■どうやら私は異世界で癒し系になったらしい。
「あー、寒いっ」
昨日は大雪だった。高校へ向かう道を雪に苦労しながら歩く。いくら冬とはいえ、雪が降りすぎだと思う。ブツブツと独り言を呟きながら歩いていた時だった。
ツルリと滑る感覚。手は宙をかき、踏ん張ることもできずに口から悲鳴が飛び出る。
「ほわちゃ!」
何だその悲鳴は。
そんなことを思った次の瞬間、ガツンと後頭部に衝撃が走った。
***
目を開くと、灰色でぼんやりしていた。
反射的に目をこすってみたが、視界は変わらずぼんやりしている。ここはどこだろうと思っていると、すぐ近くから声がかかった。
「森田美咲さん、貴女の死因は後頭部を強打したことによる事故死ですね」
「ここは……」
「界の間です。それにしても、最後の言葉が……ほわちゃ、ですか。斬新ですね」
「ひっ、なんでそんな事がわかるんですか!?」
「実は、偶然見ていました」
「ぐふっ……!!!」
私は羞恥で意識が遠くなった。
しかし言い訳をさせてもらいたい。女の子がみんな「きゃっ」とか「きゃあ」って悲鳴をあげる訳ではない。私は人生で一度も「きゃあ」と言ったことはない。咄嗟の時にそんな悲鳴は出てこないと思う。むしろ「きゃあ」って悲鳴をあげられるのは余裕がないとできないと主張する。もちろん異論は認めるが。
「落ち着いてください」
目の前の人(?)がパニクってあーともうーともつかない呻き声をあげている私をなだめてくれる。
落ち着くのにはしばらく時間がかかった。
冷静になってから改めて目の前の人物を見てみると、明らかに人外さんだった。
第一印象は輝く白。
雪のような白い長い髪、やわらかな色合いの白い肌、汚れ一つない白いヒラヒラした服。
唯一瞳だけは鮮やかな金。そして暖かみのない無機質な美貌。
「あの、貴方はどなたですか?」
明らかに人外なのは見ただけでわかるが、どういった立場の存在かはわからない。訊いて答えてくれるかはわからないが、とても気になるので質問してみた。
私の予想では、死んだあとに会ったので死神か冥府の役人辺りではないかなと思う。
「私は異世界の神です」
全然違った。
「異世界の神様がどうして地球にいるんですか?」
「この世界の日本が好きなので、よく観察してるんですよ。
特に信仰に寛容なところがいいですね。異世界の神である私がいても拒絶されないですし」
灰色の空間の中、ほんのり白く輝いて見える神様は私の質問にぱちりと一つ瞬きをしたが、普通に答えてくれた。そして日本が好きという驚きの答え。
表情を見てもよくわからないけど、雰囲気的に怒ったり嫌がったりはしていなさそうなので、質問を続けてみる。
「他の国だと神様は拒絶されるんですか?」
「そうですね。この世界を発見した当初は、色々な国を観察してみました。ですが、国民のほとんどが一つの宗教を信仰している国だと、そこの神に文句を言われたり、排除するために攻撃されることが多くて……今では日本しか見ていません」
「えぇ……そうなんですか。怖いですね」
「その点、日本はいいですね。この国の神はたくさんいますし、この国以外の神や、異世界の神である私ですら受け入れてくれます」
……まぁ、日本ってそんな感じですよねぇ。宗教に寛容っていうより節操がないって感じだけども。イベントとして積極的に受け入れていくスタイル。私は好きだけどね。
そんなことを考えながら納得した雰囲気を出した私に、神様はゆるりと頷き、こんな提案をしてきた。
「今回、貴女が亡くなる場面に居合わせたのは偶然ですが、これも何かの縁でしょう。もしよかったら私の世界に転生しませんか?」
「えっ?」
一瞬、何を言われたかわからなかったが、どうやら神様の世界に誘ってくれているようだ。こんなネット小説みたいなことが起きるとは、人生何があるかわからない。
「先に言ったように、私は日本が好きなので、気に入った魂がいれば勧誘することにしているんですよ。もちろん強制ではありませんので、断っても大丈夫です」
「そういうの、いいんですか? 日本の神様的には」
「えぇ。以前勧誘してもいいか訊いた時に『本人がいいならいいんじゃない?』と言われました」
「なるほど」
……さすが日本の神様。ユルいな。
「どうしますか?」
「うーん、私あまり役に立たないと思いますよ? 特技とかないですし」
もしそういう何かを期待されているのなら困るので最初に言っておく。
「あぁ……そういうのは好きにしてかまいません。役に立ってほしいから勧誘するのではありません。気に入った魂が増えれば私が嬉しいだけですので。観察はするかもしれませんが」
観察好きですね、神様。
「…………どこらへんを気に入ってくれたんですか?」
「そうですね……面白いところです。なので記憶ありの貴女のままで転生してほしいです」
「面白いところ、ですか?」
……今まで会話した中で? そんなとこあったっけ??
