居場所の流儀 前編
前編です。
とりあえず投稿。
居酒屋『いばしょ』
俺の行きつけの居酒屋で仕事終わりには頻繁に飲みに行っていた。看板メニューはタコわさと焼き鳥のタレモモ。朝の午前5時ごろまで店を開けておいてくれるから夜勤時代は大変世話になった。
俺と左門が住んでいる辺りで深夜に営業している居酒屋は『いばしょ』くらいしかないため必然的にこの場所に行くことになる。まぁ、街の方まで行ったら開いている店は何軒かあるがそこまで行くのは面倒くさいし、帰りのタクシー代も払いたくない。歩いて行ける距離に居酒屋があるって素晴らしい。
「いらっしゃいませ! 1名ですか?」
「いや、2名です。ほらっ早くこいよ!」
『いばしょ』の暖簾をくぐりながら入り口付近でもじもじしている左門に入るようせかす。こいつは店員さんに会うのが怖くて店にすぐに入ることができず、少し間をおき覚悟を決めてから入るのだ。いつものことである。……やっぱり重度の引きこもりなのだろうか?
「待ってくれよ! ……もぅ!」
泣き言を言いながら俺にに続いて左門が店の中に入ってくる。店に入るだけで情けない声出すんじゃないよ。なんで身内には普通に接することができるの外にでた途端にあたふたするのだろうか。
「2名ですね。ではこちらのテーブルにどうぞ」
「あぁ、どうも」
店の人は左門のことは意に介さずテーブルまで案内する。その方がこっちも助かるぜ。俺たち2人は軽く会釈をして席に座る。
「店に入ると落ち着くなぁ」
「店に入るのに躊躇していたやつが何言ってんだよ」
席に座ったとたんリラックスしている我が友人を眺めながらぼやく。さっきまでオロオロしていたやつがよく言うぜ。まぁ……もう慣れたけどな。店に行く度にこのやり取りをしているためかもう驚かない自分がいる。それは店の店員も同じなのか左門のことは気にせず注文を聞いてきた。
「お通しの飲み物は何にしますか?」
「俺はビールで」
居酒屋に来て最初に注文するものといったらこれだろ。キンキンに冷えたビールは最高だぜ。
「……えぇと……」
「…ビール2人分お願いします。あと枝豆と焼き鳥のモモと皮をお願い」
そしていつものように俺が店員に左門の分の注文をする。これももう慣れた。人間の環境適応能力ってすごいな。店員は「かしこまりました!」と元気に返事をして厨房のほうに向かう。そういえば前に来た時もこの店員さんが注文を聞きにきていたな。
「……主水…」
左門が尊敬の眼差しで俺のほうを見る。この程度のことで大げさなやつだ。これに関しては悪い気はしないからいいけどよ。尊敬はいくらしても構わないぜ。
「お待たせしました! 生2つです!」
さっきの店員さんがビールの生を2つテーブルに置いて来る。しゅわしゅわと泡立つ白い泡と黄金色の液体。大きなジョッキは冷蔵庫で冷やしていたのか所々に氷や霜がついており、ジョッキの周りからは白い煙が出ているのが見えている。うん、パーフェクト。とても良いぞ。
「料理のほうは後から持ってきます。もうしばらくお待ち下さい」
店員が奥に引っ込むまでテーブルに置かれたビールには手を付けない。本当は目の前に置かれたこの至高の飲み物を今すぐに手をつけたいが店員がここから去るまで我慢する。それが持ってきてくれた店員に対する礼儀であり、待てもできない獣ではなく人間である証である。
「とりあえず飲むか」
「おう!」
あくまで平静を装いながらビールを飲む。大衆の目がある中では品良く飲まないとな。
唇にはひんやりとした触感。今は秋で肌寒いのにその触感が心地良い。冷たい刺激が口の中から喉の中を通り過ぎる。できればこの刺激が長く続いて欲しい。
だから俺はたいてい最初に出されたビールはいっきに飲みほすようにしている。もちろん飲みすぎてる時は倒れるといけないからやらないし、人によっては危険だから俺のこの飲み方は人に勧めていない。
口と喉を通り過ぎたビールは胃の中に流れ込み満たされていく。すると胸のあたりが一瞬冷たくなったかに思えたら次の瞬間ほんのりあったかくなりとても心地良い。それと同時に頭の中もぽかぽかとして満足感が満ちていく。
あぁ……やっぱり………
「ビールはうまいなぁ…」
この一言につきる。それ以外に言葉が思い付かない。頭の中ではいくらでもビールへの賛美の言葉が思いつくが声にだすならこの一言だ。それ以外の言葉だと安っぽい感じる。
目の前の左門もうまそうにビールを飲む。…ちびちび飲むタイプだな。
これから料理も出てくるだろうし楽しい深夜の飲み会は始まったばかりだぜ。
後編に続きます。