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43話 殺しの腕で成り上がった男

(ふうむ、改めて見ると……天井も低いし、さほど大きな造りではないのだな)


 ガストンの記憶では城のような屋敷であったが、久方ぶりに見たそれは典型的な田舎の富農屋敷である。土地の豊かさは感じさせるものの、それ以上でも以下でもない。


「へっ、誰も居ねえじゃねえか。俺たちを待たせようなんざ、しゃらくせえわ」


 マルセルは悪態をつきながら広間にずかずかと入りこみ、いつもは村長や乙名の指定席となっている上座へどっかと腰を下ろした。

 広間には椅子などはなく、毛皮やむしろ(・・・)が敷かれるのみだ。


「おい、マルセルよ。虫の居所が悪いのは分かるが無用のケンカはするものでねえ」

「何を言うとるか、俺たちゃビゼー伯爵家の直参、しかもお前と俺は十人長じゃ。田舎の百姓ごときに軽んじられては伯爵が軽んじられるのと同じことよ。お前こそ殿さまの顔を潰す気か?」

「とんでもねえ。たしかに一理あるのう」

「一理どころか十全の理だわ。お前は真ん中に座れ」


 ガストンはやや居心地の悪さは感じるものの、うながされるままに腰を下ろす。

 すると数人の足音が聞こえ、村長の息子であるポールと乙名衆が合わせて5人も姿を見せた。村長の姿はない。


「ああ、ガストン……さん、マルセルさんも久方ぶりだ、それで今日の用向きは――」

「まあまあ、ポールさんも腰を下ろしてから話をしようじゃねえか」


 村長の息子であるポールが口を開きかけたが、それをマルセルが封じて着座をうながした。


「やいやい、ガストン・ヴァロンは伯爵秘蔵の家来じゃぞ、鉄兜に騎馬の身分だわ。まさか昔を思いだして下に置こうって魂胆じゃねえだろうな?」

「やめんかマルセル、あまり傲慢(ごうまん)にふるまうものではねえ」


 悪態おさまらぬマルセルをガストンが「まあまあ」となだめる。

 その様子を見たポールは小さくため息をついたものの、大人しく下座に控える形となった。


 乙名衆の中には顔に慍色(うんしょく)(むっと不機嫌になる様子)をにじませた者もいるが、反論はない。


「あらためて、久しいなポールさん。村長を継ぎましたかい」

「ええ、その……去年の冬に親父を亡くしまして、家督を継ぎましてございます」

「それは、残念なことでしたな。先に会った時は親父どのと妹御のポエットさんが――ポエットさんは息災で?」

「ええ、妹は川向うに嫁がせました。ここも戦が近くなりましたから」


 何気ない挨拶ではあるが、ガストンは内心でひどく気落ちをした。

 実のところ、マルセルから嫁をもらえと言われて思いついたのは村長の娘であるポエットだったのだ。


「左用で……いや、それが良い。この度の戦はなかなかに激しく、俺もこの通りに手傷を負いましたわ。川向うに行ったのは良いことで」

「それはそれは、大層お働きでしたか」


 どうにもぎこちのない会話だが、わずか数年で生まれたギャップを埋めるのには必要な作業でもある。

 口下手なガストンだが、ある程度の世辞は伯爵や騎士などに接して身につけた。この落ち着きようにポールや乙名衆は「本当に大出世をしたのだ」と驚きをもって眺める他はない。


「突然お邪魔をしたのは他でもねえ、残した母のことで」

「……オルガさんですか」

「む? やはり何かありましたので? 我が家が空き家となっており心配しとるのですわ」


 この時、ポールらが明らかな動揺を見せた。

 その心の動きは騎士セルジュなどと比べれば丸分かりと言ってもよいほどに読みやすく、ガストンは「何かありましたかい」と身を乗り出した。


「すいません、実は……その、実のところ、オルガさんは再嫁しまして」

「再嫁!? そんな話は聞いとりませんが」

「いえ、おかしな話ではないので……相手は当家の小作もしておるコームです。コームは子供が4人もおるのに連れ合いを亡くしまして、その、手が足りぬというので……助祭さまも勧めた話ですで、その、お(たい)ら(平常心)になさってくだされ」


 たしかに村人の管理は村長や乙名衆の仕事ではある。

 彼らのはからい(・・・・)による小作人の通婚などはざら(・・)にあるのだ。


 だが、よくあるからとてガストンが納得いくかは別の話だ。

 ガストンやジョスは母親を迎えることを目標に身を粉にして働いていた。その努力をムダにするようなマネは許しがたい。


「それは村の乙名衆で進めた話ですかい? 家長である俺にことわり(・・・・)もなく、母を小作人にくれてやったのですかい?」

「……いえ、その、悪気があるわけではねえのです。ガストンさんは、そのう……不在でありましたので、オルガさんの身を養うためにも悪い話では……ええ、決して悪いようには」


 ガストンは腹がたった。

 へりくだったポールにも、まったく事情を知らせない助祭や乙名衆にも、そして何より母を放ったらかしにしていた自分自身に。


(こんなことってあるけえ! ぜんぶ俺の独り相撲だわ!)