考えてみてもよくわからない。疑問が顔に出ていたのか、神様が微かな笑みを浮かべた。少し口角が上がったかな、という程度なのに驚くほど麗しい。それにぼんやり見惚れている私に、神様は微笑んだまま一つ頷き、おもむろに口を開いた。
「ほわちゃ」
「わっ、忘れてくださいよ!!!」
あー!! 忘れてたのに!!!!! あ゛ーッッッ!!!!!!!
しばらくして、やっと落ち着いた。
こんな短期間に二度も神様になだめられる人間なんて私くらいじゃないだろうか。そして神様、二度目にしてもうなだめ技術が手慣れてきた感がある。申し訳ないです。
「さて、美咲さん。来世はこんなことしたいとかありますか?」
「そうですねぇ……ってまだ転生するとは言ってませんが」
「おや、そうでしたね。転生、しませんか? 嫌ですか?」
神様が少し寂しそうな顔をする。反則である。微笑みの破壊力も凄かったが、無機質な人外の美貌にそんな表情を浮かべられると、嫌とは言えないではないか。
それにこの空間で神様とお喋りして、私は大分この神様が好きになっていた。こんな綺麗で気さくな神様とか好きになるに決まっている。
「いえ、わかりました。転生します。来世ではゆっくりのんびりしたいです。あと癒しがほしいです」
もふもふとかいいよね。動物大好きです。
私の言葉に金色の瞳がパッと輝く。
「わかりました。転生特典は任せてください。その辺も日本を観察していて学んでいますから」
「巨大な力とかはいらないですよ? 自由にゆっくりのんびりしたいので、権力者に目をつけられるとか嫌ですよ?」
「大丈夫です。ゆっくりのんびりってことはスローライフですよね? 言語を理解できるようにとか、精神を強化するとか、そういう異世界に馴染むための能力を付与します」
「それはありがたいです。あー、あと……できれば、なんですけど」
「なんでしょうか?」
言おうか言うまいか迷って歯切れの悪い私に、神様は促すように首を傾げる。
「あたたかい、家族がほしいです」
私のいた施設の人たちは、優しかったが家族という感じではなかった。育ててくれた恩はあるし、とても感謝している。でも、私だけのものではない。私は自分だけの家族というものに強い憧れがある。
同級生がいつも羨ましかった。
私の持っていないものを、当たり前に持っている人たちが羨ましかった。
私も私だけの家族が欲しかった。
自分で家族をつくるんじゃなくて、私を家族の輪に入れてほしかった。
つらつらと、誰にも言ったことのない、でも正直な気持ちをこぼしたら、神様が頭を撫でてくれた。その優しい感触に胸がぎゅっとなる。
「いいでしょう。貴女の願いを叶えます。では美咲さん、良い来世を」
あたたかな金色の光に包まれる。穏やかな気持ちで意識が溶けた。
こうして私は転生した。
***
「ティアちゃん、ナディご飯よー」
「はーい!」
異世界に転生して五年が過ぎた。
赤ちゃんの頃は意識がふわふわしていたが、最近になってやっとハッキリしてきた。
生まれ変わった私の名前はティアレット・モイラ。
仲の良い両親と年の離れたナディおねー様との四人暮らし、少し離れた場所には優しい祖父母も住んでいる。
そんな私は“輝く白き神樹”を守る、エルフの一族である。
前世ではファンタジーな種族のエルフ。
今世ではどんな種族かというと、魔法が得意でスラリとした美形が多くて、でも近接戦闘も強いという超武闘派集団。そして長命種族の宿命か子供ができにくい。私は約二百年ぶりにできた子供らしく、村の人にめちゃくちゃ可愛がられている。
頭を撫でられ、お菓子をもらい、頭を撫でられ、抱っこされ、頭を撫でられる。どんだけ頭を撫でられるのか。まぁ、撫でられるのは好きだから良いんだけども。
あと一番大事なお役目がある。
それは“輝く白き神樹”を守ること。
エルフが神と崇める神樹を初めて見たときのことは今でも覚えている。
青い空に映える、仄かに輝く白い大樹。
全体的にキラキラ光る金色の粒子がとても幻想的だった。
圧倒的なまでの美しさに、私はただただぼんやりと見惚れた。
……あぁ、本当だ。これは神様だ。
神秘的な、神レベルの美しさ。
この美し過ぎる神樹を魔物や他種族の欲望から守るためにエルフたちは長い年月をかけて超武闘派集団になったのだそうだ。納得である。
あまりの神々しさに思わず拝んだ。両親やナディおねー様が首を傾げたのですぐに止めたが。
触ってごらんと父に促されたので、そっと触れてみる。
すると──
『美咲さん、お久しぶりです。生まれてみてどうですか? 長く観察するために、私の守人であるエルフに転生してもらいました。いつでも遊びに来てくださいね』
……あぁ!? これ神様だ!!?
