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7.王宮からの招待状

 ユナが第2騎士団のクレイド副団長と乗馬で心を通わせ合い、お互いに異なる道を歩むこととなった。


 公爵家に戻ったユナはクレイドとの会話をかいつまんでベルナルドとレリアナに話し、結婚相手はレオリオ第2王子とレナード王太子のどちらかから選ぶという結論に至ったのだった。


 それから、1週間は公爵家で変わらない毎日を送っていたユナだったが、王宮から招待状が届き、急遽ベルナルドとレリアナの3人で参内することが決まった。


 その夜、ユナは首都へ行く準備に追われていた。


「ユナお嬢様、ドレスはこちらの数着を予定しておりますが、よろしいでしょうか?」


「えぇ、そうね。それと、今年お母様から頂いたあのドレスも持っていきたいわ」


「はい、分かりました。あのブルーのドレスですね。そちらも一緒に荷造りしておきますね」


「エマ、お願いね」


「お嬢様~! 髪飾りはどうしましょう??」


「そうね、華美なものを2~3種類と、あとはいつも使っている物でいいわ」


「あっ! そうだわ。お嬢様、第2王子から頂いたネックレスもお持ちした方がいいですよね??」


「そうね、レオリオ殿下にお会いする可能性があるから、一緒にお願いするわ、メアリ」


「は~い! 承知いたしました!」


「エマ、メアリ。荷造りが終わったら、あなたたちも自分の荷造りをしてちょうだい」


「はい、承知しました。ユナお嬢様」


「はぁ~い! お嬢様。首都へ行くのは初めてなんです! とても楽しみです!!」


「メアリ、あなた首都へは遊びに行くわけではないのよ?」


「もちろん分かっているわ! エマ様。でも首都は美味しいものやドレスも髪飾りもおしゃれなものがあるのですよね?」


 エマが注意したものの、メアリは相変わらず観光気分でいたため、エマは飽きれてしまった。


「そうよね、メアリは首都が初めてだものね。王宮へはメイドを1人しか連れて行けないから、私たちが王宮へ行っている間、首都の町を散策してみるといいわ」


「本当にいいのですか!! お嬢様、ありがとうございます!! お嬢様の荷造りは終わりましたので、自分の荷造りをして参りま~す!! 失礼いたしま~す」


「……」


 メアリはエマが飽きれているのも視界に入っていないのか、満面の笑みでユナに挨拶をして自分の荷造りをすると言ってユナの部屋を出て行ってしまった。


「ユナお嬢様……。申し訳ございません! メアリを首都へ連れて行っても本当に大丈夫でしょうか? メアリが何か問題を起こさないか心配です……」


「大丈夫よ、エマ。案内役を1人付けるから心配いらないわ」


「案内役ですか……?」


「えぇ、向こうに着けばすぐに分かるわ。あなたもここの荷造りは済んだでしょう? 自室に戻って、自分の荷造りをしてちょうだい」


「はい、分かりました。では、ユナお嬢様ゆっくりお休みください」


「えぇ、ありがとう。エマもね! おやすみ」


 翌々朝。今日はユナたちが首都へ向けて公爵邸を出発する日だ。


「お父様、お母様! おはようございます」


「あぁ、ユナおはよう」


「おはよう、ユナ。朝早くて眠いでしょう?」


「久しぶりの首都なので、ワクワクしてなかなか眠れなかったのです! でも、アメリアに会えると思うと、眠気も吹き飛んでしまいました!!」


「うふふふ、ユナとアメリア嬢は幼い頃から仲が良かったものね。王宮での用が済んだら、別邸でゆっくりしていくといいわ」


「はい! そうさせてもらいます」


「レリアナ、ユナ、そろそろ出発するぞ」


「えぇ」


「はい、お父様」


 そのとき、屋敷からユナたちを呼び止める声が聞こえた。


「待ってぇ~!!」


 その声の主は弟のセバスチャンだった。


「あら、セバスチャン。早起きね」


「お母様、ひどいです! 僕に何も言わずに出発しようとするなんて……!」


「ごめんなさいね、セバスチャン。朝早くに出発するから、きっとあなたは起きれないと思ったのよ。だから、昨夜のうちに挨拶をしたでしょう?」


「起こしてくださいと言ったじゃないですか!! だって、またしばらくお母様たちに会えなくなるのですよ! 本当は僕だって……、首都へ一緒に行きたかったのに……」


「セバスチャン、お前の気持ちは分かるが、首都へ行くのは遊びじゃないんだ。国王陛下から参内の命が下った以上、私たちだけで行くしかないのだ。お前を1人にするのは私も辛い。だが、お前は男だ。将来、公爵家を背負う立場となるのだぞ。それに、私との約束はもう忘れてしまったのか?」


