことになるだろうと考えていたから、また会ってお互いのことを知りたいと伝えれば良いだろう。
「陛下にご報告申し上げます。レオリオ第2王子とはお互いに婚約者候補として引き続きお会いする機会を頂戴したいと存じます」
「ほう、そうかそうか。良いぞ良いぞ。では、クレイドはどうだ?」
クレイドについては注意が必要だ。お互いに結婚はしないと決めたものの、正直に話せばクレイドが国王の命令に背いたと罪に問われる可能性がある。とはいえ、国王相手に偽りを述べれば国王を欺いた罪でユナが裁かれてしまうかもしれない。
ここはベルナルドと話した通り、結婚相手から除外することは伏せたまま、素晴らしい方だと答え、無口な方であるためお人柄はまだ掴めていないと言うことにした。
「クレイド副団長様も第2王子に劣らず、素晴らしい方だと思います。ただ無口な方であるため、お人柄はまだ掴めておりません。もうしばらくお時間をいただきたく存じます」
「ほう、そうか……」
国王は何か言いたげだったが、特に詳しく聞いてくることはなかった。
「ユナよ。王太子とはまだ会っていないだろう?」
「はい、国王陛下」
「ベルナルドよ、2日後に王宮でパーティーを開くから、ユナを連れて3人で参加せよ」
「承知いたしました」
「ユナ、パーティーには王太子も出席するから、2人でゆっくり話すといい」
「国王陛下、ありがたき幸せでございます」
「ベルナルドは残るがいい。2人は下がっていいぞ」
レリアナとユナはベルナルドを王宮に残し、一度公爵家別邸に戻って2日後のパーティーの準備を大急ぎですることとなった。
パーティー当日の夕方。ベルナルドとレリアナ、ユナは王宮のパーティーに参加するため再び馬車に乗っていた。
王宮に到着すると、すでに多くの貴族が揃っており、貴族の上位に位置する公爵家が登場する番となった。案内係が読み上げた公爵家の名前が会場に大きく響いた。その瞬間、会場は静まり、誰もが尊敬の眼差しを向ける。
「公爵様だ」
「公爵夫人、今日もとってもおきれいですわね」
沈黙は一瞬のことで、会場に入ったベルナルドとレリアナの話題で再び賑やかになった。そして、パーティー参加者の1人が少女の存在に気づいた。
「公爵様の後ろを歩かれているのは公爵令嬢のユナ様では?」
「ユナ嬢は郊外の本邸におられるはずでは?」
「まぁ、あんなにお美しくなられて……。さすが公爵様と公爵夫人のお嬢様だわ」
「我が家門にお嫁に来てくださらないだろうか?」
「公爵令嬢だぞ! 私たちのような家門が求婚するなど畏れ多いぞ!!」
「せめて娘がユナ嬢のご友人であれば……」
一部の貴族たちはユナの姿を見つけるや否や、自分の子どもを公爵家とのパイプ作りに利用しようとその浅はかな考えを恥ずかしげもなく口に出していた。
ベルナルドやレリアナの耳にも貴族たちの会話は届いていたが、聞こえないフリをして颯爽と会場の奥へと歩いていく。
ユナも両親の威厳に満ちた態度に遅れを取らぬよう、気を引き締めて上品な微笑みを浮かべながら歩いていった。
公爵家が入場してしばらくすると、国王と王妃が入場された。貴族たちはユナの存在を忘れたように、次々と国王へ挨拶するために列に並んだのだった。
その様子を見ていたベルナルドはレリアナに「やれやれ、いつものことながら面倒な者たちだ」と小声で軽口を叩く。レリアナは表情を変えずに「言いたい者には言わせておけばいいのよ! 私たちが相手にする価値はないわ」とベルナルド以上にピシャリと正論を返したのだった。
2人の会話を密かに聞いていたユナは、ベルナルドと視線が合った。ベルナルドは何も言わず、笑顔でユナにウインクしたのだ。ユナは、ベルナルドがレリアナとの会話をわざと聞かせているのだと理解した。
――お父様は「他の者が言うことは気にする必要はない」と言いたいのね。そうね、結婚相手も友人も誰かに強制されたくはないわ。私が心から信頼できる人を選びたいもの。
「さぁ、そろそろ私たちも国王、王妃両陛下に挨拶に行こうか」
「そうね、頃合いね」
「……?」
レリアナが「頃合い」と言った意味は分からなかったが、黙って2人の後を着いて行くことにした。
ベルナルドたちの順番となり、国王と王妃のそれぞれに挨拶をした。
「ベルナルドか、よく来たな」
「国王陛下、王妃殿下。本日はお招きいただきありがとうございます」
「公爵夫人、久しいですね。元気にしていましたか?」
