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第4話 聖女リーリア ④

「うぅ……」

 呻きながら、リーリアは重たい瞼を、半ば無理やりに開けた。

 自分でベッドに入った記憶はないが、いつの間にか、眠っていたらしい。使用人の誰かが運んでくれたのか……と、ぼんやりした頭でリーリアは考えた。

 体も、どういうわけか、ずいぶんと重い。

 しかも、下腹が鈍く、痛む。

「月経の痛みに……、似ているけど……」

 だが、月経は十日ほど前に終わったばかり。

 なんだろう……、疲れすぎたのか……、と考えながらベッドの上に半身を起こす。

 昨日着たままの室内着は、寝汗でぐっしょりと濡れていた。肌もべたべたとして気持ちが悪い。

 使用人を呼んで、湯あみの準備をさせた。準備ができるまで、そのままベッドに横たわる。

 治癒の魔法をかけてみる。すると、下腹の痛みが少しマシになった。

 息を吐いて、ふと窓の外を見る。

 既に日は、西に傾きつつあった。空の色は青ではなくオレンジ色が混じってきている。ずいぶんと寝坊をしたらしい。

「寝過ぎで、体が重かったのかしらね……? それとも微熱でもあったから、寝過ごしたのかしら……」

 そのまま空を見続ける。昨日見た、夕焼けの空。それと似たような今日の空。ゆっくりと時が過る、今は、まだ。

 そんなふうにぼんやりとしているうちに、準備ができたと一人の侍女が迎えに来た。

「あら? マリエじゃなくてミランダなのね」

 リーリアには専属の侍女が数名いる。が、一番年の若いマリエが朝起こすことや、お茶を入れることなどを割り振られることが多かった。

「申し訳ございません。マリエは……辞めることになりまして」

「わたくしの許可もなく?」 

「はい」

「挨拶すらしないで?」

「はい。その……陛下の御命令で」

 リーリアは眉根を顰めた。

 王女の侍女を、王が勝手に辞めさせる。

 できないことはない。

 だが、変だ。

 カイエンに尋ねることも考えたが、しかし。

 そこまでする必要があるのだろうか。

 昨日の会見の、嫌がらせ的に、リーリアお気に入りの侍女を辞めさせたわけでもないだろう。そこまで愚かだとは思いたくはない。

 考えながら、浴室に移動し、そしてミランダたちに服を脱がしてもらった。

 お湯に浸かろうとして……、リーリアはぎょっとした。

 脱いだばかりの室内着が、ほんのわずかではあるが、血のような汚れで染まっていた。

「何よ、これ……」

「ああ……」

 ミランダが意味ありげにうっすらと微笑んだ。

「初夜を過ごされたあとにはよくあることでございますよ」

 ミランダの言葉に、リーリアの体が固まった。

 服に着いた血のような汚れ。

 体は重く、下腹は痛んだ。

 寝る前に飲んだお茶。飲んですぐ、急速に瞼が重くなって……。

 エルンストの「聖女たる姫様のお相手に、この剣聖を選んでいただいたこと、恐悦至極に存じます」という声。

 カイエンの「お前が勇者を産めば、我らは魔族に勝つ!」という言葉。

 何の挨拶もなく、いきなり辞めたマリエ。

 ふっと、恐ろしい考えが、浮かんだ。

「まさか、この下腹の痛みと出血は……」

 もしや、眠らされて、知らぬ間に純潔を散らされた、その証拠なのか。

 リーリアはバスタブに張られた湯の中に飛びこみ、体中をごしごしと擦った。

 何度も何度も。

 何度も。

 皮膚が擦り切れそうなほど擦っても、小さな虫に体中を這われているような気持ち悪さがなくならない。

「わたくしを、何だと思っているの……。民を騙し、子を産むための道具?」

 確かにリーリアは王女だ。民を守り、導く義務はある。

 だが、ここまでの犠牲を払わねばならないのか。

 リーリアは、強く歯を噛み締めた。

「ふざけないでよ……」

 リーリアを、聖女と偽証したのは、カイエン。そこに、リーリアの意思はない。何も知らされずに、聖女と公表され、それを嘘だと声を上げることができないまま、民の前で聖女のフリをさせられてきた。

 そうして、嘘だとわかっているのに、勇者を産めと強要され、眠らされて。

 挙句の果てに、純潔までをも散らされたのか。

 これでもしも、子が出来たとしたら。

 生まれてくる子が勇者ではないと知りつつ、剣を持たせ、魔王に対峙させるのか。

 子に、お前は勇者だ、魔王を倒せと強要して……死地に向かわせるのか。

 逆にもしも、リーリアの腹に子が宿っていなければ。

 今後も同じように、何度も、孕ませるための行為をされるのか。

 尊厳は無視され、勝手に体を使われる。

 きっと、子が生まれるまで、きっと何度も何度も……。想像しただけでも、身の毛がよだつ。

 理不尽さに、反吐が出る。

「……いっそ、死んでしまおうか」

 呪詛のような、暗い声が出た。

 何度も、辱めを受けるくらいならいっそ……。

「ああ……そうね、死ぬのもいいわね……」

 ごしごしと、体をこすっていた手を止める。

 リーリアの瞳が、暗く光った。

 純潔を勝手に散らされた絶望……ではない。

 これは、報復。

 自分が、死ぬことが報復になる。

 なぜなら、聖女とされているリーリアが死ねば、勇者は生まれない。少なくとも、カイエンは絶望するだろう。

 それとも、リーリアが死を選べば、別の誰かがニセモノの聖女にさせられるのだろうか。

「……お父様の、追いつめられた人族の王のすることだわ。あり得るわね……」

 死ねば、また別の娘が自分のように不幸な目に遭わされる……かもしれない。

 例えば……、聖女であったリーリアは不慮の事故で死んだ。だが、リーリアの聖女としての力は、これまでリーリアを侍女として支えていた次の聖女に譲渡された……などと。

 これはリーリアの勝手な想像でしかない。けれど。

 いきなり辞めたと告げられたマリエのことが脳裏に浮かんだ。

 もしも、マリエが、次のニセモノの聖女として、仕立て上げられようとしているのならば?

 もしも、リーリアのこの考えが当たっているのならば。

「わたくしは死んで、楽になっても。マリエが、もしくは別の娘が、わたくしの負った苦痛を、受けることになる……」

 ニセモノの聖女の身代わり。

 決して勇者を産むことなどないと言うのに、それを強要される。

 考えすぎなのかもしれない。

 だが、もしも、今の考えが当たっているのならば……。

まさか……と、もしも……を、何度も繰り返す。最悪の想定が、いくつも浮かぶ。

 それに……。

 もしも、リーリアの腹に子が出来ていたら。リーリアが死を選べば、その子も道連れにすることになる。

 すうっと、体の奥底が、冷えた。

 湯に浸かっているというのに、寒い。

 袋小路に追い詰められた小動物の気持ちとはこういうものなのだろうか。

 どうにもできない。

 だが、追いつめられれば、鼠でさえも猫を噛むことがある。

「わたくしを身勝手に扱う汚い者たちのために死ぬ、よりも。反撃を、わたくしは、わたくしの尊厳において、選択する……」

 リーリアは、奥歯を硬く噛み締めて、そうして、決意と共に、立ち上がった。





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