[第九十八話、キタイとがっかりの別れ目]
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「ありがとーう!」
演奏が終わり、レイラはステージの照明を背に浴びながら、満面の笑みで観客に投げキッスを送った。体育館を埋め尽くす歓声と拍手がまだ止まらない。
彼女のパフォーマンスに魅了されたまま、ユウマはステージの最前列で呆然と立ち尽くしていた。
キラキラと舞う照明の光。熱気と余韻が残るステージ。その中でレイラが見せた力強くも華やかな姿が、頭から離れない。
(レイラが…こんなにカッコいいなんて…)
心の中でそう呟いた瞬間、不意に手を引っ張られる。
「レイラが待ってるよ♪ 行こ!」
明るい声の主は、先ほどユウマを最前列に引っ張ってきた女子生徒――ミドリだった。
そのまま彼女に強引に手を引かれ、ユウマはステージ裏へと連れて行かれることになった。
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「レイラ、おつかれー! すっごいよかったよ!」
同じバンドメンバーで、ドラムを担当している女子が興奮気味にレイラへ声をかける。
レイラは大きく息をつきながら、親指を立てて笑った。
「ありがと! アンタのドラムもイカしてたわよ!」
互いに称賛を送り合いながら、ステージの熱気がまだ身体に残っているのを感じる。
そこへ弾けるような声が飛んできた。
「レイラー! ほらほら、ユウマくん連れてきたよ!」
「ちょ! ミドリ、あんたね…!」
急に名前を呼ばれたレイラは、まだ火照った頬を押さえながら振り向く。
そこには、戸惑ったような表情のユウマが立っていた。
「よ、よぉ…」
気まずそうに手を挙げるユウマを見て、レイラは思わず目を逸らす。
「アタシはお邪魔だよね♪」
ミドリはにやりと笑い、すぐさまこの場から退散した。
残されたのは、静寂と、向かい合う二人だけ。
蝋燭の蝋が垂れるように、レイラの額から汗が滴り落ちる。
彼女の瞳はまるで炎のようにユウマを見つめていた。
しばらく沈黙が続いたが、それを裂くようにユウマがぎこちなく口を開く。
「とってもよかった… その…レイラの演奏。」
「あ、ありがと…」
レイラは少しだけ頬を染めながら、髪を触る。
「バンドするなんて知らなくてごめん。」
「こっちこそ、話してなかったから…」
会話が続かない。
ユウマはなんとなく手持ち無沙汰で、痒くもない首元をポリポリと掻く。
そんな彼の様子を見て、レイラはふっと口角を上げた。
目を細め、どこか得意げな表情を浮かべながら、ギターのネック部分に着けていた赤いピックを取り外す。
そして、それを指で軽く弾くようにしながら、ユウマの目の前に差し出した。
「これ、アンタにあげる。」
「え?」
「アタシの汗付きなんだから、大事にしなさいよね!」
いたずらっぽくウインクしながら、レイラは指でピックをはじく。
「汗付きって説明は余計だったけど…ありがたくもらっておくよ。」
ユウマはそう言いながら、ピックを慎重に受け取り、ぎゅっと手のひらに握りしめた。
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最前列に連れて行かれたユウマはまだ戻ってこず、次のバンドが演奏を始める中、ジュリアは少しだけ落ち着かない様子でユウマの方を見ていた。
その傍らでは、ジュリアの星獣である黒い小さなカラス・ムニンと、ミケロスの星獣である水色髪の小悪魔・エシャが、くるくると宙を舞いながら楽しげに飛び回っている。
「ユウマくん、なかなか帰ってこないね」
「だな」
ジュリアがぽつりと呟く。
ミケロスは、彼女の表情を横目で観察していた。楽しもうとしているのは伝わるが、どこか不安そうな笑顔を浮かべている。
「もしかして、レイラちゃんに会いにステージ裏に行ってるのかな?」
「そうかもな」
ミケロスは短く返事をしながら、ジュリアの指先が微かに震えているのに気づいた。
(…やれやれ、何をウジウジしているんだ、こいつもこいつだが… あのクソ野郎もクソ野郎だ)
ユウマは明確な答えを出さないまま、あっちにもこっちにも手を出しているように見える。
(実に腹立たしい…)
ミケロスは腕を組み、次第にイライラを募らせる。
「気になるなら、行ってくればよかろう」
「それはレイラちゃんに迷惑だからやめとく」
「迷惑ねぇ……」
(…こいつから『迷惑』なんて言葉が出てくるとは思わなかった)
ミケロスはジュリアをじっと見つめた。
そして、決意したように口を開く。
「お前本気でユウマと付き合えると思ってるのか?」
突然の問いに、ジュリアは驚いた顔をする。
「え? どうしていきなりそんなことを?」
「アイツの何が好きかは俺には理解できないが、アイツは正真正銘のクズだ」
「そうだね、知ってる」
「知ってるなら何故好きなのだ?」
「んー? 何故だろ… わかんない(笑)」
「は?」
「だってわかんないだもん。でも好きなのはわかる。それでいいんじゃないの?」
ジュリアはヘラヘラと笑う。
だが、ミケロスにはそれが、どこか切ない笑顔に見えた。
自分なら、好きな人をこんなに不安にはさせない——。
そう思いながらも、言葉にすることができない。
心の奥で渦巻く感情が喉元まで込み上げるが、どうしても声に出せない。
ミケロスは拳を強く握りしめた。
体育館には次のバンドの演奏が響き渡り、微妙に音程の外れたボーカルが歌い上げる。
耳を塞ぎたくなるような下手な歌声。
それをかき消すように、心臓の鼓動が高鳴る。
チラリと横を見ると、ジュリアがこちらを見ていた。
(…いや、言おう)
ミケロスは小さく深呼吸をした。
決意の言葉を、今こそ。
「お前に……ジュリア先輩に伝えたいことがある」
「んー? なにー? ちょっと楽器の音がうるさくてよく聞こえなくて」
ジュリアは首を傾げながらズイズイとミケロスに近づき、耳を立てる仕草をする。
(近い……!)