「約束……! 忘れていません!! お父様、僕……ごめんなさい。もう大丈夫です! 泣き言はもう言いません!! 僕はここで姉上がお戻りになるのを待ってます!」


「そうだ。それでこそ我が息子だ! 私はお前を誇らしく思うぞ、セバスチャン」


「お父様……! ありがとうございます!!」


 先ほどまで泣きそうな顔をしていたセバスチャンは、父との「約束」を思い出すや否や、公爵家の時期当主としての頭角を思わせるような立派な姿を一同に見せたのだった。


「セバスチャン、さぁ」


 レリアナがセバスチャンの前に立ち、両手を広げてハグをした。


「お母様……! 行ってらっしゃい!! 僕、勉強も、剣術も、ダンスも、みんな頑張るから!! 心配しないでください」


「セバスチャン、あなたは今でも十分立派な男の子だわ。私もあなたのことを誇らしく思うわ。あなたは11歳よ、何も焦ることはないわ。それと、先生方の言うことを聞いてね」


「はい!! お母様……!」


「セバスチャン、私が戻るまでこの家を頼むわね! 困ったことがあったら、トマスやエルザに相談するのよ。なるべく早く戻るようにするわ」


「はい! お姉さま」


「名残惜しいが、そろそろ出発しようか」


 レリアナとユナはベルナルドへ視線を向けて、うなずいた。


「トマス、エルザ。後のことは頼んだぞ」


「はい、旦那様。私共にお任せ下さいませ」


 公爵一行は護衛隊を先頭に公爵夫妻の馬車とユナの馬車の2台で公爵邸を出発し、首都へと向かった。


 公爵邸から首都王宮までは馬車で10時間以上の長旅になる。朝5時に出発し、間に休憩を挟むと首都に着く頃には夕方になっているだろう。今夜は公爵家別邸に泊まり、翌日の夕方には王宮へ参内する予定だ。


「お嬢様~!」


 メアリがバスケットを片手に抱えながら、ユナに大きく手を振っている。


「メアリ!」


「えへへ、ごめんなさ~い」


 エマはメイドらしからぬメアリの立ち居振る舞いを注意するが、当の本人は舌をペロッと出して笑っている。


「……ふぅ~」


 エマはメアリの表情を見て叱るのが馬鹿らしくなり、「もうお手上げよ」と言わんばかりに両手を広げて頭を傾げた。


 湖のそばに準備された屋外用の椅子に座るベルナルドとレリアナ、ユナはその2人のやり取りがおかしく、顔を見合わせながら楽しそうに笑っている。


 ここは、1週間前にユナがクレイドと心を通わせた湖だ。早朝に出発して遅めの朝食をとるために、この湖に立ち寄ったのだ。


 護衛隊員たちが何もない湖のほとりに屋外用のテーブルと椅子を手慣れた様子で組み立て、少し離れた場所に即席の石組みの竈をこさえていた。


 テーブルには食卓らしい真っ白な布が敷かれ、中央には今朝早くベルナルドが本邸の中庭で刈り取った色とりどりの花が水差しに飾られている。


 メアリとエマは馬車から朝食を運び出し、公爵たちが座るテーブルへ並べる。


 朝食は本邸のシェフ兼パティシエのオウル特製のサンドイッチだ。


 サンドイッチはレタスやトマト、チーズ入りのスクランブルエッグを挟んだものや、ユナの好物のフルーツと生クリームがたっぷりのフルーツサンド、香ばしい香りのするスモークチキンと紫玉ねぎのスライス、レタスを挟んだものもある。


 そして、石組みの竈で温められたカボチャのポタージュスープが盛り付けられたスープ皿3人分をエマが運んできた。


 メアリは馬車に積んだ木箱の中からオレンジをいくつか出して網に数個入れると、湖のそばへ行って網の端をしっかり持ちながら水の中へ沈めてオレンジを冷やしている。しばらくすると、搾り立てのオレンジジュースが注がれたグラスが食卓へ運ばれた。


