第12話 魔王レオ ③
そして、二人は城の内部へと侵入した。城内の兵の剣を奪い、その剣で人族を次々に屠る。剣が刃こぼれしたり、血脂で汚れたりすれば、別の剣を奪う。
それを繰り返しながら、城の一階から二階、二階から三階へと進む。
「人族の王は、どこかな」
一人、また一人と、屠りながら、魔王が聞いた。
ラッセルは眼帯を外した目で、辺りを見る。
「あっちですね」
魔王とラッセルは、あっさりと王のいる謁見室に到達した。
真っ青な顔で王座に座るカイエンに、魔王は虫けらでも見るような視線を向けた。
「人族の王だな?」
「だ、誰だ!」
カイエンの声が上ずった。
「魔王と呼ばれている者だ。固有の名を名乗るのなら、レオ」
「その魔王様の配下、ラッセル」
魔王とラッセルは謁見の間の中央で敢えて名乗った。
「だ、誰かっ! この者たちを倒せ!」
ひきつった声でカイエンが兵を呼ぶ。だが、カイエンの呼ぶ声に答える者はいない。
既に王城の廊下という廊下は血の海だ。
兵ではない、侍女や下男、調理人など無抵抗の者を少数残して、後は殲滅した。
そして、侍女や下男たちには、魔王とラッセルが殺した者たちの処理と、城の掃除を命じてある。料理人たちにはもちろん、美味い飯を作れと言った。
それが終わるまでは生かしてやるとも告げて。
「とっとと殺すか、長く苦しませるか。ちょっと迷ったんだけどな。コイツにも死体処理だの廃棄だのさせるとかさ」
「命じてもやらないんじゃあないですか? 王としてのプライドもあるでしょうし」
「そこは魔物でも見張りにつけてさ。ちゃーんとお城を元のようにきれいにしないと、指を一本ずつ食わせるぞ、とか」
「ああ、それも、手段としてはアリですねえ」
「ま、でも、他の使用人たちの迷惑になるなら、別の手段を取るか」
などと言いながら、魔王は謁見の間の窓際にスタスタと近寄って行った。そして、その窓と壁を蹴飛ばす。二度、三度と繰り返し、壁の穴は大きくなった。
空いた穴からも月がは見える。その月の光が照らす王都城下は、静謐にも見えるし、王城で起きた惨劇に身を潜めているようにも見えた。
「翼を持つ魔物の眷属よ、魔王の求めに応じ、ここへ来たれ!」
魔王が叫び、程なくしてやってきたのは女性の頭部を持った怪鳥。足には長く鋭い爪を持つ。
「あそこにいる人族の王を、しばらくの間、空の旅に出してやってくれ」
怪鳥は、耳障りな声で鳴くと、カイエン目がけて飛んでいき、そしてその肩を足で掴んだ。爪が、カイエンの皮膚を突き破る。
「うああああああ」
カイエンの口から悲鳴が上がった。
「人族が滅びるのを、空から見ていろ。残念ながら夜だからそんなには見えないけどな」
翼を広げた怪鳥が、城の上高く、旋回するかのように飛び続けているのを見て、魔王はあっさりと「じゃ、次な」と言った。
魔王はもう、カイエンには興味がなかった。
怪鳥が空を飛ぶのに飽きたら、カイエンなど空から落とすか、それとも食うかもしれないが、もはやどちらでもいい。
先ほど足で蹴って広げた壁の穴から、無造作に外に飛び出る。
ふわりと、魔王とラッセルは地上に降り立った。
「ラッセル、剣聖とかいうヤツはどこにいる?」
眼帯を取ったままのラッセルが周囲を見回す。
「ああ、あちらですね。山の向こう」
「ちっ! 遠いな!」
さっさと片付けるつもりだったのに……と、魔王が舌打ちをした。
「テキトウに人族を片付けながら、向かいましょう」
ラッセルは落ちている剣を一本拾いながら言った。切りつけながら進みましょうとでもいうかのように、その剣を構える。
「それじゃあ時間がかかりすぎるだろ」
「じゃ、ドラゴンでも召喚します?」
「ファイア・ドレイクでいいだろ。そこにいるし」
「了解しました」
王城の近くまで飛んできたファイア・ドレイクの背に乗り、空を飛ぶ。ついでとばかりに何度か地上に向けて、ファイア・ドレイクの口から火球を吐き出させる。
「お、結構よく燃えるな」
