Side Story Luna [時間を戻すくらいには、あなたが好き]
タイトル通りルナのサイドストーリーです
話しの時系列としては61話僕達はまだxxxの後日談です。
後半は21時に更新予定です
冒頭の始まりかたは59話のジョンの語りと同じにしてます。
8/31
「おはようルナせんぱ…… ううん、ルナ」
「おはようジョン」
シンプルな黒のアイアンフレームのベッドに、深紅の布団と枕が二つ。
どこにでもいる、普通の――いえ、少しだけ特別なカップルの朝。
……って、ちょっと待って、ストップ、ストップ……
よかった、止まってくれたわね。
あっ……どうも皆さん、私の名前はルナ……ルナ・ドレイクと言います。エンチャントレルム魔法学校の2年生で――って、自己紹介しなくてもわかるよね。
それより緊急事態よ。なぜって?
だってもうこのエピソードが終わろうとしてるじゃない!
これは由々しき事態……ということで、私が今から時間を戻したいと思います。
ゴソゴソと内ポケットを探り、取り出したのは――
じゃーん……この切符のような紙は「クロノチケット」といって、この紙をビリッと破ると時間を巻き戻すことができるの。これで時間を戻すわね。
8/30
深いネイビーブルーの壁、黒に近い遮光カーテン。
朝日を遮るその空間は、私にとって落ち着く、静かな場所。
「ん……」
ベッドの上で身体をゆっくりと伸ばす。冷房で冷えた空気にふれる指先が、今日の緊張をほんの少しだけ思い出させた。
「アルイン、起きて。朝よ」
「ふわぁぁ……なのだ……」
小さな黒いドラゴン――私の星獣であるアルインの頭をやさしく撫でる。
その温かさが、心を少し柔らかくする。
最初にするのは、いつものこと。
カーテンを引いて、朝日を部屋に迎える。
「まぶし……」
小さくつぶやきながら、私は次の準備へ進む。
「シャワー浴びよう」
洗面台にある歯ブラシと歯磨き粉を手に取る。
――もちろんジョンと同じメーカーのもの。ささいな共通点だけど、私には大切なこだわり。
シャワーの音が身体を目覚めさせる間、私は考えていた。
明日は、ジョンの誕生日。そして今日は、その前日。
今日やるべきことは、はっきりしている。
・午前中までに、手作りのバースデーケーキを完成させる
・グレイスタウンに行って、誕生日プレゼントを選ぶ(まだ決まってない)
シャワーを終え、バスタオルを肩に掛けながら、呼吸を整える。
鏡の前で、ジュリアからもらった“勝負用”のフェイスパックを貼る。
正直こういうのは慣れていないけど……今日は特別。今日は「戦い」なのだ。
「ルナ、おかしいのだ……」
アルインが鏡の私を見て、クスクスと笑う。
いつもと違う私が、そんなに変に見えるのかしら。
「もう、笑わないでよ……」
「おぅれもケーキ作り手伝うのだ」
「よろしくね」
髪を乾かし、ひとつにまとめて結ぶ。
そのままキッチンに足を運び、テーブルに“ケーキ作り”の初心者用レシピ本を立てかける。
買ったばかりのそのページには、やたらキラキラしたイラストのデコレーションケーキ。
「いざ尋常に……勝負ね」
静かな決意を胸に、私はエプロンのリボンを結んだ。
粉砂糖をふるいにかけ、バターを丁寧に練る。
手順通りに、静かに、でも内心ではドキドキしながら――私はボウルの中のバターと砂糖を泡立て器で混ぜていた。
「おぅれ、卵割るのだ!」
「お願いね、アルイン。殻が入らないように――」
パカッ。ポトン。
「……ナイス」
黄身がきれいに落ちる。白身もぷるんと。成功率100%、今のところ。
粉類を加えて混ぜる。ふわふわとした手ごたえ、少しだけ得意げな気持ちになる。
「……ここまでは完璧」
問題は、ここからよ。
そう、最大の鬼門――
「メレンゲ」作り。
卵白と砂糖を使って、あの、ふわふわの白い雲みたいなやつを作らなきゃいけない。
失敗したら膨らまない。つまり……すべてが終わる。
「アルイン、ハンドミキサー準備して」
「おぅれにまかせるのだ! はい!ミキサー」
ボウルに卵白を入れて、砂糖を少しずつ加える。
