98話 剣鋒の城
「よおし、先ずは広場で荷下ろしせえ! 大工は建物を検めろお! 十人組は手分けして周りを調べろぉ! 荷運びの衆は石を集めて木を伐りだせぇ!」
リーヴ修道院跡に着くや、ガストンは次々と指示を飛ばす。
ひと息つく間もないが、ガストンからすれば後続が到着する前に体裁を整える必要があるのだ。休んでる暇はない。
「使えそうな建物は直して使えい! どうにもならんヤツは印をつけとけえ! ぶち壊して立て直すぞぉ!」
ガストン自身も大工たちをひき連れて主塔に向かい確認した。しかし主塔の屋根はすっぽりと抜け落ちている。
これは戦災や火災ではなく、長年放置された結果だろう。
その証拠に主塔の屋根は風雨で穴が空き、梁はところどころで腐っていた。
たまに戦などで使われたとはいえ、本格的に修復されたことはないのだろう。せいぜいが建物を利用して風雨をしのぐ程度のことで建屋は全体的に古びている。
さらに周囲は雑木に侵略され、かなり大きな成木がはびこっていた。このまま放置していたら間違いなく建物が植物に破られていただろう。
「こりゃアテが外れたか。主塔が無事なら寝床にできたのだがのう」
いくら軍隊といえど、何日も野ざらしで寝るのは望ましくない。
一番大きな主塔が無事ならば話は早かったのだが、物事は思い通りにはいかないものだ。
「さて、どうしたもんか。使える建物が人数分ありゃいいが」
もちろん陣幕もあるが、これにも限りがあるし風雨に強いとは言い難い。
ガストンは考えるフリをするが、大した思案などあるわけがなく、これはただのポーズだ。
「大工の衆で全員が休めるように思案してくれんか」
ガストンにできるのは部下に丸投げである。
だが、素人の上司が口出すよりは大工たちが仕事をしやすいのも事実だ。大工たちもイヤそうな顔はしていない。
「へい、屋根が落ちとるだけなら数日内に直せる建物もありやす」
「ほうか、柵やら櫓は兵士に任せてもええぞ。大工は寝床と厨房を頼むわ。人手が足りなきゃ遠慮なく言うてくれ」
とにかく寝床と厨房が優先だとガストンが念を押すと大工たちは任せとけと請け負ってくれた。
この工事に目処がつくまで大工たちも滞在する。
防衛設備はいざ知らず、食と住の充実は自分ごとでもあるので気の入り様が違う。これはガストンの思わぬ名采配である。
ガストンはそれ以後も井戸や雑木の様子などを見て回った。
「水を溜める工夫が欲しいが、なんぞ知恵はあるか?」
大きな井戸は無事のようで、住民がこしらえたと思われる釣瓶はまだ新しい。だが、数百人が利用するとなれば水量に不安がある。
「雨水ですかねえ」
こう答えたのは意外にもドニだ。
「俺の故郷じゃ家ごとに屋根に樋をつけて雨水を甕で受けてたんで」
「そらすげえな。草の屋根じゃできねえ。お前の故郷じゃ家は瓦葺なんかい」
「まさか。板葺きでも雨水は溜まります。教会は粘板岩でしたが、こりゃ数には入らねえ話で」
現在の日本では繊維を混ぜたセメント板の屋根材を『スレート』と呼ぶためにややこしいが、本来は粘板岩を薄く割った板のことである。
これは高級品なので、教会が粘板岩の屋根であったドニの故郷は大きく豊かな町であったのだろう。
「ううむ、板葺きか。戦を考えたら草や木の屋根じゃダメだ、すぐに火をつけられちまう。粘土が採れりゃ瓦を焼いてもらうがのう……ダメなら運んでもらうしかねえな」
「とりあえずは周りを見て回る他はありませんで」
ガストンはドニの言葉に「そらそうだ」と頷く。
まだこの土地に到着したばかりなのだ。土地のことを知るのが先決である。
「そういや、この雑木な」
「へい、薪にでも」
「いや、そうでねえ。こりゃナラ(オーク)の木よ。火に強くて実も皮も使える」
「へえ、食えるので?」
「ナラの実は水にさらして食えんことはないが、少々渋い。じゃが革なめしに使う薬になるのだわ」
こと木に関しては元樵である。
ガストンの知見にドニも「ほうほう」と感心顔だ。
「樹皮は打ち身や腹下しの薬にもなるし、なにより大木になるでな。柵の側に並べて植えてやれば矢石や火矢を防いでくれるはずだわ」
「そりゃ大層役に立つ木で」
「まあのう、だが育つのは遅えな。成木になるにゃ10年はかかるのう」