 怒りのあまり、ガストンは床をバァンと大きく叩いた。

 その音の大きさたるや、広間の外で様子を見ていた女衆が小さく悲鳴をあげたほどだ。

 眼前で怒気を受けたポールや乙名衆は小さく跳ね上がって震え上がった。


「ひえっ、お平らに、お平らに……!」

「やかましいっ! おっ母の身を養うじゃと? 俺とジョスが銭を送っとるわ! 銭はどうしたっ!?」

「お怒りをお鎮めくだされ、銭は、銭は――」


 ポールはガストンの膝にすがりつかんばかりに這いつくばって許しをこう。

 乙名衆の反応はまちまち(・・・・)で、顔をしかめてそっぽ(・・・)を向く者や、顔を上げようとしない者もいる。数年前まで(きこり)をしていたガストンが威張るのが面白くないのだろう。


「なんじゃ!? おっ母の銭を盗んだか!? この村の乙名は泥棒かっ!?」


 このガストンの言葉に乙名の1人が「何をっ」と声を荒げた。

 同時にマルセルが弓でドンと床を突く。まさに一触即発である。


「兄い! やめてくれ、言い過ぎだわ! まずはポールさんの話を聞かないかん、怒るならそれからだ!」


 慌てたジョスが腰を上げ、両者の間に入る。この荒れ始めた場にあって意外なほど冷静を保っているらしい。


「さあ、兄いやマルセルさんじゃ怖かろう。ポールさん、俺に話しちゃくれませんかい?」

「すまねえ、ジョスさん、助かりますだ」


 ジョスにうながされるままポールや乙名衆がポツポツと語るところによると、ガストンの仕送りは村の教会の補修に使われたらしい。

 これには母オルガの許可も、夫コームの許可もあったとのことだ。


「神さまのことは欲得ぬきだ。おっ母が納得したなら兄いもよかろう? もちろん、兄いの名前を刻んだ石でも置いたんじゃろう?」

「いえ、そのう……そう、それはこれから――」


 ポールがもごもごと言い訳を口にしかけた、その瞬間――マルセルが「ガストン、やめろ!」とガストンに覆いかぶさった。

 突然のことにガストンも乙名衆もポカンと口を開いてしまう。


「マルセル、お前は何を――」

「殺すなっ! こんな村でも故郷じゃねえか!? おいジョス、そいつらを逃がせ!!」


 マルセルはガストンの声を封じ、剣を抑えるように構えながらジョスに声をかけ、怪しげな目配せをした。

 ジョスも何かを感じとったようで「逃げい!」とポールらを急き立てる。


「兄いは伯爵の殺し屋じゃぞ!! 殺しの腕で出世したんじゃ!! 俺やマルセルさんじゃいくらも抑えられん!! 早う、早う逃げい!!」


 この剣幕にはポールらも肝を潰し「お助けっ!」「堪忍してくれっ!」と叫びながら広間から飛び出した。

 その様子を見た家人も、屋敷をうかがっていた村人も恐怖に駆られて逃げまどう。腰を抜かした老婆が道ばたにうずくまり、蹴倒された幼児がわんわんと泣きだした。火災のような大混乱である。


 外の騒ぎをよそに、シンと静まり返った広間ではガストンが「やったな?」と不機嫌そうにつぶやいた。

 それを見たマルセルとジョスは顔を見合わせて腹を抱えて笑いだす。そう、村に思うところのあったマルセルがイタズラをし、ジョスが悪ふざけに乗ったのだ。


「あっはっは、見たかよ、いつも威張りくさってザマァないわ!」

「はははっ、ありゃひでえ! マルセルさんも人が悪りぃわ!」


 大人気もなくイタズラを成功させた2人は手を打って喜んでいる。

 その無邪気な様子を見てガストンはつまらなそうにハンッと鼻を鳴らした。


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― 新着の感想 ―
[一言] 想像以上にクソみたいな村だった
[一言] ガストン残念、嫁ゲット成らず。 母ちゃんは周りから言い包められて仕送りを出さざるを得ない状況だったんだろうな。 田舎マジ田舎┐(´д`)┌ヤレヤレ
[一言] 古き悪きムラ社会の闇が見えますねえ かーちゃんどんな目に遭わされてるのやら
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