スイッチオン――ぶぉぉぉん、と音が響いて部屋が緊張に包まれる。
「メレンゲはね、角がピンと立たないとだめなの」
「角……なのだ?」
「そう、ツン!ってなるくらいじゃないと、ふくらまないから」
「ふくらまなかったら……」
「その時はもう、泣く」
……5分後。
「……え、なんか、シャバシャバなんだけど」
見下ろしたボウルの中身は――白く濁った液体。ツノなんて、とんでもない。
「アルイン、もしかして砂糖全部最初に入れた?」
「うっ……ごめんなのだ……」
「……もう一回やろうか」
――2回目。
「少しずつ入れて……はい、混ぜる!」
ぶぉぉぉん。
5分後。
「なんか、分離してない……?」
「白い水が出てるのだ……」
「これは……失敗ね……もう一回」
――3回目。
「今度こそ、ゆっくり。根気よ、根気!」
10分後。
「…………無理」
私はボウルの中の液体を前に、言葉を失った。
ツノ? 立たない。気配すらない。
手はだるいし、ミキサーは熱いし、気持ちはもう、真っ白。
「ルナ……もう一回やるのだ?」
「…………うん。やるよ」
諦めなければ、きっと出来る。
だけど、できなさすぎて泣きたくなってきた。正直、三回目で心折れかけた。
でも。
でも――
「ジョンのためだから、泣かない」
唇をギュッと結び、私はもう一度、卵を割った。
「おぅれも手伝うのだ……全力で応援するのだ……!」
アルインが一生懸命に両手を広げ、ぽすんと背中を叩いてくれた。
そのぬくもりが、少しだけ胸に染みた。
(……次で、決める)
――4回目。
泡立て器を握る手が重い。
卵白が、また……ただの白い水にしか見えない。
「……できない……」
ぶっちゃけ、もう心が折れかけてる。
でも、でも。
私は深呼吸して、近くのソサマに手を伸ばす。
あれは使いたくなかった。
どうにか自力で頑張りたかった。
……でも。
画面をタップ。
チャットアプリ「LAMON」を開いて、迷いながらも「2年生の集い」のグループメッセージに送信。
ルナ:緊急事態発生
返信は一瞬だった。
キース:え? なに?
ジュリア:こっちも緊急事態だよー 無人島から帰ってきて身体中いたーい
フェイ:うちも同じくや〜
ルーシー:ルナ、この2人は無視してください。どうされたんですか?
ルナ:………
キース:早く言ってよー!
ルナ:ケーキ作ってるんだけどメレンゲ作りができない 助けて
ジュリア:行くね!
フェイ:任せろ! 向かうわ!
キース:俺も行くね
ルーシー:向かいます。
──わずか五分もしないうちに、部屋のドアがバタンバタンと開いた。
「アハハハ、4回も失敗したの!? 早く呼んでくれたらよかったのに〜 ヒィーアハハハ!」
一番に飛び込んできたのはジュリア。
お腹を抱えて大笑い。
「笑わないでってば 撃つよ?」
「こらぁ、ジュリア、そない笑ったらアカンやん……ブフォッ!! でも……頑固なところ……が、ルナらしすぎてぇぇ!」
フェイもフェイで笑い転げてる。なんなのもう
「もう〜〜、笑わないでってば……」
怒鳴ったつもりが、ちょっと涙声になってしまって、悔しい。
「ほらほら、人の失敗を笑わないの」
キースが落ち着いた声で、優しくフォローしてくれながら、手際よくボウルに卵白を入れ始めてくれる。
「2人とも! 笑うなら帰りなさい!!」
バシッと言ってくれたのはルーシー。明るい水色のセミロングを揺らして、ビシッと怒ってくれた。
──ありがとうルーシー、でも……
笑われたの、ちょっとだけ悔しい。
悔しいけど……
なんか、あったかいな、この感じ。
心の奥でちょっとムカッとしながらも、ほんの少しだけ、肩の力が抜けていた。
---
「……泡立ってる。ちゃんと、角が立ってる……!」
思わず声が漏れた。
ボウルの中のメレンゲは、ついさっきまでのべちゃっとした白い液体とは別物で、まるで雲みたいにふわふわしている。
「おっしゃー! 完全勝利!」
キースがドヤ顔で手を挙げると、ジュリアがすかさずそのメレンゲを小指ですくって、ちょんと口に入れた。
「んふふっ、甘〜い! かわいい味がする〜!」
