第13話 魔王レオ ④
「あーあーあーあー、マジで胸糞悪い!」
ぶつぶつ言いつつ、向かってくる人族の兵士たちをぶん殴りつつ、魔王とラッセルは歩いて平原を王城まで戻っていった。
翼を持ち、空を飛ぶ魔物の背に乗って人族の王城に向かえば早い。だが、消化不良のモヤモヤした気持ちをかけたままよりは、その気持ちを八つ当たり的にでも人族の兵にぶつけながら戻ったほうがマシ……だった。
「ムカつく奴らをぶっ殺して、すっきりさっぱりとはいかねえのな!」
「そうですね……」
自身もくさくさとした思いを抱えているラッセルは魔王の言葉に同意した。
「あっさり倒すよりも、死にたくないと喚き叫ぶほどの恐ろしい目に遭わせた方が良かったでしょうか?」
「でも、時間かけすぎて、あの王女さんが苦しむのを長引かせるのもなあ……。できるだけさっさと済ませてやんねーとって」
「苦しみを取り除くのはどうしたらいいんでしょう……なんて、私たちが言うのも偽善ですよねえ……」
ラッセルの溜息と魔王の溜息が重なった。
そもそもの原因は、人族と魔族の長きにわたる争い。
争いが起きれば、心が歪み。その結果、リーリアという犠牲が生じた。
「……オレらが生まれる前から戦ってたんだし、しょうがないって言うか、どうしようもねえんだけど」
「過去は変えられませんからねえ……」
「せめて未来は変えようぜ」
「おお! さすが魔王様! 前向きなご意見!」
「……褒められるようなこっちゃねえよ。人族をせん滅して、魔族だけになって、後はオレが力で押さえつけちまえーって。めっちゃ乱暴」
「……まあ、でも、それが一番早いです」
「身勝手なことは、わかってるし、王女さんに同情しているだけっつーのもわかってるけど。ま、やりたいようにやるしか、オレの取れる手段はない!」
圧倒的な力を持つとはいえ、生まれてまだ数年しか経っていない魔王に、できることなどほとんどない。
人族と魔族が共に納得できるように調停など無理である。
しかも、人族の王は殺したようなものだし、まだ生きていたとしても、数日のうちには死ぬだろう。
魔族の側だとて、一枚岩ではない。
そもそもが、知性がそれほどない魔物や凶暴な魔獣、知性が高く人型に近い者をすべてひっくるめて魔族と称しているのだから、魔族と一括りにするのはおおざっぱすぎる。
魔族の意見はこれこれこうだなどとまとめることなど不可能。
仮に、魔王が人族の王と協定を組み、今後両者は争いを起こさないなどと決めたところで、人族が魔獣の縄張りにうっかり入ってしまえば、魔獣は人族を殺すだろうし、そうなれば、人族だとて、魔獣狩りに徒党を組んで出かけるだろう。
無意味な協定を組むよりは、魔王がさっさと人族をせん滅したほうが早いのだ。
人族のいない魔族だけの世界では、弱い魔物が強い魔獣に殺されるようになるかもしれないが。
とりあえず、何かの際には魔王が力ずくで押さえつけることもできるが、押さえつけるばかりでは反発を産む。
そもそも、魔王自体が魔族をすべて管理し統率するつもりなどない。
自由気ままに、それぞれが勝手に生きればいいのだ。
戦おうが逃げようが、好きにしろ。
自分は美味い飯を食えればそれでいい。
そうした結果、人族の側でリーリアという犠牲が出た。
知らずにいれば、放置していたが、知って、リーリアに同情してしまったから、人族を屠るだけ。実に身勝手ではある。
「まあなあ。魔族なんて勝手気ままに生きてんだから、仕方ねえよなー」
「全員が納得する。そんなのは無理でしょう。やりたいように生きてやりたいように死ねばいいんです。ごちゃごちゃ言わずに、人族がムカついた。だからぶっ殺すのでいいじゃないですか。魔王はあなた様です。せん滅しようが博愛だろうがどちらでもよろしい」
「……ラッセルのほうが、そのあたり、割り切り早いよな」
「まあ、魔王様より長く生きてますから。私は正しく生きるなんてできません。自分の思うとおりに、後悔のないようにすればそれで」
「ん、前向き案、採用。で、これからどーする?」
「人族せん滅後ですか? 周辺キレイにして、魔族は山の向こう側で好き勝手してよいとして、山のこっち側は魔王様の遊び場だから入って来るな。入るなら、魔王様に何されても文句言うなと、通達でも出します?」
「オレの名前で、圧力かけるんかーっ!」
エゲツねえな! と言いつつ魔王は笑った。
「人族の王女さんを石化から解いて、五、六十年くらい、のんびりと花に囲まれてゆっくりさせて、笑って過ごせばいいと思いますよ」
「あー……人族は寿命も短いからなー」
「はい。短い人生、その半生が苦しみだったのですから、残り半生は楽しく過ごせるようにして差し上げましょう」
そうするかと、魔王も同意した。
***
リーリアが、フッと目を覚ました時、最初に見えたのは二人の青年だった。
一人は紫色を帯びた濃い青色の短い髪、左の眼に黒色の眼帯をした細身の青年。
もう一人は長い黒髪を後ろで三つ編みにしている少年……というほど幼くはないが、青年というにはやや顔つきが若い者。
二人はシロツメクサを何やらせっせと編んでいた。
「あーもうっ! めんどくせえ! すぐブチっと千切れるし!」
「魔王様、意外に手先不器用ですよね。ほら、なるべく長い茎の奴を二本交差させて、くるっと巻くだけですよ」
「むきーっ! くるっと巻きつけると、ブチって切れる! 花冠なんて、めんどくせー!」