突然聞こえた聞き覚えのある声に、驚き過ぎて私は卒倒した。倒れた私に驚く家族、騒ぎを聞きつけた村人の混乱など、後で神様に聞いた。驚かせてすまぬ。
神樹=神様なことを知った日のことを思い出していたが、私はこれから朝ご飯である。隣の部屋のナディおねー様を起こしてから行くのも日課だ。
「おねー様ー! おきてー! ナディおねー様ー!」
トントン扉をノックして返事があるのは稀だ。なのでそのまま薄暗い部屋に入りベッドに近づく。
薄い金髪がお布団からのぞいていた。
ゆさゆさ揺すると低い唸り声がする。ナディおねー様は夜型だから寝起きが悪いのは仕方ない。でも家族はできるだけ一緒にご飯を食べることになっているので早く起きてもらいたい。
「ナディおねー様ー! おきてー! ……お腹すいたぁ」
「ん……ティア? あー、よしよし。ごめんなさいねぇ。今起きるわ」
お腹がすいたせいで少し泣きが入った声で呼べば、ピクリと耳を動かして目を覚ましてくれた。髪をかきあげる仕草と、寝乱れた衣服からのぞく鎖骨が色っぽい。
ナディおねー様はお母様に似てとても美人さんなエルフだ。
薄い金色の髪に理知的な深い緑色の瞳、低く穏やかな声はずっと聞いていたいくらい耳に心地好い。
手早く着替えたナディおねー様に抱っこされながら、私は思う。
……これで胸があれば完璧に女性だよねぇ。
そう。ナディおねー様はオネェ様なのだ。
「ティアちゃん、えらいわねー。今日もナディを起こしてくれたのねっ」
「ティアさん、偉いですよ」
「えへへ」
大好きなお母様とお父様に頭を撫で撫でしてもらってご満悦な私。ナディおねー様にお父様の膝に乗せてもらった。毎朝こうしてお父様にご飯を食べさせてもらう。
元気いっぱいなお母様は薄い金色の髪に明るい緑色の瞳。
おっとりしているお父様は濃い金髪に琥珀色の瞳。
そんな二人の間に生まれた私は白に近い金髪に金の瞳である。
お母様の髪をもっと薄くして、お父様の瞳の色をもっと明るくすればこんな色になると思う。二人の要素を受け継いでいるのは嬉しいが、どちらかというと私の色合いは神様と近い気がする。大好きな人たちの色だけど、髪色が薄いと将来ハゲるっていうのは、本当かな?
「ティアさん、あーんしてください」
「あー、ん。おいしい」
お父様に撫でられながら一口一口ゆっくり食べる。人間の感覚では五歳なら一人でご飯を食べるだろうが、エルフの感覚でいうと五歳はまだまだ赤ちゃんだ。前世の記憶があるせいで、たまにもぞもぞするが甘やかされることは正直嬉しい。今のうちにたくさん甘えておこうと思う。
「ほら、ティア。飲み物を持ってきたわよ。落ち着いて飲みなさいね」
「ありがとー、ナディおねー様!」
優しいナディおねー様が全員分の飲み物を持ってきてくれた。ほんのり甘いはちみつミルクを一口飲む。おいしい。
「今日はティアちゃんは神樹様のところに行くのよね?」
「うん。ナディおねー様に神樹様の木陰で絵本を読んでもらうの」
「あら、いいわね。ナディの言うことをよく聞くのよ?」
「はーい」
「えらいえらい」
またもや撫で撫でされご機嫌になる私だった。
風にさわさわと揺れる葉っぱが、金色の光をホロリとこぼす。
何度見ても綺麗だと思う。ホロホロこぼれる金色の光を両手で掬うが、手に触れるとパチンと弾けてしまう。
「今日もきれー!」
「そうねぇ。神樹様はいつ見ても美しいわねぇ」
「キラキラー! 落ちてくる!!」
手にできないのは少し残念に思うが、パチンパチンと弾けるのがちょっと楽しい。金色の光を次々と両手で掬う遊びをしていると、ナディおねー様に呼ばれた。
「ティア、こっちにおいで」
「はーい!」
「まずは神樹様にご挨拶しなきゃねぇ」
そう言ってナディおねー様は神樹様に片手を当て目をつむる。私も同じように手を当て心の中で挨拶をした。
『神様、おはようございます!』
『はい。ティアさん、おはようございます。今日も元気で良いことです。何か困ったことや相談したいこと等はありませんか?』
『大丈夫です! あ、そういえば一つ訊きたいことがありました!』
『なんでしょうか?』
『転生前に癒しをくれるというお話でしたが、あれはどうなりましたか?』
もふもふ! もふもふ!