「メアリ、とても美味しいわ。ありがとう」


 レリアナに褒められたメアリはポッと頬を赤らめ、照れくさそうに笑った。


「ありがとう、みんな! 出発は1時間後だ。それまでゆっくり休んでいてくれ」


「はい、承知いたしました! 旦那様」


 ベルナルドの号令で、エマやメアリ、護衛隊員たちは各々で出発まで休憩を取ることになった。


 エマやメアリ、護衛隊員たちは出発前に朝食を済ませてきた。護衛隊員の中にはお腹が空いたのか、ピーナッツバターを挟んだパンを頬張っているものもいた。早朝の出発で眠くなったのか、木陰の下で地面に寝そべって仮眠をとるものもいる。


 湖のあるこの地は公爵領の一つで、特に治安の良い場所だ。先代の当主、ユナの祖父の時代にはすでに治安は改善されていたが、当主が代替わりすると剣術の天才と称えられるベルナルドの名に恐れをなしたのか、犯罪をする者が公爵領に近づかなくなったのだ。


 それは、今から十数年前のこと。他国が国境へ攻め入った際、ベルナルドは数百騎だけで10倍以上の戦力差のある敵兵を退けたのだ。ベルナルドは民たちから英雄と称えられ、先代国王からも多くの褒美が与えられた。


 現役を引退する際は現国王からも「騎士団に残ってくれ」と懇願され、新米騎士たちの指導役となったのだった。「名誉騎士」は、国内で3人しかその栄誉を受けたことのない称号である。ベルナルドが国王から名誉騎士の称号を授与すると、数日も経たずに国内に知れ渡ったのだ。


 今でこそ温和な性格だが、現役時代は騎士団の団長として騎士を統率する必要があり、部下を厳しく叱責することも少なくなかった。しかし、圧倒的に他者を寄せ付けない剣術力と並外れた策士としての顔を持ち合わせたベルナルドは、国中の騎士たちから畏れられるも尊敬の対象だったのだ。


 現在は騎士団の指導役を退いたが、三大貴族の当主3名で構成される「王の剣と盾会」のメンバーとして日夜、王宮で奔走している。


「王の剣と盾会」はベルナルドが当主となって数カ月後に発足した組織で、その名の通り国王の剣と盾になり、あらゆる脅威から王を守り抜くことを使命とする会である。3名の当主のうち1人が先日ユナが初対面を終えたクレイドの父だ。


 毎月、王宮で会議が開かれ、会の3名と国王、王太子、第2王子などが参加し、国内外の情勢について進捗や今後の課題、対策などが話し合われている。


 休憩が終わり、再びベルナルドの号令で一行は首都へ向かった。その後も何度か休憩と移動を繰り返し、公爵邸出発から10時間以上が経っていた。予定ならすでに公爵家の別邸に到着する時刻だが、ベルナルドは久しぶりの長旅であるユナを気遣い、ややゆっくりの旅程で進めていたのだ。


 ユナはエマやメアリと一緒に馬車の中から夕焼けを楽しんでいた。


「お嬢様、海に沈む夕焼けがきれいですね~」


「えぇ、そうね。大自然の中にある本邸で見る夕焼けも好きだけれど、水平線に沈んでいく夕日も素晴らしいわ」


「本当ですね、ユナお嬢様」


 それからしばらくすると、馬車が停まった。


 馬車の扉をノックする音が聞こえ、のぞき窓のカーテンを開けると顔なじみの護衛隊員が笑顔で立っていた。ユナはその護衛隊員にあらかじめ、到着したらノックで知らせるように伝えていた。


「どうやら首都に着いたみたいだわ。さぁ、下りる準備をするわよ」


 ユナはそう言い、護衛隊員に視線を向けたままうなずいた。


 馬車を下りると、ベルナルドとレリアナはすでに馬車から下りていて別邸の使用人たちと会話をしていた。


 ユナも2人のそばに歩いていくと、使用人の1人がユナの前に出る。


「お嬢様! こんなに立派なレディになられて……。お会いできるのをお待ちしていたのですよ」


「ばぁや! お久しぶり!! 私のこと覚えていてくれたのね」


「もちろんでございます。お嬢様のことを忘れるはずがございませんよ。前回こちらに来られたときは私が息子夫婦の所へ行っていたときだったので、お嬢様を最後に見たのはこの別邸を去ったあの日でございます。本当に、大きくなられましたなぁ。ばぁやはお嬢様の立派なお姿を見られて幸せです。もう思い残すことがございません……」


