表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

16/18

第16話 勇者フリーダ ②

 勢い勇んで、駆け出したフリーダ。

 今頃意気揚々とリーリアに魔王を倒した報告をしているのかと、魔王は思っていたのだが……。

 だが、リーリアの部屋の前で、フリーダは扉も開けずに佇んでいた。

「フリーダ? どうした?」

 ようやく追いついた魔王が問えば、フリーダは「しっ! 静かに」と口に立てた指をあてた。

 しかも、フリーダの顔色がどことなく暗い。

 フリーダは魔王の袖をつかむと、ぐいぐいと引っ張って、廊下の端まで魔王を引きずっていった。

「フリーダ?」

「……母様が、泣いているの」

「リーリアが?」

「泣き声が、扉のこっち側にも聞こえてきた」

 元々は堅牢な城だったが、人族を滅ぼした後、二階から上は蹴っ飛ばしてぶち壊し、そこに果実のなる木や草や花などを植えまくった。

 更には、元は城であった場所の一階だけとはいえかなり広い場所に、魔王とラッセル、リーリアとフリーダの四人しか住んでいない。建物の痛みは、それなりにあり、一番良い部屋をリーリアにあてがってはいるが、ドアと壁の間に多少の隙間はあったりもする。

「……体が痛むのかな」

「わかんない」

 フリーダを産んだ後のリーリアは、急速にその体を弱くしていった。出産直後から出血はかなり多かった。産後二年ほどは貧血を起こすこともしばしばだった。痛みも、かなりあった。

 だが、リーリアとフリーダ以外の人族は、すべて滅んだあとだ。人族の体がわかる医者など一人もいない。 

 だから、自身の弱い治癒力をかけ続けることによって、なんとか命を長らえさせたのだ。

 とはいえ、高熱が出るなどして、朦朧としているときには治癒力など使えない。

 今、リーリアが生きながらえているのは、生きたいという気力。

 ただそれが、リーリアを支えている

「母様は……」

「うん?」

 廊下の隅に座り込んで、フリーダは膝を抱えた。

「一緒にね、夜、寝ているとき、たまに魘されているの」

「うん」

「魘されて、言うの。怖い。嫌。そっちに行きたくない……って」

「それは……」

「わたしが、レオを倒せるほど、強くなったら。わたしが、母様を守るから、だから、安心していいよって……、言おうと……」

「それもあって、がんばって『戦いごっこ』してたんだな?」

「『ごっこ』じゃないもん。真剣に、強くなろうって……」

 魔王は、がしがしとフリーダの頭を撫でた。いや、撫でるにしては、力が強すぎた。

 フリーダの髪はぐしゃぐしゃになった。

 魔王は無言のまま、フリーダの髪を結んでいるリボンをほどき、手櫛で髪を整え、そうしてもう一度、髪を結んでやった。

 慣れたものだった。一日のほとんどをベッドの上で寝て過ごしているリーリア。フリーダは魔王とラッセルが育てたようなものから。

「……ホントは、ダメなんだけどな、こういうの。だけど、リーリアは何が怖いとか、何が不安だとか、オレ達には言わないしなあ……」

 魔王は、両掌を向かい合わせて、手と手の間の空間に、小さな球体を作り出した。

「母様、レオにも何にも言わない?」

「うん。元々、リーリアは弱音とか全然吐かないで、自分の中に溜め込む性格だし。で、溜め込んで、溜め込んで爆発するんだよな……。つらくしてさ……。でも、ラッセルにだけは、多少、言えるようになってきたから……」

 多分最初は同情。魔王もラッセルも。

 可哀そうに、自らを石化し、同族である人族の滅びを願った王女様。

 そこまで追い詰められたことに、同情し、そして、ラッセルも魔王も人族を滅ぼした。

 石化を解いて、リーリアと共に過ごして。そして、フリーダの出産後、次第に弱っていくリーリアを、ラッセルはこれ以上もないくらい優しく支えていた。

 同情だけで、できることではない。

 魔王は、わかっていた。

 ずっと、自分の世話係として生きていたラッセルの、きっと初恋なのだろう……と。

 ラッセルはリーリアを好きになったからこそ、ずっと傍にいて、支えているのだろう……と。

 だから、リーリアも、きっとラッセルを好きになったのだろう……と。

 あーあ。

 魔王はこっそりとため息を吐く。

 あーあ。

 可憐で可哀そうな王女様。

 そんなリーリアに惚れたのはラッセルだけじゃないんだよな……。

 魔王だって、心のどこかではリーリアに魅かれていた。

 けれど、思いの強さから言えば、魔王とラッセルは異なる。

 愛や恋といった種類の想いを持つラッセルと、単に憧れ程度の魔王。

 その上、美味い食事を提供してくれるラッセルを、魔王は気に入っていたし、リーリアの娘であるフリーダもかわいい。

 だから、失恋……といいほどの気分ではない。

 魔王とラッセルとリーリアとフリーダ。

 四人で、まるで家族のように暮らすのは、楽しいのだ。

 だけど。

 それもきっと、間もなく。

 ぼんやり考えているうちに、球体の中にリーリアとラッセルの姿が浮かび上がってきた。泣いているリーリアの体をラッセルが抱きしめていた。

「覗き見なんて、ホントはダメなんだけど」

 魔王は、心の中でごめんと言いながら、リーリアとラッセルの様子を、フリーダに見せていった。

 どうか、これから起こるはずのことを、フリーダが乗り越えられるように……と。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