第3話 聖女リーリア ③
自室に戻ったリーリアは、謁見のための白いドレスから、締め付けのない柔らかな室内着に着替え、そして、ソファに沈み込むように、凭れかかった。
そして、じっと考える。
「わたくしが魔王の元へと赴くことを、お父様が承諾してくだされば……と、思ったのだけれど、やっぱり無理だったわね」
所詮、リーリアは深窓の姫君だ。一人で、城を出て、戦場を彷徨って、魔王の元へと辿りつくことなど不可能。
ならば、エルンストもしくは騎士の誰かに、魔王の元へと連れて行ってもらうことはできるのだろうか。
「勇者を産む聖女を、魔王に差し出そうとするものなど居るはずもない……」
ならば、魔族と魔王に、人族の民や兵を、蹂躙するだけ蹂躙させ、最後にこの城にやってきたときに、助命を願うべきか……。
「無意味ね。守るべき民が死した後、王族のみが残って何になるのかしら……」
王女である以上、民を守ることは義務だ。
だが、リーリアにはできることはない。
「ニセモノの聖女がニセモノの勇者を産まされ、その果てに、人族が全滅する未来しか見えないわね」
重々しくため息を吐くリーリアに、侍女のマリエがお茶を用意した。
「……姫様。温かいお茶をご用意いたしました」
「あら、マリエ、ありがとう」
「いえ……。思い詰めていても、良い考えなど浮かばないのでは……と」
侍女風情が失礼いたしました……と、マリエは頭を下げた。
用意してもらったお茶を、ありがたく思いながら飲む。
一口、二口……。
喉を通っていく温かさに、ほっとしたためか、リーリアは小さくあくびをした。
三口、四口……。
不自然なほど急速に瞼が重くなってきた。
その様子を、マリエはじっと見つめている。
「……お疲れでございますか、姫様」
そうね……と、答えたつもりだった。
けれども、それは音にはならなかった。
カップがリーリアの手から、滑るようにして落ち、床に転がった。リーリアの体がぐらりと揺れ、ソファの上に倒れ込む。
「申し訳ございません、姫様……」
マリエの震える声も、既にリーリアの耳には届かなかった。