 ベラが1人満足げに涙を浮かべていると、レリアナが口を開いた。


「まぁ、ベラったら。ユナの花嫁姿や将来生まれる子を見たいと思わないの?」


「あら、奥様! その通りです。ばぁやはまだ長生きせねば……!」


「うふふふ……。ユナ、ベラは私たちが本邸へ出発する前からあなたに会いたがっていたわ。ここではゆっくり話せないから、中へ入りましょう」


 ベルナルドはユナたちをやさしく見守っていた。


 そして、ユナのことはレリアナに任せ、護衛隊員や使用人へと荷物の運び出しを指示していた。


 ベルナルド、レリアナ、ユナが屋敷の中へ入ると、荷物の運び出しを手伝っている使用人の中から1人、ベラのそばへ近寄った。


「おばあさま……。エマです」


「まぁ! エマなのかい?」


「はい。おばあさまの孫のエマです」


「お前もよく来たね。さぁ、お嬢様の荷物運びが終わったら厨房へおいで」


「おばあさま、この子はユナお嬢様の専属メイドのメアリです。一緒にこちらでお世話になります」


「あの! エマのおばあさまですか! お世話になります!!」


「まぁ、威勢のいい子だね。そうかい、そうかい。お前がメアリか……」


「ベラ様、私のことを知っているのですか?」


「あぁ、もちろんだ。エマの手紙にお嬢様の次に出てくる名前だからね」


「おばあさま! それは……!」


「まぁ、いい。さぁ、まずはお前たちも自分の役目を果たしてきなさい」


「はい、おばあさま」


「はい!」


 ユナは晩餐までの時間は、別邸の自室でゆっくりすることにした。


「しばらくは別邸で過ごすことになるから、敷地内の散策は王宮への参内が終わってからにしようかしら……。それに、アメリアにも首都に着いたと手紙を書かなければね」


 机の引き出しから便箋と封筒を取り出し、アメリアに到着の知らせを告げる文章を綴った。


「そうだわ! 確か、この本に押し花を入れていたままだったはず。それを便箋に貼り付けたら素敵な手紙になるわね」


 机の上のブックスタンドに立てかかっている分厚い本を取り出し、ページをペラペラと捲りながら、押し花を探していく。


「あったわ! 前回訪れたときに作っていて正解だったわ」


 取り出した押し花を便箋に糊で貼り付け、ラベンダーの香油を1~2滴垂らし3つ折りにして封筒へ入れる。


 シーリングワックスをキャンドルで溶かして封筒の裏に垂らし、スタンプを押した。シーリング用のスタンプはユナ専用のもので、ベルナルドが特別に作ってくれたのだ。


 公式なスタンプではなく、あくまでも私用のためのものであり、公爵家として手紙を送る際は使用できない。ユナは親友のアメリアに送る手紙にだけ、ユナ専用のスタンプを使用している。


 手紙の封入が終わった頃、晩餐の準備が整ったと報告が入り、食堂へ降りていった。


 ユナは長時間馬車に乗っていたせいか、食後にお腹が満たされて眠気に襲われた。


 ベルナルドが食卓で珍しく眠そうにしているユナに気づき、「ユナ、今日は疲れただろう。自室に戻ってゆっくり休みなさい。積もる話は明日にするといい」


「はい、お父様。先に休ませてもらいます。おやすみなさい」


「あぁ、おやすみ」


「ユナ、ゆっくり休むのよ」


 ユナは自室に戻り、寝間着に着替えてベッドに入ると、そのまま眠りについてしまった。


 ユナが目を覚ましたのはお昼前だった。


 長時間の移動による疲労と王宮への参内に対する緊張感で疲労度が限界を超えていたようだ。疲れが眠気となって現れ、別邸に着いて顔なじみの者たちに再会できてホッとしたのか、ぐっすり眠り続けてしまった。