人族の王都が燃える。炎が、逃げ惑う人々を照らす。
「馬や牛……牧場とか畑はなるべく燃やさないほうがいいですね」
「そうだな。人族が滅んだあと、オークとかゴブリンとかドワーフとかに管理させればいいか?」
「ゴーレムを使役して、単純労働を命じたほうがいいですかね?」
「あ、人族の城の死体処理も、使用人を生かしておくんじゃなくて、グールでも放っておけばよかったか! あいつら死体を食うんだし」
「ま、そういうのを考えるのは後でいいんじゃないですか?」
「そーだな。とにかくムカつく男を先に殺そう」
王城から見えていた山の稜線を飛び越え、戦場となっている平原を見下ろす。人族も魔族も小さな豆粒のようにしか見えない。剣聖と呼ばれる男はどこだと、魔王は目を細めて探した。
「……いました」
「どこだ」
魔王の問いには答えず、ラッセルは先ほど拾った剣を手に、さっさとファイア・ドレイクの背から飛び降りた。
「先に行きます」
「あ、ズルい! 先に行くなよ!」
魔王も慌てて飛び降りる。
ラッセルは飛び降りながら、剣を振り上げた。
「……くたばれ」
ぼそりと、低い声で告げ、月の光を反射した剣を、無造作に振り下ろす。
剣聖であるエルンストの右腕は、着ていた金属鎧ごと、あっさりと切り落とされた。
エルンストが信じられない思いで切られた腕を見る。
何が何だかわからなかった。
いきなり、自分の腕が地面に転がった。そうとしか思えなかった。呆然としているうちに、ふわりとラッセルがエルンストの目の前に舞い降りた。
「くだらない男に手間をかけるのも馬鹿らしい……が」
見たことも会ったこともない男から、いきなり怒りのこもった言葉を向けられる意味も分からない。
問おうとして、ラッセルの耳が目に入った。尖った耳は魔族の証。
魔族か……と、言葉を発しようとしたときに、ようやく切られた腕の痛みを感じ出した。
「『魔王よ。もしもわたくしのこの声が聞こえているのならば、わたくしの結界を維持し、何百年もの眠りをわたくしに与えて。そして、人族が滅んだ後の世界をわたくしに見せて』」
肩の付け根を抑えて蹲るエルンストに、ラッセルは冷たく言い放つ。
「王女をそこまで追い詰めたのは貴様らだ」
告げられた言葉がじわじわと毒のようにエルンストの体中にしみ込んできた。
「貴様が……、魔王、か……」
エルンストの問いに、ラッセルが答える前に「ざーんねん。魔王はオレだ」という声が上から振ってきた。
「あーあ、クソ野郎はオレがなぐってやろうと思ったのに。ズルいぞ、ラッセル!」
「すみません。ぶった切ってやりたいという気持ちが抑えられずに……」
「ま、わかるけどな」
地上に降り立った魔王が、エルンストを見下す。
「寝ている女を襲うようなクソ野郎はさっさとくたばれ!」
魔王がエルンストを右足で蹴飛ばした。それほど強く蹴ったつもりはなくても、エルンストの体はそのまま地面をごろごろと転がった。
「じゃあな、クソ野郎! 残りの時間を後悔して過ごせ!」
立ち上がる気力も体力もなく。エルンストは寝転がったまま去っていく魔王とラッセルを見送るしかなかった。
呆然としたまま、今言われた言葉を反芻する。
『魔王よ。もしもわたくしのこの声が聞こえているのならば、わたくしの結界を維持し、何百年もの眠りをわたくしに与えて。そして、人族が滅んだ後の世界をわたくしに見せて』
「姫……様……」
ラッセルの告げた王女が、リーリアのことだと、エルンストにはわかった。
「姫……様……」
だが、姫様、と発した言葉のその後になんと続けていいかわからない。
王命だったと言い訳するべきだ……などとこの期に及んで思いもした。
そんなエルンストを月の光が冷たく照らす。
ああ……、まるでリーリア姫の髪のような……。残された片方の手を、月の光に伸ばす。伸ばしても、月には届かない。
「申し訳ございません、姫様……」
謝罪の言葉を、聞く者は、誰一人として、この場にはいなかった。