罪
昔の事だ。
僕は人を殺した。
「ふう」
ビールを飲みこむ。
「くそ」
事故で。
信号無視で突っ込んで来た乗用車の人間を殺した。
事故は正面衝突だった。
とはいえ向こうの過失だから此方に罪はない。
罪は無いが負い目はある。
親を失った子供の目が怖かった。
向こうの両親は即死だった。
重症を負い救急搬送される子供の目が。
噂によると子供は暫くして死んだらしい。
その時からだ。
乗り物に乗れなかなくなったのは。
仕事は無断欠勤。
恐らくクビだろう。
あの日から家で引きこもった。
他人の視線が怖いのが原因だ。
視線が怖いからだ。
責められてる気がしたからだ。
だがら一日中引きこもった。
家でテレビばかりみていた。
ビールを片手に。
だが人間だからお腹がすく。
しかし御腹が空いても御飯を買いに行く気になれなかった。
そこで無人販売を利用するようになった。
若しくは近所の家庭菜園の野菜を失敬したりもした。
まあ~~ビールは腐るほど有るが……。
「それはそうと……深夜とはいえ人が居ないな……」
田舎特有の田園風景。
幾ら田舎だと言えども此処まで人が居ないのも珍しい。
コンビニの近くを通ったが人の気配が無かった。
いつも溜まり場にしてる不良はおろか店員すら居ない。
休憩中だから店員はいなと思うが……。
そんな時だ。
その少年に会ったのは。
その少年は突然現れ僕に話しかけてきた。
「これを見てください小父さん」
意味不明な事を。
というか知り合いで無いのだが。
「お前誰?」
奇妙な少年だった。
妙齢の女性のようだし精悍な男性に感じられる。
そんな奇妙な感じの少年だった。
どこか見覚えが有る。
「良いから見てください小父さん」
「小父さんではない御兄さんと呼べ」
「分りました小父さん」
「……」
「この手にある物を見てください」
見知らぬ少年に見せられた物。
恐らく物。
恐らく物というのは理由がある。
見せられた物が無いのだ。
完全に。
何もない。
それを恐る恐る手に持ってる。
「何もないが?」
「何言ってるんですかっ! 此処に有るじゃないですか」
「どこに?」
「ここに」
うん。
分からん。
付き合ってられん。
「帰るの小父さん?」
「付き合ってられん」
「そんな僕を捨てるのっ!」
「人聞きの悪いことを言うなっ!」
「え~~良いじゃん小父さん」
「疲れる」
「またね~~」
二度と会いたくない。
そう思いながら帰宅した。
次の日。
「これを見てください小父さん」
「またお前か」
昨日の少年が居た。
またも。
「良いから見てください小父さん」
「小父さんではない御兄さんと呼べ」
「分りました小父さん」
「……」
「この手にある物を見てください」
この手の下りやったな。
見知らぬ少年に見せられた物。
完全に。
何もない。
本当に。
それを恐る恐る手に持ってる。
「何もないが?」
「何言ってるんですかっ! 此処に有るじゃないですか」
「どこに?」
「ここに」
「どこに?」
「ここ」
うん。
これもやった。
「帰るの小父さん?」
「付き合ってられん」
「そんな僕を捨てるのっ!」
「人聞きの悪いことを言うなっ!」
「え~~良いじゃん小父さん」
「疲れる」
「またね~~」
また明日も会いそうだな……。
次の日。
「これを見てください小父さん」
「またお前か」
昨日の少年が居た。
またも。
「良いから見てください小父さん」
「小父さんではない御兄さんと呼べ」
「分りました小父さん」
「……」
「この手にある物を見てください」
この手の下りやったな。
見知らぬ少年に見せられた物。
完全に。
何もない。
本当に。
それを恐る恐る手に持ってる。
「何もないが?」
「何言ってるんですかっ! 此処に有るじゃないですか」
「どこに?」
「ここに」
「どこに?」
「ここ」
うん。
これもやった。
「帰るの小父さん?」
「付き合ってられん」
「そんな僕を捨てるのっ!」
「人聞きの悪いことを言うなっ!」
「え~~良いじゃん小父さん」
「疲れる」
「またね~~」
また明日も会いそうだな……。
次の日。
「これを見てください小父さん」
「またお前か」
一昨日の少年が居た。
またも。
「良いから見てください小父さん」
「小父さんではない御兄さんと呼べ」
「分りました小父さん」
「……」
「この手にある物を見てください」
「分ったよ」
「おや?」
「どうした」
「今度は素直に見てくれるんですね~~」
にひひっと笑う少年。
「まあな」
そう言いながら見てみる。
見てみるが何もない。
本当に。
「何もないぞ」
「あれ? おかしいな~~」
「はあ……もう良いか?」
「ああっ! 忘れてたっ!」
「なんだよ」
「自分で指を組んで御呪いを言わないと駄目なんだ」
「はい?」
「真似して」
「あ~~」
メンドイ。
しかしまあ付き合うか。
「特別な指の組み方をして」
眼前で狐のような指の組み方をして素早く変化させる。
それを真似する僕。
「呪文を唱え」
はいはい。
「けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ」
「けしやうのものか、ましやうのものか正体をあらわせ」
そうして僕は指の隙間から見る。
何も見えない。
何も。
物など。
物は見えなかった。
そう見えない。
「ねえ……見えた?」
指の隙間から見た世界は一変した。
「……」
そこに見えたのは囂々と燃える炎。
赤く燃える炎。
囂々と。
囂々と。
あたり一面見渡す限り炎の光景だった。
見渡す限りの田園風景は無い。
あたり一面囂々と燃える炎の大地だった。
この世ではあり得ない光景。
その中で踊る人影。
「ぎやあああああっ!」
「熱いいいいいいっ!」
いや此れは踊っていると言えるのだろうか?
炎に焼かれ苦しむ亡者とも言うべき存在。
此処はまるで……。
「地獄へようこそ」
「待ってたよ」
「いらっしゃい」
僕に声を掛けた人物。
少年が居た方から声が聞こえたので振り向く。
そこには何処か見覚えのある親子が居た。
何処か。
そう何処か。
血まみれの顔で思い出した。
事故死した相手の家族。
あ……。
ああ……。
僕は悪くない。
僕は悪くない。
僕は悪くない。
僕は悪くない。
僕は悪くない。
僕は悪くない。
「飲酒運転していてもかい?」
その言葉に僕は冷や汗をかいた。
声の主は眼前の父親。
「アルコール検知器に運よく引っかからなかったがな」
その言葉に血の気が引いた。
事故の日。
飲み会の帰りの事だ。
車の中で眠り少し酔いを醒まして帰宅途中で事故にあった。
アルコールが完全に抜けてない状態で。
事故を起こし警察を待つ間にアルコールは完全に抜けていた。
アルコール検知器に運よく引っかからなかった僕はそのまま黙秘。
飲酒運転の事実を隠した。
自己保身のために。
幸い向こうが信号無視をしてたのが幸いだった。
筈だった。
結局僕は罪の意識に耐えられなかったという訳だ。
「地獄に堕ちたという事は僕は死んだのか……」
「さて……」
いつ死んだのは分からない。
落ちた理由はどうでもいい。
問題は此れから。
延々と地獄の責め苦をいつまで受け続けるのか。
その未来に何処か僕はホッとした。