 エマとメアリはレリアナから「ユナが起きるまでは起こさず、ゆっくり休ませてあげてほしい」と言われていたため、ユナはお昼近くまで眠ることができたのだ。


「ふぁ~、よく寝たわ。外は明るいけど、今何時かしら?」


 ユナの部屋の外に待機していたメアリが室内から物音がするのに気づき、部屋のドアをノックした。


「お嬢様? お目覚めですか?」


「えぇ、入ってちょうだい」


「おはようございます、お嬢様!」


「おはよう、メアリ。ぐっすり眠ってしまったみたいだけど、今何時かしら?」


 メアリはベルナルドからお土産にもらった海中時計をポケットから取り出して時間を確認し、ユナに時刻を告げた。


「はい、ちょうど11時を回ったところでございます」


「11時? そんなに長く眠ってしまっていたのね! 大変だわ、急いで支度をしなくちゃ!!」


「お嬢様、大丈夫ですよ。奥様からお嬢様が起きるまでそっとしておくようにと。お仕度は起きてからゆっくりでいいと仰せつかっております」


「お母様が?」


「はい! ではお仕度の準備をして参りますね。少々お待ちください」


「えぇ、お願いね」


 ユナは身支度を整えると食堂へ行き、朝食をとることにした。


 食堂に着いてしばらくすると、別邸のシェフが両手にいくつもの皿を器用に乗せて運んできた。


「ユナお嬢様、おはようございます。このファーガス、お嬢様のために心を尽くして調理させていただきました! ぜひたくさんお召し上がりくださいませ!!」


「ファーガス! 久しぶりね、元気そうで何よりだわ」


「えぇ、もちろんでございます! 昨年娘が生まれたのです。娘のためにもまだまだ元気でいなければと思い、最近体を鍛えるトレーニングを始めたのですよ」


「まぁ、体を? 適度な運動は健康にいいと聞くわ。無理しない程度に頑張ってね!」


「はい! お嬢様、ありがとうございます! これはいけない!! 私としたことが……! お嬢様の料理が冷めてしまうところだった。お嬢様、どうぞお召し上がりくださいませ」


「えぇ、ありがとう。とても美味しそうね! いただくわ」


 食卓のテーブルにはファーガスが1人で運んだいくつもの料理の皿が並んだ。


 香ばしいバターの香りがするフレンチトースト。チーズやチキン、じゃがいも、パプリカ、玉ねぎなどの具材がたっぷりなスクランブルエッグ。レタスやトマト、きゅうりなどの朝どり野菜にかかったオレンジのドレッシングが爽やかに香るサラダ。じゃがいもをすり潰してコンソメスープとミルクをたっぷり入れて煮込んだポタージュ。それに、焼き立てのパンとバター、絞り立てのりんごジュース。


 ユナは全ての料理をペロリと平らげていた。


「ファーガス、とても美味しかったわ。料理の量も1人前より少なめに調整してくれていたからか、全部の料理をじっくり味わうことができたわ」


「実は、わが師のオウル様から手紙で教えてくださったのです」


「オウルから?」


「はい、お嬢様のお好きな料理や朝昼晩のそれぞれの食事量、その他食事に関する注意点などを教えてくださったのです」


「あら、そうだったの。オウルらしいわね」


 オウルは王家からも一目置かれるほど優秀なシェフと聞いたことがある。オウル自身は自分の能力をひけらかすようなことはなかった。


 使用人の話では、昔オウルを訪ねて「修行をさせてほしい」と懇願する料理人が後を絶たなかったという。ユナの祖父である先代の当主はオウル自身のためになるならと、各地から訪れた料理人を交替で受け入れていたそうだ。


 オウルは自分の技術を料理人に教える代わりに、料理人の故郷の味や流行の料理などの情報を得ていた。その中の1人がファーガスだったのだ。ファーガスは、自分の能力をひけらかすこともなく、王家から認められたことも奢らず真摯な態度で料理人たちと向き合っているオウルの姿に心を打たれ、唯一の師と仰ぐことにしたのだそうだ。


「お嬢様、お口直しにスイーツもご用意していますので、そちらもどうぞお召し上がりください」


「これは何かしら?」


「はい! これはシャーベットというものでございます。シャーベットはさまざまなフルーツの絞り汁を氷室で凍らせ、器に盛り付けたものです。ひんやりとしているので今日のように気温が高い日はとても美味しいですよ」


