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第11話 魔王レオ ②

 そうして、食事をしつつ、料理人の記憶を読みつつ、魔王とラッセルはのんびりと  人族の王城の裏手にある泉に辿り着いた。もちろん出会った人族を屠りながら……だ。

「これですか?」

「うん。多分、これ」

 泉の中央には、祈る姿で石化した若い女がいた。

「助けて魔王様っつーからには、助けてやらんこともねえけどな」

「これ、人族ですよ?」

「うまい飯、作るヤツなら助けねえと」

「……………この石像の記憶、読んでみますね」

 溜息を吐きながら、ラッセルはざばざばと泉に入って行く。

 そうして、左目の眼帯を外し、石像をじっと見た。

「う……」

 流れ込んでくるリーリアの記憶。

 思わずラッセルはうめき声を上げた。

「何? どーした、ラッセル」

「あ、いや……この石像、人族の王女、なんですけど」

「うん」

「なんていうのか……。魔王様も、この記憶、読みますか?」

 今見た記憶を、ラッセルは魔王にも流した。

 魔族に母親が殺されたのが八歳の時。騎士たちに守られてなんとか教会に逃げ着いた。そこで、弱い治癒力を持って、負傷した人族たちを治していった。完治はできないほどの弱い力。それでも人族の民は、リーリアを聖女と呼びだした。聖女の名はリーリアの父である王によって、人族中に広められた。更に、聖女が勇者を産み、そしてその勇者が魔王を倒すなどという根拠のない話も広まっていった。そのような迷信は本当のことではないと知りつつ、人族の王はリーリアに勇者を産ませようとした。そして、眠り薬を入れた茶を出させ、眠っているリーリアの体を剣聖と呼ばれる男に抱かせた……。

「ひでぇ……だろ、これ」

 リーリアの記憶を見せてもらった魔王は呻いた。

 記憶をすべて読んだラッセルは無言だった。

 人族と魔族。確かに長年争いを続けている。だが、魔王にとっては争うことよりも、日々の食事のほうが重要であったし、そのため、魔物や魔族が人族を襲っても、それは放置していたのだが……。

「……剣聖って男、前に会ったな」

「そうですね……」

「オレが手にかけるほどの者じゃあないだろ……とか言わないで、あのとき殺しておけばよかったか……」

 思い出し、魔王は悔やんだ。

「あの時点で剣聖とかいう男を殺していたとしても、人族の王は、別の誰かをあてがったと思います」

 人族の王女が、人族の者たちに何をどうされようと、魔族である自分たちは関係ない。

 そう言い切れれば良かった。

 魔王もラッセルも、魔族を統率することは別に興味がない。

 魔王が生まれるずっと前から、人族と魔族は争ってきたのだし、勝手にいつまでも戦っていればいいと、他人事のように魔王は思っていた。

 美味しい食事をして、向かってきた敵をテキトウに殺して、自由気ままに過ごせればよかった。

 人族を抹殺しろなどと、魔族に命じるつもりもないし、逆に魔族から人族を亡ぼしてくれと頼まれても、そんな面倒なことはお前たちが勝手にやればいいと放置してきた。

 誰に縛られることなく、自由気ままに。

 世話をしてくれるラッセルがいるなら衣食には困らないし、住むところなどもどうでもいい。森で寝てもいいし、人族の貴族の館を奪ってもよかった。

 生まれてから、ずっと、そうしてきて、これからも、ずっと自由気ままに過ごすつもりでいた。

 だけど。

 知ってしまったことに対して、知らなかった頃のようには過ごせない。

 しかも、リーリアの記憶は、大量の石を、無理やり腹の中に詰め込まれたように重く苦しい。

「……魔王様」

 ラッセルは低い声で言った。

「この石像になった王女に、同情しただけ……なのかもしれませんけど」

「うん」

「人族、ぶっ殺してきていいですか? 正直、胸糞悪い」

 他人の記憶を勝手に読んだ罪悪感。

 不幸な人生を送ってきた王女への同情心。

 今、胸の奥から湧き上がっているのは、薄っぺらい義憤か義侠心でしかないと、ラッセルと魔王は、理性では判断していた。

 だが、理性ではなく、感情は。

 腸が煮えくり返るような怒りではないが、それでも、憤る感情を抑えきれない。

 腹の奥に詰め込まれた重たい石を、今すぐに全部、吐き出してしまいたい。

「オレも行く」

 魔王は即答した。

「確かな根拠もない妄信を掲げて、勇者を産めば魔族を亡ぼせるだのなんだのと。人族にそれを信じさせて、挙句、一人の女を犠牲にしただけだろ。人族の王も、人族も、すげえムカつく」

 魔王は石像と化したリーリアをじっと見た。

 ラッセルに見せられた、リーリアの記憶。

 石化する前の切なる声が、何度も繰り返し聞こえてくるように感じられる。

「わたくしは、人族の王の娘。勇者を産む聖女に仕立て上げられた者」

「人族が滅びるまで。わたくしはわたくしの力をこの身にかけ続ける。いえ、わたくしの力は弱い。月と虹の円を、その光を、循環の力に変えて、石化を保ち続ける。どうか、魔王よ。もしもわたくしのこの声が聞こえているのならば、わたくしの結界を維持し、何百年もの眠りをわたくしに与えて。そして、人族が滅んだ後の世界をわたくしに見せて。もしも、わたくしの腹に、既に子が宿っているというのならば、その子を自由な世界で、自由に生きさせて。勇者になんか、させないで。身勝手な女の、身勝手な願いを……どうか……」

 人族の、王女が、その人族の滅びを願う。

 魔王は、ぐっと拳を握った。

「何百年もの眠り……なんて、そんな長い時間、ずっとアンタを苦しませなんかしねえから。さくっと滅ぼしてきてやる。安心して待っていろ」

 魔王の金の瞳に月の光が反射した。闇の中、鈍く光るそれは、まるで研がれたばかりの剣のようだった。

「そうですね。さっさと済ませましょうか」

 ラッセルの瞳にも血の色が走る。

「あ、ちょっと待て。泉の周りに結界だけは張っとくから。石像の王女さんの、一部でも欠けたら大変だから」

「そうですね。お願いします。魔王様」


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