94話 新たな拠点
ビゼー城の尖塔――これの1つは剣鋒団の本部である(75話)。
この一室にてガストン含む剣鋒団の幹部たちが騎士ドロンと会議を重ねていた。
テーブルにはドロン男爵領の精巧な地図(とはいえ文明相応の雑なものではある)と小石がいくつか並んでいる。
この地図は騎士ドロンが提供したモノだろう。通常、こうした地図は軍事機密であり、密偵などが調査するなど以外では手に入りづらい。
「やはり問題はダルモン王国からの介入である。対抗するためにいずれかの拠点を占領し、駐留すべきだ」
「しかし、いきなりドロン領内の拠点を占領しては交渉になるまい。ヘタをすればダルモン王国との全面戦争となる。これでは我が君よりの使命を果たせまい」
騎士テランスと騎士ドロンが議論を重ねるが、あまり噛み合っていない様子だ。
あくまで軍事的な思考から、男爵領を占領するために剣鋒団を用いたい騎士テランス。
一方の騎士ドロンは剣鋒団を男爵領での交渉材料――つまり、脅しの材料としてのみ考えている。
もちろん、どちらが良い悪いという話ではなく、互いのプランをすり合わせて現実的な作戦を練り上げる段階だ。
「ふむ、しかし剣鋒団は輜重隊も含めれば300人以上の軍勢となろう。野営で略奪も控えるとなれば長くは維持できぬ。男爵家の掌握に手間取ればダルモン王国から介入されるであろう。ドロン男爵とダルモン王国の連携を遮断するため拠点は必要である」
「なるほど……拠点が必要なのは理解した。しかし、領内で城となると――」
そこで騎士ドロンは何かを思い出したように地図から顔を上げた。
「ヴァロン、この辺りに廃城があったのは覚えているか?」
騎士ドロンは地図の上に小石を置き、ガストンに問いかける。
そこにはガストンも記憶があった。はじめて籠城したリーヴ修道院跡である。
「……覚えとります。手ひどい裏切りがあった場所ですわ」
「ここに手を加えれば300人を駐留できるだろう。問題は城の状態だが、はじめから築城するよりはマシというものだ」
ガストンがらしくない嫌味をぶつけるも騎士ドロンはどこを吹く風である。
騎士テランスも「悪くない」とヒゲをしごいて納得顔だ。
「ここならばドロン領を睨みつつダルモン王国の警戒も可能だ。補給は隣地のリュイソー男爵に頼むことにはなろうが……その辺りは我が君の裁可を仰ぐことになろうな」
「その通り。特にドロン領外というのがいい。これなら領内から文句はつけようがないし、間近に剣鋒団が控えていれば睨みが利く」
軍政や謀略を得意としていても、騎士テランスと騎士ドロンの本質は武人である。即断即決、良いと思えば話が早い。
「よし、ヴァロン。おヌシは百人隊を率いて先行し、城が使えるか確認せよ。この度の作戦では百人隊を4つ、つまり剣鋒団を全て動かすつもりだ。その心づもりで見きわめよ」
「へい、承知しました。城が使いもんになるのか、しっかと見てきます」
「うむ、後続はドロン卿とともに男爵領に入り、そのままオヌシの元に向かわせる。その後は全体の指揮をとれ」
これにはガストンも驚いたが、最近の騎士テランスはビゼー伯爵の軍事顧問的な役割であり、兵を率いることは少ない。年齢的にも40才半ばを越したほどであり、肉体的なピークも越えているだろう。
このような長期勤務では現場から離れてもおかしくはない。
一方のガストンはここ数年、百人長として経験を重ねてきた。
さすがにこの規模での指揮は未経験だが、叩き上げのガストンは戦場の呼吸を知り尽くしていると言って過言ではない。慣れてしまえば特に問題にはならないだろう。
「へい、承知しました」
「うむ、オヌシならば大過あるまい。一隊はオヌシの直卒。他はマルセル・ヴァロン、レノー・ミュラ、ローラン・バイイがそれぞれを率いる。現地ではセルジュ・ド・ドロン卿に協力し、ことを進めよ」
ミュラとバイイはそれぞれ従騎士の子弟である。元々、騎乗の身分を出自とし、百人長や騎士テランスの副官のような立場で活躍をしてきた。
特にミュラは対マラキア戦において、ガストンとは別口に先遣され築城を命じられた(79話など)。
その築城はマラキアの妨害により失敗したものの、それほどの作戦を任せられたほどの実力派である。
もう一方のバイイは騎士テランスの腹心であり、堅実に貢献してきた縁の下の力持ちタイプだ。
両者ともに剣鋒団としてのキャリアはガストンよりも浅い(2人とも剣鋒団が組織化してからの入団らしい)が気心がしれており、連携に問題はない。
騎士テランスの指名にミュラは「お任せください」と、バイイは無言でと、両者は個性を見せつつそろって頭を下げた。
この2人にとって百人隊を率いるのは常のことであり、力みも気負いも感じられない。
騎士テランスが「何かあるか?」と百人長たちに訊ね、ガストンが「1つよろしいですかい」と応じた。
「うむ、もうせ」
「へい、俺が預かっているジャン・ド・ルモニエですが、ここらでミュラ殿かバイイ殿の隊に混ぜてもらいてえので」
「ふむ……ルモニエ男爵の忘れ形見か。武者修行は進んでおるのか?」
「へい、槍も馬も達者ですわ。最近は人も練れてきたので外に出してえと思いまして」
「文は書けるな、算術はできるか?」
「へい、読み書きは得意のようで。算術もウチの家宰から仕込まれとります」
「よし、分かった。俺が面倒を見ようではないか。我が君にもルモニエの顔を見せる。そこまではやろう」
「へっ? そら、そのう……願ってもねえ、もったいねえ話ですが、よろしいですかい」
「うむ、剣鋒団が不在となれば城も手薄になる。仕事はいくらでもあろう」
騎士テランスの言葉にガストンは驚いたが、これはそれだけ官僚的な働きのできる人材が不足しているのである。
少なくともジャンは身元がしっかりとしており、読み書き計算ができる。騎士テランスに推挙されるほどには求められる人材なのだ。
ちなみに本人はこの場にいない。
さすがに出自が良くても居候では幹部会議には参加はできないのだ。
「マルセル、オヌシから見てルモニエはどうか?」
「えっへっへ、度胸も抜群ですわ。なにせ初対面のガストンに殴りかかったので」
「なんと! それはどうなったのだ?」
「そりゃもちろん半殺しですわ。ランヌの殿さまに止められなきゃ、そこらの藪に埋められてたとこで」
騎士テランスは「ふうむ」とアゴヒゲを撫で、ジロリとガストンを睨む。
マルセルは「えっへっへ」と嫌らしく笑い「見どころはありますぜ」と続けた。
「ルモニエはガストン・ヴァロンより思慮深く、マルセル・ヴァロンより実直で、ジョス・ヴァロンよりも勇敢な男ですわ」
この言葉を聞いた周囲はドッと笑う。
これには騎士テランスも思わず吹き出したようだ。
「ふん、まあ心配はしておらん。ガストン・ヴァロンは若者を育てる名人よ。マルセル、オヌシも知っておろうが」
「へへえ、そらあもう。俺もずいぶん叱られとりますから」
おどけるマルセルに、また周囲から笑いが漏れた。
若人の教育係、こうした評価も今のガストンにはあるらしい。
本人にも意外のことだが、考えればガストンはジョスから始まり、ドニやレオン、最近ではジャンといった若人の先達として導いてきたのだ。
かくして、ガストンは次の任務へ向かう。
それは青春の日々を過ごした懐かしの地である。