第6話 聖女リーリア ⑥
リーリアは息を吸って吐いて、そして両手を胸の前で組んだ。
その様子は、まるで神への祈り。
だが、今、リーリアが祈る先は、神ではない。
「魔物の王よ、わたくしの声が聞こえますか……」
空の月虹に向かって祈る。虹の橋のこちらからあちらへと伝われとばかりに。
実際に、リーリアの声が、魔王の元に届くとは思っていない。
そんな力は、リーリアにはない。
だけど、祈る。
心から、願う。
「わたくしは、人族の王の娘。勇者を産む聖女に仕立て上げられた者」
リーリアの足先が、冷えて、固まっていく。まるで、石のように。
結界の力を、リーリアは外に向けるのではなく、自身の体にかけていく。
「聖女が、勇者を産み、魔王を倒すと、人族は信じている。根拠のない妄信であるはずなのに、それが正しいと思い込んでいる。わたくしは聖女ではないけれど、聖女に仕立て上げられ、勇者を産むことを強要された」
足は既に固まり、もう動かなくなった。
「姫様! 何をなさっているのですか!」
ミランダの、声。
異変を感じたのか、兵たちも叫ぶ。
リーリアはその一切を無視し、一心に祈り続ける。
「わたくしは、勇者を産まない。もし、この腹に、既に赤子が宿っていたとしても、その子を勇者にはさせない。わたくしの結界の力を、すべてわたくしのこの体に注ぎ込む」
肘、そして腕。
石像のように固まっていく。
「人族が滅びるまで。わたくしはわたくしの力をこの身にかけ続ける。いえ、わたくしの力は弱い。月と虹の円を、その光を、循環の力に変えて、石化を保ち続ける。どうか、魔王よ。もしもわたくしのこの声が聞こえているのならば、わたくしの結界を維持し、何百年もの眠りをわたくしに与えて。そして、人族が滅んだ後の世界をわたくしに見せて。もしも、わたくしの腹に、既に子が宿っているというのならば、その子を自由な世界で、自由に生きさせて。勇者になんか、させないで。身勝手な女の、身勝手な願いを……どうか……」
祈りの途中で、リーリアの心臓は石化し、そして、呼吸も止まった。
魔王への祈りが届いたのかは、リーリアにはわからない。
リーリアは永い眠りについた。
月の光は、地上を照らす。
人族も、魔族も関係なく。
ただ、空にあり、白銀にも似た光を地上に降り注ぐ。
差別も、区別もなく。
そして、長い年月が、経過していった……。
第一章 聖女リーリア 終わり
第二章 剣聖エルンストに続きます
一章ごとにまとめて書いて、ドカンと投稿スタイルで行きたいと思いますので、
続きはのんびりお待ちくださいませ。