「……シロツメクサの花冠を作って王女さんの頭を飾りたいって言いだしたの、魔王様ですが」
「だって似合いそうだろ⁉ 眠ってる王女にシロツメクサの花冠! 可憐だろ!」
「はいはい。そのためには頑張って作りましょう」
「むー……。ラッセルが作れよ、ラッセルが!」
ラッセルは笑って、できたばかりの花冠を魔王の頭に乗せた。
「似合いますよ、魔王様」
「オレにじゃなくて、王女さんに……って、あ、」
魔王は、リーリアがぼんやりと目を開けたのに気がついた。
「王女さん、目が覚めたか!」
手にしていたシロツメクサを放り投げて、魔王はリーリアの元に走り出そうとして……、ラッセルにその首根っこを掴まれた。
「寝起きの女性に突進しないように」
ラッセルは、ぽいっと魔王を放って、それから優雅に一礼をした。
「大変失礼をしました、王女様。私は魔王配下、と言いますか、お世話係のラッセルと申します。で、あちらが黒髪の子ザル……ではなく、我らが魔王様でいらっしゃいます」
リーリアは、状況がつかめなかった。
故に、ぼけっとラッセルの自己紹介を聞くだけの状態で。
「ラッセル貴様、誰が子ザルだと……?」
ジト目の魔王にも、リーリアはどう反応してよいかわからない。
「背が伸びられましたからねえ、もうチビとは言えないでしょう」
「おう! もうすぐラッセルを抜かすかもよ!」
子ザルと言われ不機嫌になったのも忘れたかのように、魔王はにへらと笑った。
「はい。大きくなられましたねえ」
しみじみと、ラッセルも言った。
「飯が美味いと背も伸びるってな!」
屠った人族の料理人、約二十人分の記憶を読んだが、読んだだけですぐに料理が上手くなるはずもなく。ラッセルの作る料理が、魔王の満足できる水準に達するまでは百年以上の時間がかかってしまったのだが。
「……ええ、それはそれはもう、私、ひじょーに努力しましたからねえ」
「うむ、褒めて遣わす! 最近はマジで、ラッセルの作る飯は美味い!」
「……ありがとうございます。これからも精進いたしますね」
二人の冗談のような会話も、意味が分からなくて。
「あ、あれ? 目は開いたけど、王女さん、まだ寝てる?」
魔王が近寄って、じっとリーリアの顔を覗きこむ。
「え、えっと、あの……」
「はい、魔王様、そんなに顔を近づけるのはマナー違反です」
リーリアの戸惑う声と、ラッセルの咎める声が重なった。
そしてまた、ラッセルは魔王の首根っこをひっつかんだ。
「重ねて失礼いたしました。私の教育足りず、王女様には申し訳ない」
「いいえ、あ、あの……、ここは……、わたくしは……」
魔王とその世話係ということはリーリアにも理解できた。
だが、ここはどこだろう。
見れば、シロツメクサが咲き乱れる草原に、何故だか天蓋付きの大きなベッドが置かれていて、そこにリーリアは眠らされていたようなのだ。
遠くに、見覚えのある山の稜線は見えた。自分が石化したであろう泉も比較的近くに見える。
だが、王城はない。
いや、ないわけではないが、城の二階から上がなくなっていて、そこには大きな木が何本も生えていた。城の一階部分だけは残されているようだが、これは何だろう……? というか、どういうことだろう……?
首を傾げるリーリアに、魔王は無造作に言った。
「あ、王女さんの城な! 上の部分はぶっ壊して、で、そこになんかいろいろ木とか草とか花とか植えた!」
「な、なんか、いろいろ……」
おおざっぱすぎる言いかたに、どう返答してよいかリーリアは迷った。
「うん。元気になったら、果実とか取って食おうな!」
にっこにっこと笑みながら、魔王はラッセルに乗せられた花冠を、自分の頭から取って、リーリアの頭に乗せた。
「あ、えっと、ありがとうございます……」
「似合う。かわいいな、王女さん」
「えっと……」
よくわからない。
挙動不審になりそうなリーリアに、ラッセルが突然告げた。
「『どうか、魔王よ。もしもわたくしのこの声が聞こえているのならば、わたくしの結界を維持し、何百年もの眠りをわたくしに与えて。そして、人族が滅んだ後の世界をわたくしに見せて』」
「え!」
それは確かに、石化する前に、リーリア自身が月虹にかけた願い。
「目覚めたばかりの混乱時に、いきなり告げるのもどうかと思いましたが。ここは人族が滅んだ後の世界です」
「滅んだ……」
ラッセルの言葉に、リーリアの頭がすうっと冷めた。
滅んだのだ。
きっと、月虹にかけた願いが、この目の前の魔王とラッセルに通じて。
妄信によって、自分を聖女に仕立て上げた人族は。
自分の願いによって、きっと、滅んだ。
それを喜んでいいのか、悲しんでいいのか。
今のリーリアにはわからなかった。
わからないまま、ただ茫然とするリーリアにラッセルは言った。
「だから、安心していいんです。あなたはもう聖女じゃない。王女でなくていい。何の責任も、何の義務もない、一人の、リーリアという娘。それでいいんです」
「わたくし……」
安心。
していいのか。
本当に?
リーリアは縋るようにラッセルを見た。
「いいんですよ。好き勝手して。魔王様だって、自由気ままに生きているんですから」
「わ、わたく、し、は……」
「私たちは、あなたに何かを強いるつもりはありません。自由にしていいんです。だけど、たった一つ、あなたにお願いがありまして」
「な、何でしょう……?」
「王女様のことを……リーリア様とお名前で呼ばせていただいてもよろしいですか?」
ラッセルはにっこりと笑った。