『あぁ。癒しですね……。そうですねぇ、それでは今夜ティアさんに会いにいきますので、その時にお話ししましょう。これ以上話していると、ナディスを待たせてしまいますからね』
『わかりました! 今夜待っています』
神様は動けなさそうなのに、どうやって私のところまで来るのかちょっと疑問に思ったが、まぁ神様だし不思議な力で会いに来てくれるのだろう。
神様と話すことができてご機嫌な私は、ナディおねー様の膝の上に座り、絵本を読んでもらったのだった。
その日の夜──
寝室の窓から月を眺め、神様はいつ頃来るのだろうと思っていると、近くからコツンコツンと音がした。
音のした場所を見ると、窓の外に真っ白でふわふわな小鳥がいた。金色のつぶらな瞳がこちらを見ている。
……なにこの子、めちゃくちゃ可愛い!! もふもふ!!! はっ、もしやこの子が私の癒し!?
急いで窓を開けると、ふわりと飛んできて、膝の上に着地した。まんまるでふくふくしている。驚かさないようにそっと手を近付けて撫でる。思った通りのふわふわ感。この子が神様の遣いなのだろうか。
『ティアさん、こんばんは。月の綺麗な良い夜ですね。すみません、夜にお邪魔してしまいまして』
「ぇっ!!?」
……か、神様だー!!???
びっくりしてドキドキしている心臓をそっと押さえる。
声を出すと家族に気づかれるので、神様に触れながら心の声で話すことにした。
『さて、ティアさん。まずは【ステータス】と言ってください』
『え? ここにきていきなりゲーム的なアレですか?』
『日本の異世界転生のお話が好きなので、五十年ほど前に世界を改変してみました。結構好評ですよ?』
『意外と最近』
『ほらほら【ステータス】、です』
なんか神様がわくわくしている。
見た目が白くてふわふわな小鳥なので、大変可愛らしい。
そっとナデナデしながら小さな声で呟く。
「ステータス」
パッと目の前に青い半透明の画面が出てきた。
マジか。めっちゃゲームっぽい。
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名前:ティアレット・モイラ
年齢:五歳
技能:【言語理解】【精神強化】【癒し系】
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『言語理解と精神強化はいいとして、癒し系??』
『癒しがほしいと言っていましたので、癒しの系統をすべて詰め込みました』
……なるほど。癒しの系統、略して癒し系。わかりましたけど、癒し系と表示されると、なんか違うように感じるんですが、神様……?
『癒しの系統というと?』
『体力、魔力、病気、怪我、人も魔物も関係なく、なんでも癒せます』
『それはスゴい。でも……なんか、思っていたのとは違うような……?』
『えっ間違えてしまいましたか?』
神様がしょんぼりする。
ふわふわな毛までぺしょっとして見える。
おおっと、これはいかん!
『いいえー!! ぜんっぜんオッケーです。考えてみたら回復魔法を使えるの凄くいいと思います!!!!!』
『本当ですか!?』
『はい!』
家族が怪我も病気もしないとか、よく考えたら最高だわ。もふもふは神様がいる。たまにでいいから撫でさせてもらおう。
神様な小鳥がもふっとまんまるくなる。
元気になりました? 可愛くて癒されますね。
神様、ありがとうございます。
この能力を使って、健康にスローライフを満喫しようと思います!
『あ、そういえば、人間に知られると誘拐されると思うので気をつけてくださいね』
『え゛っ!!! ……あれ? そういえば神様、権力者に目をつけられるのは嫌なので、大きな力はいらないですよって前世で言いましたよね?』
『あ。あー、神的に大きくないです。ちょびっとです。それに、バレなければ大丈夫ですよ。心配なら隠蔽もつけますので』
……神様? 忘れてましたね?? 神様的に大きくないとかどんな言い訳ですか。
ちょっと不穏なことも言われましたが、こうして私は異世界で癒し系になりました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。