「王妃殿下、ご機嫌麗しゅうございます。お気遣いいただき、ありがとうございまう。お陰様でこうして元気でおります。本日も大変おきれいな王妃様にお会いできてうれしいですわ」
「まぁ! 私がレリアナの美しさを先に褒めたかったのに!! 先に言われてしまったわ……!」
「こら、他の貴族の目があるのだから、今は親し気に話すのは控えておかねば、王妃よ」
「分かっていますわ、陛下。レリアナにはいつも先を越されてしまっているのですよ。軽口1つ言わなければ気が済みませんわ」
「まったく……」
国王は飽きれた表情で王妃を見ていたが、その表情にはやさしさが滲み出ているのが分かった。
――国王陛下は王妃殿下のことをとても愛してらっしゃるのね。まるでお父様とお母様のようだわ。
ユナが両陛下の姿を微笑ましく見ていると、国王はユナに視線を向けた。
「ユナ嬢もよく来たな。社交デビューがこのような大きな場で驚いたであろう。緊張はしておらぬか?」
「国王陛下、王妃殿下。本日はこのように素晴らしいパーティーに招待していただき、ありがとうございます。少し緊張しておりますが、大丈夫でございます」
「そうか、王太子もそのうち来るだろう。楽しんでいくといい」
「はい、ありがとうございます」
「ユナ嬢、あなたがベルナルドとレリアナの愛娘なのね! レリアナに似て美人さんね」
「王妃殿下、お初にお目にかかります。私のような子どもにはもったいない言葉でございます」
「まぁ! さすがベルナルドの娘ね!! まだ若いのにしっかりしているわ。ユナ嬢がお嫁に来てくれたらうれしいのだけど……」
ユナの結婚相手探しは公表していないため、その話をするときに王妃は小声で話したのだった。
「王妃、さっき言っただろう……その話は」
「分かっているわ。だから、小声で話したのよ。陛下は気にしすぎるわ」
国王が王妃に言われっぱなしで、言い返さないところがまた微笑ましい。
ユナは表情に緊張感が出ないように気を張っていたが、両陛下の会話がその緊張感をほぐしてくれたようだ。
――王妃様は、緊張する私を気遣ってあのような会話をわざと見せてくれたのかもしれないわね。本当に外見も心も素敵な御方だわ。
国王と王妃への挨拶を終えて、ベルナルドとレリアナは他の貴族と話をしているため、ユナは1人になった。
パーティーが始まっても王太子は姿を現さず、代わりにユナの前に姿を見せたのは第2王子のレオリオだった。
「ユナ嬢、久しぶりだ。元気で過ごしていただろうか?」
「レオリオ殿下、ご挨拶申し上げます。先日は公爵領まで足を運んでいただき、ありがとうございました。おかげさまで家族皆健やかに過ごしておりました」
「そうか、それは良かった」
それから、しばらくの間レオリオとユナは歓談していた。レオリオは公爵家を出てから友人の邸宅での出来事をユナに話し、ユナは公爵家でどのように過ごしていたのかをレオリオに話した。
「ところで、王宮の中庭は見終わったか?」
「いえ、まだでございます。機会があれば見たいと思っておりました」
「ならば、私がユナ嬢を中庭に招待しよう」
「レオリオ殿下が案内してくださるのですか?」
「あぁ、もちろんだ。この間、ユナ嬢が公爵邸の中庭を案内してくれたのだから、次は私の番だろう」
ユナはレオリオからの突然の誘いに驚いたが、レオリオが寂しそうに語っていた王宮の中庭がどんな場所なのか気になっていたところだった。さすがに自分から「中庭が見たい」とは言い出せなかったため、レオリオからの招待はうれしい誘いだったのだ。
「えぇ、レオリオ殿下のご都合の良いときに誘っていただければ幸いです」
「あぁ、分かった。日程は改めて連絡するよ」
「はい、ありがとうございます」
レオリオからの誘いを受けたときだった。
会場にどっと歓声が上がった。会場にいる貴族たちの視線はある人物へ向けられていた。その視線の先には、レナート王太子がいた。
レナート王太子はブロンドのロングヘアにブルーの瞳で、意志の強そうな凛々しい姿が特徴的だった。颯爽と歩く姿が美しく、会場の令嬢はもちろん奥方たちの視線を釘付けにしている。貴族たちは次々と「王太子殿下」と声を上げ、王太子は手を振って微笑みを返していた。
レナートが目の前を通り過ぎようとしたとき、レオリオが「兄上」とレナートに声をかけると、レオリオの方へ顔を向けて静かにうなずいた。レナートはレオリオの隣にいたユナを一目見たかと思うと、すぐに前を向き、国王と王妃の座る玉座へ向かう。