「それ感想になってないからな!?」とキースが突っ込みつつ、フェイと一緒にまな板の前へ。
「ほな、うちはいちご担当な」
「俺はこっちで切るよ。ルナ、どんな感じの飾りにしたい?」
「えっと……ハート……とか……」
ちょっと恥ずかしくて、声が小さくなる。
「ハートやな、ラジャー♪」フェイが即答し、キースが器用にいちごを半分に切っては並べていく。
その横で、ルーシーも一緒にいちごのヘタを取っていたのだが──
「きゃっ!? ご、ごめんなさい、ヘタごといちご潰しちゃいました!」
「あ〜、ルーシーやったな〜」
「ご、ごめんねルナ……!」
「だ、大丈夫よ あのいちご、私があとで……コンポートにでもするから!」
ルナがあたふたとフォローし、フェイとキースが肩をすくめながら笑う。
みんながそれぞれの動きで慌ただしくキッチンを回る中、ケーキの生地はようやく型に流し込まれ、オーブンの中でじわじわと焼き上がっていく。甘くて香ばしい匂いがキッチンに漂い始めたころ、フェイがふと口を開いた。
「なあ、このケーキって……誰に贈るん?」
いきなりの直球に、ルナは思わず、フリーズした。
「……えっ、それは……」
キースがにやりと笑い、ジュリアが眉をひょいと上げる。ルーシーは「?」と首をかしげながら、でもすぐに空気を察した。
「も、もちろん……ジョンに、決まってるでしょ……」
ぽつりと答えたルナの頬が、じわじわと赤く染まっていく。
「でったぁ〜〜〜〜! 純情彼女の『もちろんジョン』発言!ジュリアちゃんニヤニヤしちゃーう♡」
「うち、いま確信したわ。これはもう……結婚前提やな」
「もう名前入れとこう、『Happy Birthday Dear ジョン』ってな」
「やめて、そういうのマジでやめて……!」
耳まで真っ赤にしながら、ルナが抗議の声を上げる。
でも──
にやにやと茶化してくる4人を見ながら、
(ふふ……)
ほんの少し、頬が緩む。
照れくさいけど、こういう時間が──
なんだか、すごく、嬉しい。
──あともう少しで、世界で一番美味しいケーキが焼き上がる。
大切な“あの人”のためだけに。
「何か飲む? 言っても、用意できるのはアイスティーだけど」
「お気遣いなく……」
「飲む飲む〜♡」
「まったく、貴女と言う人は」
ルーシーとジュリアのいつものやり取りを聞きながら、私は冷蔵庫から冷やしておいたアイスティーを取り出して、グラスに注ぐ。
氷がカランと音を立てて、ちょっとだけ空気が涼しくなった気がする。ふぅ……いい雰囲気。
――と思ってたら。
「ねぇ、ルナ。ジョンに渡すプレゼント、もう決まった?」
……出た。キース、直球すぎる。
「うっ……」
言葉が喉で詰まる。この反応がもう“図星”って顔に出てる気がする。
「あんら〜、その反応やとまだ決まってへんのやね?」
フェイの笑い混じりの声が追い打ちをかける。はい、図星です。何も言い返せない。
しょぼんとしながらアイスティーをトレイに乗せて運ぶと、ジュリアが氷の音をカラカラ鳴らしながら提案してくる。
「日用品とかは? 文房具とか、毎日使うし実用的だよ〜?」
「……うーん、消耗品はちょっと」
気持ちはわかるけど、せっかくの誕生日だし、もう少し残るものがいいなって。
「じゃあ、服はどうでしょ?」
ルーシーが提案してくれるけど――
「私、服のセンスないし……うん、難しい」
そもそも自分の服ですらよくわかってないのに、ジョンの服なんてもっとわからない。
あの子、けっこう似合わないものはズバッと言ってきそうだし。
「腕時計とかどう? 時間もわかるし、記念にもなるし」
「……一番いいかも。でも、なんか違う。ごめん」
悪くないんだけど、うーん……ピンとこない。焦る。時間ないのに。
そんな私のもやもやを切り裂くように、フェイがドヤ顔で言った。
「ほな、財布や!」
「……財布?」
思わず、口に出てた。そしたらフェイがふふんと胸を張る。
「人からもらう財布って縁起ええって言うし、肌身離さず持っとるやろ? 毎日見るもんやし、“あ、これルナ先輩にもらったやつだ〜”って思い出すんやで?」
それ、めっちゃいい……!
