第15話 勇者フリーダ ①
「……待ちかねたぞ、勇者フリーダ。我こそは魔王レオ。お手並み拝見と行こうか。かかってくるがいい!」
魔王の鋭い視線にもひるまず、フリーダが突如駆け出した。
「魔王レオ! 今日こそ倒すわ!」
薄紅色の緩やかな長い髪を、二つ分けに結んだ小柄な少女が、俊敏な獣のように、魔王に襲いかかる。
「受けるがいいわ! 我が必殺の右腕! ライジング・インパクト!」
振り上げた右の拳。それをフリーダは力任せに魔王にぶつけた。
「ふははははは! まだまだだなフリーダよ!」
だが、魔王は、フリーダの拳をひょいと避け、赤子にするように、フリーダの両脇を支えて、高く持ち上げた。
「ほーら、高い高い~」
「むーっ! レオ! 淑女に何をするのよーっ!」
フリーダは、レオの頭より高い位置まで持ち上げられ、そのままじたばたと暴れた。が、魔王はびくともしない。
「……淑女というのはリーリアのような女性だ。『魔王を倒す勇者ごっこ』などに興じている子ザルさんにはまだ早い」
そう、このところ、フリーダは魔王を倒す遊びに熱中しているようだった。
だが、それは、子リスが熟練の兵に突っかかっていくようなもの。結果は知れている。故に、魔王にとっては『戦いごっこ』を挑まれているようなものでしかなかった。
「むっきーっ! 母様が素敵な淑女っていうのは完全同意だけど! わたしだって‼」
「んー、十年後は立派な淑女かもだけど。今はまだ十歳だしなあ……」
「わたし、もうすぐ十一歳だもん! 一人前の淑女で勇者だもん!」
魔王は楽しげに「はいはい」と笑った。
その笑いにフリーダは「子ども扱いしないで!」不機嫌になり、更にバタバタと暴れた。そして、運悪くフリーダの足が、思いっきり魔王の顔面にぶつかった。
「がっ!」
不意を突かれて、魔王は思わず背中から、倒れてしまった。抱えているフリーダに怪我がないようにと、受け身も取らずにいたため、息が止まるほどの衝撃を背中に受けてしまう。
「ぐおおおおお……! 油断……した……!」
痛みのあまり、目から涙が出そうだった。
そんな魔王の様子を見て、フリーダは目を見開いた。
「わたしが、レオを、倒した……! 勇者は、魔王を、倒したわ……!」
まさか、自分が……というような、驚きと喜びが入り混じったようなフリーダの声。喜びに体までもが震え出したフリーダアに「いや、今のは単に足が当たっただけで。そのまま倒れた衝撃で背中が痛かっただけ」とは魔王は言えなかった。
「勇者が魔王を倒した。これで母様は安心されるわ……」
フリーダは跳ね起きると、そのまま「母様ああぁぁあ……!」と、すっ飛んでいってしまった。
「おい、こら、フリーダっ!」
「勇者が魔王を倒したから、これで予言の成就よ! もう安心だわー」
「……魔王と勇者ごっことか戦闘訓練とかじゃれあいのふざけあいだと思っていたんだけどな。フリーダは本気で魔王を倒すとか考えていたのか?」
体を起こしながら、魔王はぼそりと呟いた。
「……ひょっとして、オレ、フリーダの育て方、まちがった……?」
生まれたばかりのフリーダは可愛らしくて、リーリアだけではなく魔王もラッセルも、フリーダを我が子のように慈しんできた。
まあ、魔王にとっては年下のきょうだいのような感じで、草原を転げまわったり、花冠を作ってやったりと、育てるというよりも、単に一緒に遊んでいたに過ぎないのだが。
いつのころか、戦いごっこのようなものをフリーダは始めだした。戦うというよりは、身を守る力があったほうがいいとばかりに、魔王は、フリーダにそれなりの戦闘技術を仕込んでしまったのだが。
「人族の、根拠のない言い伝えを、リーリアだけじゃなく、フリーダも気にしていたのか……」
聖女が勇者を産み、その勇者が魔王を倒す。
もしも生まれた赤子が本当に魔王を倒したらどうしよう。
そんなことはないとは思いつつも、リーリアはずっと気に病んでいた。
「だけど、まあ、フリーダの解釈は違うみたいだなあ……」
魔王はくすりと笑った。
一度倒せば、預言はそれで終わりで、後は、もう『勇者が魔王を倒す』なんてことを、気にしなくてもいい。
「さすが幼女。思い込み、激しいなあ……」
一度倒せればそれで、すべて完了とするあたり、解釈はぶっ飛んでいるようだが。
「ま、これで万事解決……と、リーリアが安心してくれればいいんだけど」
苦しむことなく、嘆くことなく。リーリアにもフリーダにもしあわせになってほしい。
魔王も、ラッセルも、ずっとそれを願い続けているのだから。