レナートは国王と王妃に挨拶をすると、一直線にレオリオの元へ歩いてきた。
「レオリオ、お前がパーティーに参加するとは珍しいこともあるものだな」
「兄上……! 私は王子としての務めを果たそうと……」
レナートはレオリオの様子を伺い、隣にいるユナへと視線を向けた。
「君がユナ嬢か。私は王太子のレナートだ」
「王太子殿下、お初にお目にかかります。公爵の娘ユナでございます」
「国王からそなたの話は聞いている。今日は時間を取れないが、後日改めて話をする場を設けたいと思っているが、そなたはどうだろうか?」
「はい、もちろんでございます。しばらくは首都に滞在する予定ですので、王太子殿下のご都合に合わせて参内させていただきます」
「分かった。では、日程が決まり次第使いの者を送ろう」
「はい、承知いたしました」
レナートはその場に立ち尽くしたまま、何か考えているようだった。そしてレオリオの方へ視線を向けると口を開いた。
「レオリオ、久しぶりに顔を見せたのだから、お前も油を売っていないで王子の務めを果たしたらどうだ?」
レナートはレオリオの返事を待たずに、爽やかな笑顔を見せると他の貴族たちの元へ歩いていった。レナートはすぐに他の貴族たちに囲まれ、笑顔で話しをしている。
「はぁ~」
レオリオはレナートが去るや否や大きな溜息をつき、ユナのそばから離れようとしなかった。
「レオリオ殿下、他の方と歓談するので私のことはお気遣いいただかなくても大丈夫ですよ」
ユナは全く動こうとしないレオリオの姿を見て、第2王子をこれ以上引き留めてはいけないと思い、自分から会話を終わらせるように声をかける。
ユナの意図を理解したレオリオはこの場に居続ける理由を失ったことに気付き、落胆した表情を見せる。
「ユナ嬢……。やはり逃げ切れぬか……。では、私は兄上を見習って貴族たちの機嫌取りにでも行くよ」
レオリオは軽口を叩くと、ユナは微笑み返す。
「はい、第2王子殿下。どうぞ他の貴族たちにも殿下と歓談するチャンスをお与えください」
ユナはそう言い、レオリオに向かって丁寧なお辞儀を見せた。
「公爵令嬢にそう言われたら、断れないな……! では、私も歓談とやらをしてこよう!」
「えぇ、楽しい夜をお過ごしくださいませ」
レオリオはレナートに続き、他の貴族たちの輪に自ら入っていった。貴族たちは笑顔でレオリオを迎え入れていた。
ユナはレオリオが去ると、レナートのことが気になっていた。それは一目惚れとかではなく、レナートの笑顔の裏には何かあると直感的に感じていたのだ。
――それにしても、王太子殿下は爽やかな笑顔で貴族1人ひとりに丁寧な応対をしているけど、あの笑顔はどこか作ったような表情に思えるわ。なぜかしら? でも、性格が悪そうには思えないし……。何よりレオリオ殿下の兄上だもの。
レナート王太子はレオリオの同腹の兄である。性格は自由奔放で明るいレオリオとは異なり、冷静沈着で無駄を嫌う性格だと聞いている。
実は、親友のアメリアからレナート王太子に関する情報も共有してもらっていたのだ。武芸はレオリオの方が得意だが、レナートの方が頭は切れるという。人あたりは良く、民にもやさしい。そのため、次期国王として多くの民が期待しているようだ。
貴族たちからの評判も高く、大半が次期国王にレナートがなることを指示している。
レオリオもレナートが時期国王になることを推しており、王位継承において一切の問題はないと言う。兄弟仲も良く、血のつながりのない現王妃や王女とも良好な関係を築いているそうだ。
一見、順風満帆なように見えるが、ユナは何かが引っかかると考えていた。ユナはそれが何なのかは分からなかったが、レナートと次に会って話しをすれば分かるだろうと考えていたのだった。
今夜のパーティーでは、親友のアメリアと会えるのを楽しみにしていたのだが、高熱を出してしまい、パーティーの参加は見送るという手紙を受け取っていた。
――アメリアの具合が良くなったら、会いに行こうかしら。しばらくは首都にいると伝えてあるし、ただの風邪だと手紙に書いてあったから、そんなに急ぐ必要はなさそうね。
ユナはレオリオと別れた後、同世代の令嬢たちから話しかけられ、楽しく残りの時間を過ごした。
パーティーが終わる頃、ベルナルドとレリアナと合流し、公爵家の別邸へ帰ることになったのだった。