確かに財布って毎日使うし、ジョンの手に触れるたびに私のことを――
(私が選んだ財布を、ジョンが毎日使ってくれて……)
(『ルナ先輩、これ僕に? こんな素敵な財布……ありがとう。大好きです』)
……フフ……フフフフ……へへへ……
「な、なんかキモ」
――ドン引きされた。
「え、今の声に出てた!?」
「しっかり出てたし、顔に全部書いてあった」
ジュリアが笑いをこらえてる。ルーシーはもう目をそらしてる。
や、やばい……! 取り繕いたい!
「や、やだな〜!アハハハ……」
「必死やな〜」
フェイの視線が刺さる。
だけど、財布……いいかも。
---
スポンジの焼き上がりを知らせる「ピピピ……」という音が、静かに部屋に響いた。
でも、その頃には――みんなはもう帰ったあとだった。
「じゃあ、ルナ。またね〜! あ、財布選び悩んだら連絡ちょうだいね♡」
「お菓子作り、またやろーな〜!」
「ふふっ、今度は成功の報告だけを待ってますからね」
「失敗しても送ってきそうだけどね〜」
最後の最後まで騒がしくて、元気で、でも、ちょっとだけ寂しい背中。
玄関のドアが閉まったあとは、すぐにいつもの静けさが戻ってきた。アルインの「バイバイなのだ〜」の声が、余計にそれを強調してた。
私はオーブンの扉をそっと開け、ふわりと立ち昇る甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んだ。
「うん……うまく焼けた」
少し膨らみすぎた気もするけど、それも愛嬌。
アルインと一緒に手早くスポンジを型から外し、冷ましたら、仕上げに取りかかる。
「生クリーム、泡立てすぎないように気をつけて……アルイン、いちご持ってきて」
「はいなのだ〜」
さっきみんなで切ってくれた、ぴかぴかのいちごたち。
それをバランスよく乗せながら、慎重に――でも心の中はちょっとだけ弾んでた。
(これが……ジョンのためのケーキ……)
仕上げに粉糖をひと振りして、完成したケーキをじっと見つめる。
「……できた」
見た目は、正直ちょっと不格好。だけど、今まで作ったどの魔法より、頑張った気がする。
「アルイン、箱持ってきて」
「了解なのだ……」
丁寧に、崩れないように、慎重に箱へ移して――冷蔵庫へ。
「少しだけ、ここで冷やしておく今日食べるのが楽しみ」
冷蔵庫のドアを閉めたあと、思わず小さくため息が漏れた。
でも、まだ終わりじゃない。
ケーキはできた。次は――そう、ジョンへのプレゼント。
「さ、アルイン。グレイスタウンに行くよ」
「出発なのだ〜」
黒のトートバッグに財布候補のメモを突っ込み、身支度を整えて玄関を開けた。
今日の空は高く澄んでいて、なんだかいつもより、ちょっとだけ味方してくれてる気がした。
絶対に、ジョンにぴったりの財布を見つけるんだから
風が頬をなでる。その温度がちょうどいい。
私は足取り軽く、街へと歩き出した。
次回!Side Story Luna[世界でいちばん緊張する“おめでとう”]
サイドストーリー読んでくださったそこのアナタ!
次回も読んでくれると嬉しいです(。•̀ᴗ-)✧