ジュリアの甘い香りが鼻をかすめ、ミケロスの身体中の血液が一気に熱を帯びる。
心臓が痛いほどバクバクと高鳴る。
(落ち着け……落ち着け俺……!)
それでも、言葉にしなければ。
ミケロスはぎゅっと拳を握りしめ、震える声を必死に抑えながら口を開いた——。
「ジュリア先輩のことが好きだ!」
ジュリアの瞳が大きく揺れる。
「出会って間もないし、話すこともあまりないし、なんならいっつも嫌味なことばかり言う俺だけど… 俺は貴女が好きだ! 大好きだ! 俺が幸せにする… だから… だから…」
ミケロスの必死な告白。
ジュリアは驚きながらも、ミケロスの肩にそっと手を添える。
「嬉しい、とってもとっても勇気がいったよね… こんな私を好きになってくれてありがとう。私も自分の気持ちに正直にならないといけないなって思っちゃった」
「…わかってる、俺のことなんか、なんとも思ってないってこと」
「そんなことないよ。ただ… 私もミケロスくんみたいに素直に気持ちぶつけてくる。だからごめんなさいって言いたくないから、まずはお友達からでもいいですか?」
優しく微笑むジュリア。
ミケロスはしばらく沈黙し、やがて小さく頷いた。
「じゃあまずは私のこと、おばさんじゃなくてジュリアって呼んでね♪ 私もミケロスって呼ぶから」
「わ、わかった」
「んふふ、可愛い」
ジュリアが笑いながら、ミケロスの頭を撫でる。
ミケロスは照れながらも、まんざらではない様子だった。
そんな微笑ましい2人の姿を、星獣のムニンとエシャが見つめ、顔を赤らめながらお互いの手をぎゅっと握った。
「ミケロス様が告白したにゅ...」
「なにがなんだかわからんじょ...」
——しかし、その穏やかな空気を裂くように、低く、冷たい声が響いた。
「お兄様だけ、呑気なものね」
ミケロスがハッとして振り返る。
そこには、クマの浮いた青白い顔のミシェルが立っていた。
「ミシェル… 探してたんだぞ、どこいたんだ」
「ずっと、『ここ』にいましたよ。探してたなんて嘘ばっかり… お兄様だけズルいです。好きな人に拒絶されないなんて」
「拒絶? なにを言って——」
ミケロスの言葉を遮るように、ミシェルは髪を乱暴に掴み、引きむしるように引っ張った。
「同じ双子なのに… どうしていつも私だけ… どうしてよ!!」
「ちょっと、ミシェルちゃんやめて!」
ジュリアが止めに入るが、ミシェルは憎悪に満ちた瞳でジュリアを睨みつけ、杖を突きつける。
「ふれるな! さわるな! ユウマくんに選ばれたからって偉そうに!」
「ミシェル、お願いだやめてくれ」
ミケロスが必死に訴える、そしてミシェルは乱暴にミケロスを床に叩きつけ、体育館を飛び出していった。
叩きつけられたミケロスに近づき肩に触れるジュリアとエシャ
「……すまん、ここ数ヶ月、妹の様子がおかしいんだ」
ミケロスは低く、苦しげな声で呟いた。
その瞳には、深い困惑と焦りが滲んでいる。
ジュリアは眉をひそめながら、ミケロスの顔を覗き込む。
「ミシェルちゃんに何かあったの?」
答えを探す間もなく、不意にエシャの鋭い声が響いた。
「アイシャちゃん!!」
ジュリアとミケロスが一斉に声の方へ振り向く。
そこには、ふわふわと宙に浮かぶアイシャの姿があった。
だが——。
彼女のいつもの無邪気な表情は消え失せ、代わりに痛々しいアザが顔に刻まれていた。
青黒く腫れた頬、切れた唇から滲む血。
何度も、何度も殴られた痕跡が残っている。
「お願いにょ……ミシェルを止めてにょ……じゃないと、世界が……」
震える声が、最後まで届くことはなかった。
アイシャは力尽きたように、その場で崩れ落ちる。
ジュリアが駆け寄るより早く、ミケロスがアイシャを抱きかかえた。
その小さな体は、ひどく冷たい。
(ミシェル……お前、一体何を……)
ミケロスは苦しげに唇を噛みしめた。
「ジュリア、俺はミシェルを追う。お前はここに残ってユウマと一緒にいてくれ」
ミケロスの声は決意に満ちていた。妹を救う兄としてそんな思いで走り出した。
だが。
「待ってよー!」
ジュリアの明るい声が背後から響く。
振り返ると、すでに彼女は駆け足で追いかけてきていた。
「お前、ついてくるな! 危険だ!」
「私だってサンクチュアリのメンバーだもん。人並み以上には戦えるよ♪」
軽やかに笑いながら、ジュリアはミケロスと並走する。
それでも彼女の瞳は真剣だった。
「ミシェルちゃんのことが気になるもん、それに一人より、二人の方がいいでしょ?」
ミケロスは一瞬だけジュリアの横顔を見つめた。
普段は飄々としている彼女の、揺るぎない意志を感じる。
「……そうだな。よろしく頼む」
「任せて♪」
ジュリアがにっこりと微笑み、ミケロスも小さく頷いた。
次回![第九十九話、落ちて、降りて、沈んでいく]
第九十八話を読んでくださったそこのアナタ!
次回も読んでくれると嬉しいです(。•̀ᴗ-)✧




