第0.5話: Five Girls' Secrets"[Our Secret Choice]
手書きの手紙、クラッカーに添えられたクリームチーズ、小さな砂糖壺、飲みかけのハーブティーのグラス。
ゆるやかに揺れるシャンデリアの光が、テーブルに柔らかく反射していた。
「えーっと、今回のテーマは……ユウマ以外彼氏にするなら誰にする?やねんけど……」
フェイが、手元の手紙を持ち上げて読み上げる。
読み終えると、ソファにだらりと体を預け、顔をだらけさせた。
「正直言うてええか? サンクチュアリに男少ないねん」
「確かに〜」
ジュリアが、クラッカーにクリームチーズをのせたまま、口をモゴモゴさせながら甘ったるい声で続ける。
「ユウマ君を除いたら、ジョン君に、レオ先輩しかいなくない? あとサンクチュアリのメンバーじゃないけど、ミケロス君もかな?」
レイラは両腕を頭の後ろに添え、ソファにもたれながらため息混じりに言った。
「シルベスターさんとキース先輩は男だけどカップルだもんね」
言葉を聞いて、ローザがアイスハーブティーのグラスをそっとテーブルに置く。
ゆったりとした動作で、微笑みながらセクシーに言葉を繋いだ。
「今回はこの2人もオッケーにしましょう♡」
「じゃ、じゃあまずは1年生から始めますか」
少しだけ緊張した面持ちで、リンがソファの下に置かれていた資料ファイルを手に取る。
どう見ても、あらかじめ準備されていたそれ。
──用意したのはメリファだろう。副リーダー恐ろしい子。
「まずはジョンからね」
リンが手元の資料をめくりながら言った。
誰が話すわけでもなく、ナレーションのように淡々と読み上げられる。
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【ジョン・ミラー】
好きな食べ物:ルナ先輩の料理
趣味:魔道具の開発
相手をデートに連れていくなら?:
「僕はゆったりとした雰囲気の場所が好きなので…… そうですね、静かな図書館とかどうですかね?」
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「無理、却下」
レイラが即座に斬り捨てた。まるでSAMURAIのように。
「どうして?」
ローザが優雅に首を傾げる。
「まずプロフィールの好きな食べ物に“ルナ先輩の料理”って載せてるのが嫌。わざわざ僕彼女いますんでアピールが無理」
レイラの切り口鋭い言葉に、ジュリアも笑いながら乗っかる。
「あと、静かなところが図書館なのもNGかも〜。だって図書館だったらイチャイチャできないもん」
「そうよそうよ! だからジョンは却下! 次!」
レイラが手をパンッと鳴らして、勢いよく仕切った。
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【ミケロス・サイレン】
好きな食べ物:なし(なんでも食べる)
得意なこと:家事全般
相手をデートに連れて行くなら?:
「はぁ? いきなりなんだよ……変なこと聞くなよ髪色エメラルドおば……
す、すみません……デ、デートに連れて行くならですか?
そうだなぁ、俺はアートが好きだから何かアートを見に行きたいけど、相手が行きたいところに合わせても楽しそうだ」
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「ミケロスってこんなに可愛いかったんか……?」
フェイがキラキラと目を輝かせながら、思わず呟いた。
「うんうん♡ ミケロス君のこのツンなところがいいよね♡」
ジュリアも嬉しそうに頷く。
「なんか、メリファさんに脅されてるような感じが伝わってきたけど……」
リンは苦笑しながら、そっと資料に目を戻す。
顔が引きつる。やっぱりメリファ、恐ろしい子。
「確かにとってもキュートね。でも私はNOね」
ローザは妖艶に足を組み直しながら、微笑んだ。
「なんでぇー? 可愛いやん」
「可愛いのは可愛いわよ。でも、“相手に合わせるのが楽しい”って、言い換えれば“考えるのがめんどくさい”ともとれるわ」
「確かに」
レイラが納得しながら、フォークでサラダをつついた。
リンはふと、ある記憶を思い出す。
──つい先日、ユウマと二人で出掛けたときのこと。
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「どっか行きたいとこないの?」
「私はどこでもいい。ユウマは?」
「んー、俺の今日の気分はリンに合わせたい感じ!」
「そうなんだ……♡ じゃあ行きたいところあるんだけど……」
あの男──
私と遊びに行くのに、ノープランだったってこと?
