85話 ぶら首ギー
バシュロ軍の登場により、カルフール城の状況は一変した。
敵勢は合わせて1800人以上。機を見た近隣の豪族もバラバラと兵を出し、いまや2000人近くに膨れ上がっている。
対するカルフール城は460人ほど。兵力差は4倍を軽く超える。
こうなればマラキア・バシュロ連合軍が『ビゼー伯爵の到着前にカルフール城を攻略しよう』となるのは当然の判断だ。
落城を狙う攻撃は苛烈であり容赦のないものとなる。
今まさに、敵勢は『オーッ』と歓声を上げ、カルフール城に攻撃を加えていた。
「矢が来るぞ、盾構えろ! 頭を下げえーッ!!」
正門前に築かれた馬出しにガストンの怒声が響く。
この馬出しは門が反撃用に左右2つ備えられており、向かって右手の門はガストンらが籠もる塔より見てほど近い造りだ。自然とガストンらの受け持ちとなり、カルフール城兵と協力してここを守っている。
馬出しとは正門前に造られた防衛施設で、正門を守る小砦と考えればおおむね間違いはない。
カルフール城の馬出しは、さすがに城壁こそないが木柵と堀を備え、塔からの援護射撃な位置にある。なかなか堅牢な造りといえた。
敵勢はガストンらに矢を集め守兵の頭を上げさせない作戦だ。
見る見るうち近くの木柵にバシバシと音を立てて矢が次々と突き立っていく。接近するハシゴを援護しているのだろう。
敵のハシゴは『オッ、オッ、オッ』と武者押しの声とともに接近し、城内に圧を加える。
「ハシゴが来るぞ! マルセル! ギー! 敵の弓衆を狙え! 城衆は石じゃ、小せえのは人を、デカいのでハシゴを狙えい!!」
カルフールの城兵らはガストンの手下ではないが、雑兵や下っ端兵士が近くの指揮官に吸収されるのはよくあることである。
雑兵らしてみれば、いかにも頼もしげなガストンは従いやすく、いつのまにやら指揮下の兵は増えていた。
「残りはハシゴに備えろッ!! 声だせぇーッ!! オッ、オッ、オオォーッ!!」
ガストンの雄叫びに応じ、周囲の兵も声を出し、それは隣の門へと波及していく。城内の士気は高い。
近くの味方に矢が当たり悲鳴が上がるが、恐怖に駆られても大声を出せば体は動く。
敵のハシゴがドカッと大きな音を立てて城壁や木柵に取りついた。
ハシゴの先には鉤爪状の突起があり、こうなればなかなか外せるものではない。
「トドメはいらんぞぉ!! 叩け、叩け、叩き落とせいッ!! 石を食らわせろッ!!」
戦がこの段階まで進めば味方射ちを恐れて敵の矢勢は弱まるものだ。
こうなれば木柵やハシゴ上での攻防で個の力が勝る剣鋒団が負けるものではない。
さらに性格的に甘いラメー男爵の家中は意外なことに動きがよく、きびきびと城を守る。
大将の戦意というものは兵士に感染するものだ。闘志の薄そうな男爵の家来が強いのは不思議なことではあるが、この不思議のタネはラメー男爵家の従騎士や従士にあった。
彼らは先祖代々の譜代の家来が多く、男爵家への忠義に厚い。主君に至らぬことがあれば自らが支えるべしと尚武の気風が高まったものらしく現場レベルの勇者や豪傑の多い家風なのだ。
「頭ッ、門にも敵が来とります!」
「おう見えとるわい! ボネ、組を率いて門に行けい、任せたぞ! マルセル、ギー、門の敵を狙えっ!!」
ガストンはドニの報告を受けて門を確認するや素早く指示を出す。
本来ならガストンが駆けつければ話は早いのだが、小なりとて一手の大将ともなれば槍働きより指揮が優先である。
「ちと手が足らんか、ドニ! うちの衆を率いて門に張りつけ!」
「へいっ! お前ら俺に続けい!!」
ガストンの指示でドニがヴァロン家の家来を率いて門に向かう。
ドニは剣鋒団の出身であり、練度は団員に劣るものではない。
この門の攻防中、ひとつの奇跡じみた出来事が起きた。
命知らずの敵兵が自らの盾や槍を足がかりに門の脇を乗り越え、ムリヤリに城内への侵入を試みたのだ――そして、この敵兵をギーの強弓が捉えた。
見事にギーの矢は敵兵の首を貫き、その弓勢のまま門扉に縫い止めてしまった。憐れぶらりと力なく張りつけにされた敵兵を見て味方から大歓声が上がる。
偶然が重なった出来事ではあろうが、こうした超人的な活躍は味方の士気を大いに高め、これを手強しと見た敵勢はするすると後退したのだ。
ただ一矢で敵勢を退けた(事実ではないが、武勇伝とはこうしたものである)ギーは、やや奇妙な名前ではあるが『首からぶらりと敵を縫い止めた』として『ぶら首ギー』と呼ばれる名うての弓士となったのである。
敵兵の体重がかかった矢がなぜ折れなかったのか――それは謎としか言いようがない。世の中にはこうした偶然や不思議はあるものなのだ。
(コイツはすげえ、今回はギーに助けられたわ)
防御に成功したガストンもホッと一息である。槍を1度も振るっていないのに全身にびっしょりと汗をかいていた。
だが、これで敵の攻勢は終わりではない。遠くから敵の歓声が聞こえる。
数で勝る敵勢は軍をいくつかに分割し、交代で城を攻める腹のようだ。
これは車懸りとよばれる戦術で、ガストンら守兵は次から次へと休息十分のフレッシュな新手と戦い続けなければいけない。きつい攻撃だ。
「敵はすぐにくるぞおっ!! 今のうちに水を飲んで小便しろお!! 矢石の数を確認せえ、ケガ人は中に運んでやれい!!」
戦闘中は気が高ぶり喉の乾きや尿意は忘れるものだ。戦闘後すぐに小便など出るものではないが、ムリにでもこれをすることでリラックスできることをガストンは経験から知っていた。
気が張ったままでは長丁場には耐えられない。
(ジャンは……ふむ、へたり込んどるが大丈夫そうじゃな。さすがにここで死んだら男爵に悪いわ)
ジャンは本格的な戦闘という意味では初陣(軽い矢戦はここ数日で何度もあった)である。生まれて初めて敵と槍を合わせ、顔面蒼白といった風情ではあるが……初陣で糞まで漏らしながら逃げ回ったガストンと比べれば上出来だろう。
「ようし、動けるもんはハシゴ外せえ! ムリヤリすると柵を傷めるぞ、難しけりゃ斧や槌でも使ってぶち壊せえ!」
戦闘が終わってもガストンの仕事は終わらない。
カルフール城の攻防はまだ始まったばかりである。