第18話 勇者フリーダ ④
パチンと、音を立てて、魔王は、球体を壊した。
「覗き見は、終了!」
「レオ……」
フリーダは、なんと言っていいのかわからなかった。
母親であるリーリアが、もう長いことはないのは薄々わかっていた。
だけど。
ラッセルまでいなくなる。
リーリアと一緒に、死んでしまう。
ぎゅっと、両手を組んで、力を込めた。それでも、両手の震えは止まらない。
「だいじょーぶ」
魔王がフリーダの頭をがしがしと撫でながら、言った。
「フリーダにはこのオレがついているから、だいじょーぶ」
「レオ……」
フリーダは、レオにしがみついた。
***
それから三日後。
リーリアは死んだ。同じくラッセルも。
その死の直前、リーリアは言った。
「わたくしは、人族の王女だった。そして、ニセモノの聖女でもあった。人族の迷信、聖女が勇者を産んで、その勇者が魔王を亡ぼす。人族は、そんな根拠のない迷信に縋っていた。そのために、わたくしに、勇者を産ませた」
淡々と、リーリアはフリーダに告げた。
「だけどね、フリーダ。あなたは勇者になんてならなくていいの。わたしの可愛い娘。それだけでいいの。わたくしはあなたの成長をずっと見たかった。まだ十歳。十一歳の誕生日を一緒に祝えなくてごめんなさいね……」
「母様……」
死なないでとは言えなかった。
弱い治癒力を使い続けて、それで、ここまでなんとか、苦しみながらも生きながらえてきたリーリアに、死ぬなとは言えない。
「勝手に負わされた荷物を、必死になって背負わなくていい。お母様があなたに願うのはたったひとつだけ。どうか、しあわせになって。毎日楽しく生きて。あなたの思うとおりに……」
リーリアが、言えたのは、そこまでだった。
ぱたり、と。
腕から力が抜けたと思うと、そのまま、瞼を閉じ、眠るように、すうっと……命が終わった。
「あとはよろしくお願いします、魔王様」
ラッセルも、それだけを言うと、リーリアを抱き上げて、泉の中に入って行った。
そして、リーリアを抱きしめたまま、泉の底にまで、沈み込んでいく。
「おう! まかせとけ!」
魔王が、返事をした。
フリーダは、黙ったまま、じっと、その様子を見ていた。
***
リーリアとラッセルが死んでから、魔王とフリーダは毎日花を摘み、泉にその花を捧げていった。魔王の作る食事を食べて、一緒の布団で丸くなって、眠る。
それを何日繰り返したのか。
ある晴れた日の朝。フリーダは泉の側に座り込んで、長い間、祈りを捧げていた。
「じゃあ……わたしは、行くね、母様、ラッセル」
立ち上がって、もう一度最後に、泉の奥に眠るリーリアとラッセルに祈りを捧げる。
「行くね。ホントはずっとそばにいたいけど。母様が、自由にって言ってくれたから。わたし、狭い世界じゃなくて、広い世界を見に行こうかと思う」
この場所は、かつて人族がいた。魔物や魔族は山の向こうにいて、こちら側には入っては来ないけれど、それは魔王であるレオが命じているからだ。
人族の聖女。ニセモノの聖女。
そして、ニセモノの聖女が産んだ、勇者。
魔王。
魔王の従者。
この場所では、そんな肩書のようなものを引きずったままでいるような気がした。
「人族も魔族もない、別の世界に行ってみたいの。聖女が産んだ勇者じゃなく、魔王じゃなく。単なる一人のフリーダと、単なる一人のレオという存在として」
自由に。
「できれば母様とラッセルの魂も一緒に、別の世界に行きたいなって思うの。よかったら、ついてきてね」
言って、泉に背を向ける。
そして、駆け出す。
「レオっ!」
走って行って、待っていてくれたレオに飛びつく。
「行こう! 広い世界に! 自由に! 一緒に!」
「ああ、そうだな。行こうか」
世界は広く、わたしは自由。
どこにでも行ける。
どこまでも行ける。
だけど、それは一人じゃないから。
一緒にいてくれる、あなたがいる。
だから、わたしは、大丈夫。
風が吹く。
その風に背を押されるようにして、レオとフリーダは出発した。
終わり
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