……帰ったら斬る。
店内に差し込む陽射しが、少しだけ角度を変えていた。
時間が、静かに流れた証だ。
「リン、なに黙ってんの?」
隣からレイラが、心配そうに顔を覗き込んでくる。
ハッと気付いたリンは、慌てて声を上げた。
「あわわ! な、なんでもないよ……次いくね」
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【キース・ウッドロー】
好きな食べ物:蜂蜜がたっぷりかかったパンケーキ
得意なこと:星獣のお世話や裁縫
相手をデートに連れていくなら?:
「なんだよ、ねぇちゃん……デートに連れて行くなら? 姉がそんなこと聞く……
答えます……そうだなー、向こうのことも知りたいけど俺のことも知ってほしいから、動物園とかどうだろう?
俺は生物に詳しいし、面白くおかしく解説もできる!」
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「あり」
「あり」
「ありやな」
「YES」
レイラ、リン、フェイ、ローザが即答した。
満場一致かと思ったその時──ジュリアだけが、頬を膨らませながら言った。
「えー、キース、ヤだ〜」
「どうして、ですか?」
リンは不思議だった。キースなら、優しく楽しいデートができそうなのに。
ジュリアは二杯目の温かいミルクティーを手に取り、ゆっくりと飲んでから答えた。
「だって、一見とってもいい彼氏に見えるけど、自分の自己主張強すぎるんだもん」
「それは普段キースと過ごしてるからウチらはそう思うねやん。あれやろ? キースは同じ女の子としてしか見えんねやろ?」
フェイがフォローするように補足する。
「それもそうだけど、動物園に行って“自分のことも知ってほしい”って言う人って、だいたい自分の話ばっかりで、こっちのことなんかお構いなしって感じじゃない?」
ジュリアの鋭い言葉に、ふとローザが何かを思い出した。
──二人で食事に行った時の、ボーイ(ユウマ)とのやり取りだ。
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「それでね、ボーイ今日レイヴンったら……」
「聞いてくださいよー、ローザさん!」
「なにかしら?」
「あのツンデレのツン99%女のレイラにまた殴られたんですよ」
「暴力はいけないわね」
「し・か・も! 殴ってきたあとに“昼休みに購買でパン買ってきなさいよ!”って言うんですから!
かぁー、たまに可愛いところあると思って優しくしたらすぐこれだもん、女の子は難しい!」
「そ、そうね……」
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まさか……
ボーイは私の話を聞くよりも、ただ自分の話を聞いてほしいだけの、都合のいい人間だと思ってるんじゃ……
That guy... I'm kicking him the moment I get back.
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「ローザ先輩? 大丈夫?」
ジュリアが身を乗り出し、ローザの目の前でひらひらと手を振る。
ハッと我に返ったローザは、平気よ、と一言添え、落ち着かせるようにハーブティーを口に運んだ。
「では、次ですね」
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【レオ・デューク】
好きな食べ物:女の子♡
得意なこと:女の子を喜ばせること♡
相手をデートに連れていくなら?:
「デートかぁ……まずはデートの前日にさりげなく迎えに行って、二人で夜景の見えるスイートルームに泊まる。
あぁ!ここではキスとかもしない……普段の愚痴とか女の子のこととか、たくさん話聞いてあげて、広いベッドで寝てもらう。
俺は別室で寝るから安心しな(王子様スマイルキラーン)
それで次の日のモーニングは超豪華な朝食を一緒に食べて……え?話長い?