「くくっ、10年もこの城にいますかね」
「はっはっは、それを言われちゃ何も言えんのう」
ドニはガストンの家来ではあるが、長年のつき合いでもある。
さすがに朋輩つき合いとはいかないが気心の通じた相手だ。
「どうせなら果樹の苗木も欲しいのう。リンゴとかハシバミも探してみるか」
「ははあ、それも10年かかるので?」
「バカ言うな。そこは3、4年だわ」
リーヴ修道院跡は馬出しも含めて約4万平方メートル弱ほどのサイズだ。
小山の自然な地形を利用しているので歪であり、実寸よりはやや狭く感じるだろう。現代日本人に説明するならば東京ドームの8割ほどといったところか(東京ドームは約46,755平方メートル)。
ここに数百人が常駐する拠点を作るのは難しくはないが、鍛冶場、厩舎、礼拝堂、広場兼訓練所、倉庫などを備えるとなれば配置も考える必要がある。
もちろん柵や櫓などは防衛力に直結するので工夫が必要だ。
(やはり入口が問題だのう。このままでは破城槌を防げん)
特にリュイソー男爵から指摘された正門の構造はまずい。
やはり修道院としては『信者を迎え入れるため』に設計されているため、どれほど工夫しても『敵の侵入を防ぐ』ことには適していないのだ。
単純に数で攻められては防ぐ手立てがない。
若いころは頼もしげに見えたリーヴ修道院跡は、数多の戦場で経験を重ねたガストンから見れば頼りなさすぎた。
これらはガストン1人の頭脳ではどうしようもないので大工や十人頭らと相談して造ることになるだろう。
ガストンら剣鋒団は何日もかけて地形を調査し、意見を交わしていく。
「道をうんと細くしちゃどうですかい」
「段差をつけて破城槌を持ち込みづらくするのは?」
「ムリヤリ曲げてみますか」
「正門をデカくして櫓のように使うのはどうです?」
「いっそ登り口を増やして敵を薄く分散させてはいかがでしょう」
正門に関しては様々な意見が出たが、これと言った妙案もなく先の戦で破壊された正門は修復の目処もつかない。
だが、他に関しては面白い意見もあった。
「新しく造る兵舎ですがね、石造りにして木柵の代わりに外壁にしちゃどうですかい。背を高くすれば櫓にもなります」
これは十人長筆頭であるボネのアイデアである。
外壁と建屋の一体化は特に珍しいものではないが、この意見のおかげで『修復』という固定観念が取り払われたのは間違いない。
「お頭、ここから下に下りられませんかい?」
そしてボネの提案を受けたギーから思わぬ提案がなされた。
その場所を見たガストンは思わず「アッ」と息を呑む。
そこはかつて、ガストンの師であるペルランが柵の外から奇襲をかけた(17話)スペースである。
「ここから下に向けて細い斜面がありまして、いくらか途切れとりますが橋などをかけたら歩けると思うのですが」
ガストンも確認したが、たしかに下まで続く斜面があるようだ。
外周部を半周ほど巻きつくような、かたつむりの殻を思わせる地形である。
「こりゃすげえ、途中で切れとるから誰も気づかなんだのか……!」
ところどころで途切れたり、極端に細くなっているが、これはギーの言う通り橋や足場を建設すれば問題ない。
「ギーよ、こりゃ大手柄だわ。足場を組めば馬も通れるぞ」
外周に巻きつくような地形である。
これが実現すれば、上から石を投げるだけで敵を撃退できるだろう。
万が一、大軍に攻められても橋や足場を崩せば攻め口を無くすことも可能だ(その場合、城の中は孤立してしまうが)。
ここから縄張り(基礎設計)も見直され、リーヴ修道院跡は作り替えられていく。
外周沿いに新たな道が造成され、今までの正面はその資材として破却された。
馬出しには正門、櫓、外壁の機能が備えられた石造りの砦が設計され、これは平時には兵舎としても使われる。
幸いというべきか、いままで戦闘で利用されてきたリーヴ修道院跡の周辺には投石で用いられた石がいくらでも転がっている。人の頭サイズの石材は大量に手に入りそうだ。
こうしてリーヴ修道院跡は城砦として大きく姿を変えていく。
もはや元の姿を知る者であっても修道院としての形を思い浮かべるのは困難だろう。
そして後にリーヴ修道院跡は『剣鋒の城』または『エペ城』と呼称される要塞に生まれ変わることとなるのだ。