第16話 勇者フリーダ ②
勢い勇んで、駆け出したフリーダ。
今頃意気揚々とリーリアに魔王を倒した報告をしているのかと、魔王は思っていたのだが……。
だが、リーリアの部屋の前で、フリーダは扉も開けずに佇んでいた。
「フリーダ? どうした?」
ようやく追いついた魔王が問えば、フリーダは「しっ! 静かに」と口に立てた指をあてた。
しかも、フリーダの顔色がどことなく暗い。
フリーダは魔王の袖をつかむと、ぐいぐいと引っ張って、廊下の端まで魔王を引きずっていった。
「フリーダ?」
「……母様が、泣いているの」
「リーリアが?」
「泣き声が、扉のこっち側にも聞こえてきた」
元々は堅牢な城だったが、人族を滅ぼした後、二階から上は蹴っ飛ばしてぶち壊し、そこに果実のなる木や草や花などを植えまくった。
更には、元は城であった場所の一階だけとはいえかなり広い場所に、魔王とラッセル、リーリアとフリーダの四人しか住んでいない。建物の痛みは、それなりにあり、一番良い部屋をリーリアにあてがってはいるが、ドアと壁の間に多少の隙間はあったりもする。
「……体が痛むのかな」
「わかんない」
フリーダを産んだ後のリーリアは、急速にその体を弱くしていった。出産直後から出血はかなり多かった。産後二年ほどは貧血を起こすこともしばしばだった。痛みも、かなりあった。
だが、リーリアとフリーダ以外の人族は、すべて滅んだあとだ。人族の体がわかる医者など一人もいない。
だから、自身の弱い治癒力をかけ続けることによって、なんとか命を長らえさせたのだ。
とはいえ、高熱が出るなどして、朦朧としているときには治癒力など使えない。
今、リーリアが生きながらえているのは、生きたいという気力。
ただそれが、リーリアを支えている
「母様は……」
「うん?」
廊下の隅に座り込んで、フリーダは膝を抱えた。
「一緒にね、夜、寝ているとき、たまに魘されているの」
「うん」
「魘されて、言うの。怖い。嫌。そっちに行きたくない……って」
「それは……」
「わたしが、レオを倒せるほど、強くなったら。わたしが、母様を守るから、だから、安心していいよって……、言おうと……」
「それもあって、がんばって『戦いごっこ』してたんだな?」
「『ごっこ』じゃないもん。真剣に、強くなろうって……」
魔王は、がしがしとフリーダの頭を撫でた。いや、撫でるにしては、力が強すぎた。
フリーダの髪はぐしゃぐしゃになった。
魔王は無言のまま、フリーダの髪を結んでいるリボンをほどき、手櫛で髪を整え、そうしてもう一度、髪を結んでやった。
慣れたものだった。一日のほとんどをベッドの上で寝て過ごしているリーリア。フリーダは魔王とラッセルが育てたようなものから。
「……ホントは、ダメなんだけどな、こういうの。だけど、リーリアは何が怖いとか、何が不安だとか、オレ達には言わないしなあ……」
魔王は、両掌を向かい合わせて、手と手の間の空間に、小さな球体を作り出した。
「母様、レオにも何にも言わない?」
「うん。元々、リーリアは弱音とか全然吐かないで、自分の中に溜め込む性格だし。で、溜め込んで、溜め込んで爆発するんだよな……。つらくしてさ……。でも、ラッセルにだけは、多少、言えるようになってきたから……」
多分最初は同情。魔王もラッセルも。
可哀そうに、自らを石化し、同族である人族の滅びを願った王女様。
そこまで追い詰められたことに、同情し、そして、ラッセルも魔王も人族を滅ぼした。
石化を解いて、リーリアと共に過ごして。そして、フリーダの出産後、次第に弱っていくリーリアを、ラッセルはこれ以上もないくらい優しく支えていた。
同情だけで、できることではない。
魔王は、わかっていた。
ずっと、自分の世話係として生きていたラッセルの、きっと初恋なのだろう……と。
ラッセルはリーリアを好きになったからこそ、ずっと傍にいて、支えているのだろう……と。
だから、リーリアも、きっとラッセルを好きになったのだろう……と。
あーあ。
魔王はこっそりとため息を吐く。
あーあ。
可憐で可哀そうな王女様。
そんなリーリアに惚れたのはラッセルだけじゃないんだよな……。
魔王だって、心のどこかではリーリアに魅かれていた。
けれど、思いの強さから言えば、魔王とラッセルは異なる。
愛や恋といった種類の想いを持つラッセルと、単に憧れ程度の魔王。
その上、美味い食事を提供してくれるラッセルを、魔王は気に入っていたし、リーリアの娘であるフリーダもかわいい。
だから、失恋……といいほどの気分ではない。
魔王とラッセルとリーリアとフリーダ。
四人で、まるで家族のように暮らすのは、楽しいのだ。
だけど。
それもきっと、間もなく。
ぼんやり考えているうちに、球体の中にリーリアとラッセルの姿が浮かび上がってきた。泣いているリーリアの体をラッセルが抱きしめていた。
「覗き見なんて、ホントはダメなんだけど」
魔王は、心の中でごめんと言いながら、リーリアとラッセルの様子を、フリーダに見せていった。
どうか、これから起こるはずのことを、フリーダが乗り越えられるように……と。