なんだよ、ちょ、待てよ!キモいってなんだよメリファァァァ!!」
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「キモ」
5人が満場一致で即答した。
「レオ先輩なー、入学当初はホンマにカッコイイ思ってんけどなー」
フェイが遠くを見つめながらしみじみ呟く。
「ほんとそれ。あんなに綺麗な顔立ちの人いないよね……ローザ先輩が羨ましかったもん」
ジュリアも、かつてレオに憧れていた事実を明かした。
レイラとリンも顔を見合わせ、静かに頷く。
「顔だけはね」
そのとき──
元恋人だったローザが、何かを思い出したように肩を震わせながら口を開いた。
「プレイボーイって、一見余裕のある男に見えるけど……
ホントにそういう雰囲気になると、案外奥手なのよ……ぶっ! Sorry、思い出し笑いが」
「なぁなぁ、その話詳しく聞かせてーなー」
フェイがスリスリと両手を擦り合わせながら、食いつくように身を乗り出す。
ローザが語る、かつてのレオとの甘酸っぱくも情けないエピソードに、レイラとジュリアも別の記憶を呼び起こしていた。
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──放課後、レイラの部屋に遊びに来たユウマ。
いい雰囲気になったのに。
「………」
「なに黙ってんのよ、ジッとしてないで上着の一つでも脱がせなさいよ」
「い、いや……なんか恥ずかしい」
「はぁ? あんたさっきまで盛りのついたサルみたいに……」
「ご、ごめん! 自分で脱いでください!」
……嫌なこと思い出したわ。
帰ったら焼き殺してやるわ!
レイラはイライラした顔で、黙って紅茶をかき混ぜる。
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一方、ジュリアも思い出していた。
──久しぶりに夜の寮を抜け出して、ユウマと二人きりのデートをしたとき。
「次はどこ行く♡」
「こんな時間かぁ……そろそろ帰らないとですね」
「ちょ、ちょっと待って」
「なんですか?」
「この後とかさ、ほら? ね♡」
「あぁぁ! ……えっと……その」
「もういい! 行くよ! ほら!」
なんか、レオ先輩の情けない話聞いたら、
ユウマ君のこと思い出しちゃった〜。
帰ったら電撃浴びせよ♡
ジュリアも、心の中で決意を固めた。
「いよいよ、最後ですね」
リンが資料のページをめくる。
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【シルベスター・ボサム】
好きな食べ物:キース
得意なこと:相手をいたぶる
相手をデートに連れて行くなら?:
「俺様がデート? フン! むしろ俺様を楽しませろと言いたいが、あえて連れて行くとしたら……
ショッピングモールはどうだ? それも大型の、歩き疲れはするが、雑貨店、家具やインテリアの店なんかでは
『もし一緒に暮らしたら』なんて会話もできるだろう。
相手は俺様に少しでも好意があるからデートを受けてくれたのだろう?
だったら俺様と暮らしたらどんなに楽しいかをアピールしてやるのさ!
そして疲れたらカフェで休憩しながら、さりげなく相手の話を聞く!
俺様の話はしない、次会いたいと思わせるためにな! フハハハ!!