「シャーベット? 初めて聞いたスイーツだわ」


 ユナはファーガスに促されるままに、爽やかなイエローのシャーベットをスプーンに一口分乗せて口の中へ入れた。シャーベットは舌の上でじんわりと溶けていき、液体に変わった。ユナは初めて味わうスイーツを口にして、なぜか懐かしさが胸に込み上げた。


「……?」


 最近は結愛の記憶を思い出すこともなく、どっぷりユナの人生に浸かっている。ほとんどというよりも全く思い出さなくなってきた。


 ただシャーベットの食感や舌で感じる冷たさに懐かしさを感じたのは、紛れもなく結愛の記憶だ。ユナは結愛の記憶を忘れてしまったが、消滅してしまったわけではない。いわば結愛の記憶は封印されたかのように脳の奥深くへしまい込まれているのだ。


「ファーガス、シャーベットとても美味しいわ! 口に入れるとすぐに溶けてなくなるのだけど、口の中で柑橘系の爽やかな味と香りが広がっているの。本邸では食べたことがないわ。よければレシピを教えてくれるかしら?」


「お嬢様に気に入っていただけて何よりでございます! オウル様と定期的にレシピの共有をしております。こちらでお気に召した料理やスイーツがあれば手紙でお知らせしておきます」


「えぇ、ありがとう。ファーガス」


「とんでもございません! お嬢様に喜んでいただけて腕を振るった甲斐があるというものです。何かリクエストがございましたら何なりと! オウル様から頂いたレシピもございますので、本邸のお料理も提供できます」


「分かったわ、思いついたら早めに伝えるわね」


「はい、承知いたしました。それでは、私は失礼させていただきます」


 昼食をとったユナは食後の運動を兼ねて、中庭を散策することにした。


 別邸の中庭も本邸に劣らず広大な土地が広がっている。ベルナルドが植えた花壇がいくつもあり、その先を歩いていると二又に分かれる小道があり、右に曲がると大きな畑に出た。この畑では、さまざまな野菜や果物が栽培されていた。


 来た道を戻り、もう一つの小道を進むと森のように木々が茂り、木が天然のトンネルのようになっている。トンネルを抜けると開けた場所に出て、色とりどりの花畑が広がっていた。花畑の中央には小道が整備されており、まっすぐ奥へ進むと東屋があった。


 東屋は花畑に囲まれていてそばには小さな噴水があり、小さな水音を立てながらしぶきが上がっている。


 元の道を戻り、再び奥へ進むとさらに大きく開けた場所に出た。ここはベルナルドと公爵家の護衛隊員たちが訓練を行う場所だ。訓練場の脇道をまっすぐ進むと別邸の敷地の西端に出る。


 丘に屋敷を構える公爵家別邸は海に面しており、西端は海を見渡せるようになっている。ここにはベンチが2つあり、海を眺められるようにベンチの向きが調整されていた。特に夕方は気象条件が揃えば、赤や紫のグラデーションが美しい夕焼けや夕日が海に沈む際、水面に現れる光の道を見ることができ、幻想的な景色を独り占めできるのだ。


「とても懐かしいわ。幼い頃、お父様もお母様も忙しくて独りぼっちだったとき、ベラにここへ連れて来てもらっていたわ。眺めは今も変わらず美しいわ」


 ベンチに座りながら景色を眺めていると、後ろからユナを呼ぶ声が聞こえた。


「お嬢様! やはり、こちらにおいででしたか!」


「あら、ベラじゃない。ちょうどあなたとの記憶を思い出していたところよ」


「お嬢様、私もお嬢様とゆっくりお話ししていたいのですが、そろそろ参内のご準備をせねばなりませぬ」


「そうだったわ! ベラ、私を探しに来てくれたのね?」


「はい、そうでございます。エマもメアリも別邸の敷地内のことは全て把握できておらぬので、私が探しに来たのです」


「ベラに手間をかけさせてしまったわね……」


「いえいえ、お嬢様が私との思い出を覚えてくださるとはとても光栄でございます。参内が無事に終わりましたら、ぜひばぁやとお話しくださるとうれしいです」


「もちろんよ! では、まずは参内の準備を済ませて無事に帰って来なければね!」


「えぇ、そうですね。では、お嬢様参りましょう」

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