第10話 魔王レオ ①
「腹減った! ラッセル、美味い飯よこせ!」
「…………魔王様。私の顔を見れば、飯飯飯飯って」
「仕方ねえだろ、成長期なんだよ。腹が減る」
「あー……、確かに。このところ身長が伸びられて」
「だろ!」
魔王は「えへん」と胸を張った。
「……まあ、まだ私の胸部より低いですけどね」
「うっせえ! ラッセルがでかすぎるんだよ!」
「ドラゴンとか大型の魔物に比べれば、私も小さいほうですが。それよりももっと魔王様のほうがお小さいんですよ」
「チビ言うな! でかくなるために美味い飯を寄越せ!」
「あー……」
生まれたばかりの頃は、魔物の肉でも人族の肉でも文句を言わずに食していた魔王であったが、このところ、非常に味にうるさい。
以前、テキトウな人族の貴族の屋敷を襲って、そこで貴族用にと用意されていた昼食を魔王に食べさせてしまったのが敗因だ……と、ラッセルは後悔した。
若鴨の香草焼きのクランベリーソースがけ、黒トリュフのスープ、季節の野菜を使ったサラダ、デザートなどなど。
確かに、とてつもなく味は良かった。魔王が、その金色の瞳をキラキラと、いつもの百倍は輝かせながら食べる様子には、ラッセル自身も非常に満足した。
だが、それから。
魔王は食事に文句をつけるようになった。
「うまい飯を寄越せ!」
一日に、何度も、魔王から言われて、ラッセルはげっそりとした。
「腹に入れば何だっていいでしょうが!」
「違う! 人族の貴族飯は美味い! 魔物肉なんてもう食えない!」
ラッセルは、内心、ああ、めんどうだなあ……と思いながら、空を見上げた。
すでに、夜。
夜空には満月が輝き、地上を照らす。
「魔族と人族の死体なら、あの辺の草原にいくらでも転がっているんですから。食材を無駄にするのはもったいないでしょう? 今日のところはそれで我慢しませんか……?」
無理だろうなあと思いながらも、ラッセルは思わず空を見上げた。
「あ、」
「なんだ?」
「見てくださいよ、魔王様。ほら、虹です」
「虹? 今は夜だぞ? 雨あがりの晴れでもないの……に……って、うわあ、マジで虹が空にある!」
夜だというのに、その空にはたしかに虹が掛かっていた。
「月虹とか言いましたっけ?」
「月虹……」
「はい。人族の間では、神が祝福を与えに訪れるだとか、見た者はしあわせになるとか、言われているようですね」
「何だ、それ。根拠のない言い伝えとかいうやつ?」
「魔族と違って人族はおまじないとか花占いとか、好みますよねえ」
「くっだらね!」
そう言いつつ、魔王は月虹を見上げ続けた。
ラッセルはこのまま空腹のことは忘れてくれるといいなあと思っていたのだが。
魔王の顔が、いきなり剣呑さを帯びた。
「魔王様?」
「しっ! 黙れ」
仮に武器を持った人族に囲まれていようが、こんな表情をする魔王ではない。余程の危険が……とも思ったが、魔王は「ちっ! 聞こえなくなっちまった!」と吐き出すのみだった。
「何か聞こえでもしたんですか?」
魔王は頷いた。
「ああ……。何か、若い女? の声?」
「へ?」
「『魔物の王よ、わたくしの声が聞こえますか……』ってさ。その後はあんまりうまく聞き取れなかった」
ラッセルは少し考えた。
美味い飯しか言わない魔王が、お腹が空きすぎて、幻聴でも聴いたのかと。それ程ならば、大至急何か食べさせねば……と。
だが、若い女の声。
「ええと、ちなみにその声は、どのあたりから聞こえてしましたか?」
「あっち」
魔王が指を差したのは、山の向こう。人族の王城があると思われる方角。
ラッセルの頭に妙案が浮かんだ。
「……行ってみます? 途中、人族の貴族の屋敷がいくつもあるでしょうから、襲いつつ、食事しつつ、声を探しに」
魔王の世話係とはいえ、夜中に料理などしたくない。ならば奪えばいい……。そんなラッセルの考えなどには全く気がつかず、魔王は瞳を輝かせた。
「ナイスアイデア! よし、行こう! すぐ行こう! 飯飯!」
魔王とラッセル。二人が人族の領地に侵攻している様子を見て、他の魔族たちも人族の領内へと向かいだした。ようやく魔王様がやる気を出して、人族をせん滅するのか……と。
全力で進行する魔族に反して、魔王は食優先であったが。
「あー、美味い! ここの料理サイコー!」
「そうですか、それはよかったですね……」
テーブルの上には豪華な食事が並んでいるが、その床には人族の兵やら侍女やらの死体が、何十と転がっているのだが。
まあ、魔王が気にしなければよいか……と、ラッセルは諦めて、自分の食事をとった。
「……確かにかなり美味いですね」
「だろ?」
「料理人、生かしておきます?」
「生かしておいたところで何十年かで人間は死ぬだろ」
「まあ、そうですが」
「だったらさぁ、ラッセルがこーゆー飯作れるようになればいいんじゃないかなーって」
上目遣いで、ラッセルを見てくる魔王に、ラッセルは溜息をついた。
「…………ご命令とあらば」
ラッセルは、左の眼を常に眼帯で隠している。隠さないでいると、左目で見た相手の記憶をどんどん読み取ってしまうのだ。その能力を使えば、料理人の記憶を読み、料理方法を入手することも可能なのが。
「……料理をおぼえるための能力なんかじゃあないんですけどねぇ」
そう言いつつも、とりあえず、魔王が気に入ったこの屋敷の料理人たちの記憶を読みに、ラッセルは立ち上がった。