な、なんだよ……マトモなこと言うのねとか言うなよメリファ」
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「今日イチかも」
レイラが思わず呟く。
こんなドSな男が、角砂糖みたいに甘い一面を見せるなんて。
「これはキース先輩も骨抜きにされるわけね」
リンも静かに頷く。
この人は、男女関係なくモテるタイプだ、と実感していた。
「OMG……」
ジュリアは目を泳がせながら、小さく震えた。
──3年間、一緒に過ごしてきて、こんなシルベスターを見るのは初めてだった。
「この人のほうがチートやん」
ぽつりとフェイが零す。
レオ=チートという印象が強かったが、シルベスターも相当な化け物だ。
「私もシルベスター先輩のこと好きになったかも。あっ! 違うよ! 恋心とかじゃなくて……見直した的な!」
ジュリアが慌てて両手を振った。
──そしてフェイの脳裏に、昨日の記憶が蘇った。
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昨日、ユウマと一緒に行ったショッピングモール。
「おっ! フェイ先輩、キッチン姿めっちゃ似合う〜!」
「うるさいわい、いきなりなんやねん!」
「なんか一瞬思ったんですよね、フェイ先輩が奥さんなら毎日楽しいかもって」
「は、はぁ!? 適当なこと言うたらどつくぞ我!」
「ひぃーこわーい」
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ユウマ、アイツも……
無意識に、そういうとこあるなぁ。
なんか、ムカつくわ。
帰ったらしばいたろ。
「じゃあいよいよ、誰を彼氏にするか決めましょう」
ローザの静かな一言に、テーブルを囲んでいた5人が一斉に息を呑んだ。
──どこからともなく、エンドロールが流れるような、爽やかな音が響く。
最初に口を開いたのは、リンだった。
「わ、私はやっぱりユウマがいいです……」
恥ずかしそうに頬を染めながら、言葉を繋ぐ。
「あの人って、面倒くさがり屋なとこもあるけど……怪我したり体調崩したりしたとき、
いつも最初に連絡くれるの、ユウマなんです」
「それがアリなら、アタシもユウマ」
レイラが腕を組み、頬を紅潮させながら、きっぱりと宣言する。
「頼りなくて、ナヨナヨしてる部分もあるし、影薄いときもあるけど……
なんだかんだ近くにいないと調子狂うし……やっぱアイツがいいって思う!」
「せやな、ウチもユウマやわ」
フェイはソファにあるクッションを抱きしめながら、ふわりと微笑んだ。
「実際問題、ここにいるウチら5人に手を出してるなんて最低なアホンダラやけど、それでもあの男には……魅力があると思う」
「わかる〜」
ジュリアも小さく頷きながら、続ける。
「私もユウマ君がいい♡ みんな素敵な男の子達だけど……
良いところも悪いところも、全部持ってるのがユウマ君な気がする。
ある意味、ユウマ君もチートかも♡」
「みんな、正直ね」
艶やかに髪をかきあげながら、ローザが微笑んだ。
「ボーイって、自ら道を開けるのが下手な男の子よね。
だけど、そんな男の子だから──
私達、手を貸したくなるのよ。
世の中には、1人で何でもできる人間もいるけれど。
でもやっぱり……私達が好きなのは、ヘタレで、奥手で、スケベで、無意識にあざといユウマ」
ローザの柔らかなまとめの言葉に、全員が自然と頷いた。
「じゃあ、結果はユウマってことで」
リンが資料をテーブルに置きながら、すっきりとした声で締める。
「帰ったらユウマを問い詰めるわよ!!」
レイラが拳を突き上げる。
「おーっ!」
全員が拳を上げ、明るい笑い声がカフェに弾けた。
-あとがき-
もしユウマがいなかったら、誰を選ぶ?
そんな軽いノリから始まったガールズトークは、
笑って、茶化して、からかい合って、
それでも結局、答えはひとつだった。
"やっぱり、ユウマじゃないと。"
背伸びした言葉じゃない。
完璧な理屈もない。
でも、心のどこかにしっかり根を張った、確かな想い。
面倒くさくて、頼りなくて、ヘタレで、スケベで、
それでも無意識に、誰よりも優しいユウマを、
彼女たちは誰よりもちゃんと見ていた。
恋は、きっと正解なんかなくて。
好きになる理由だって、きっとそんなに複雑じゃない。
――ただ、隣にいてほしいだけ。
それだけの気持ちが、
今日、あのカフェのテーブルに集まった秘密だった。
でも――。
当の本人は、そんな想いに気づくはずもなく。
今日も、
ありふれた毎日を、
ありふれた未来へ続くものだと、信じていた。
まだ、何も知らないまま。
次回![第1話、フツメンofウィザード]
第0.5話を読んでくださったそこのアナタ!
次回も読んでくれると嬉しいです(。•̀ᴗ-)✧